第14話「1人の双子」
月獣の暴走や堕天使などによる襲来から時が経ち、枯れた蔦や瓦礫を取り除くなどして都市は襲来前の形へ直されつつあった。
「あっちの方、少し手間取っているみたいだな……すまない、あっちを助けてくるよ。」
「了解です!この建物はもう我々だけで大丈夫だと思うので、我々からもあっちの手助けをお願いします!」
チェッカが現場を指揮している月人に手を振ると、月人は元気に手を振り返していた。
遠くで他の月人達が石を積み上げているのが見える。
「あ!ガブリエル様、お疲れ様です!」
歩いてくるチェッカに気づいた、大きめの石を運んでいた月人が彼に向かって深く礼をした。
「……ここの石は丸いのが多いな。積み上げにくいだろ?砕いておくよ。」
「あ……!ありがとうございます!!」
おどおどした様子の月人が差し出した、大きい球形の岩をチェッカが受け取り、涼しい顔で両方から力を加えて砕いてみせた。
「お安い御用さ。皆!積み上げにくいか大きすぎる石があったら僕に渡してくれ!」
「わ……!!」
砕けた石を受け取った月人はチェッカに素早く頭をさげた後、後方で大量に積み重なっていた石の山の中へ砕けたソレを差し込んだ。
月人の住む都市で大量に建設されているビルのような縦長の建造物は、通常種の月人達にとって大切な住処であり、それらは天使種の力を借りながら作られている。
月人達が石を積み上げた後、賛美の天使が石を溶かす。
全ての石が一つの塊となるまで溶け固まった後、月人達は月鉱から作られたノミのような形の道具を用いて通路と部屋、そして窓を削り出す。
月鉱でできた刃物は闇と光以外の全てを切り開くことができ、それらによって切られ、削られた石の表面は鏡のように輝く。
また、削り出した際に出た欠片は再利用され、増設や他の建物の建築へ回される。
「やっぱり天使はすごいな……俺達にも石は砕けるけど、あんな涼しい顔してバンバンとはできないよ。」
「オイラもあんな風に強くなりたいや……天使みたいにさ。」
「いや、そりゃ無理だろ……ボク達ゃずっとこの小さい体のままなんだしさ。」
「……羨ましいなぁ。」
――――――――
復興されていく都市を、ピリナスの館からレイズが見下ろしている。
「大分治ってきたけれど……やっぱり前とは、規模と……人員が違う。時間がかかってるわね……。」
レイズが石から削り出された椅子に、月鉱で作ったクッションを敷いて座りこむ。
「チェッカとリメイムは頑張ってる……私はここにこうして座って、謎解きをしているだけ……情けないわね。やっぱり貴方にも笑われちゃうわ。インヘリット……。」
レイズは石の机に突っ伏した後に月鉱を取り出し、机の上でそれをこねくりまわしはじめた。
彼女が指で空をなぞると月鉱は机の上に小さな、まだ防壁の無かった月の街を作り出した。
月鉱が分離し、月の街の上空に大きな球を浮かせている。
球の表面には巨大な1つの大陸の模様があった。
突如、月の街を巨大な上半身だけの巨人が襲い、
小さな5人の人間がそれを机上で迎え撃っていた。
やがて5人のうちの4人が巨人を押さえつけ、残る1人が決死の1撃で巨人を他の4人ごと球の方へ吹き飛ばした。
巨人と衝突した球の大陸が割れ、バラバラになっていく。
「……もっと前かしら。」
レイズがそう呟くと、月鉱が1塊にまとまって別の景色を作り出そうとしていた。
ガラスの布が割れたような音がピリナスに響く。
「あら、ロイヤー?」
レイズが窓から外を見下ろすと、ロイヤーが結界を通り抜けて庭で煤をはたき落としているのが見えた。
レイズの視線に気づいたロイヤーが煤を払う手を止めて深く礼をすると、それを見たレイズが窓から飛び降りて彼の元へ歩み寄った。
「復興、大分終わってきたみたいね。」
「はい。あとは数件の建物の削り出しが終われば、襲来前の姿に完全に戻るかと。」
頭を上げたロイヤーは服のしわと背を伸ばし、忠誠を誓っている者への敬意を示すために姿勢と身なりを整えた。
「運搬や破壊を行ってくれていた義の天使や光の天使がいない中、皆もチェッカもリメイムも、あなたも……あんなに大変な事があった後なのに、とてもよく頑張ってくれてるわね、ありがとう……アスクを守り抜いてくれたことについても、あなたとインヘリットには心の底から感謝しているわ。」
レイズに抱擁されたロイヤーは普段であれば赤面し熱を出していたが、今の彼にはそれを純粋に悦ぶ事は難しかった。
「……アスクとリプラを守ることが、私に課せられた使命であったはずです。私はあろうことか堕天使に敗北し、結果として我々はアスク以外の警護天使を失いました。敵の戦力増強を許し、それに加えて味方を守れなかった今の私にあなたの抱擁を受ける権利はないと……私は思っています。」
暗い顔のロイヤーを見て、レイズは少し言葉を詰まらせていた。
「あそこ……アスクはまだ引きこもっているんですね。」
ふと、ロイヤーが館の部屋の1つを見て呟いた。
かつてリプラとアスクが共に過ごしていた部屋の窓は死月鉱で塞がれており、その中ではアスクが孤独に心を蝕まれながら月鉱の綿に包まっていた。
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痛い。
治ったはずの左腕が、もう傷ついていないはずの体が。
あの時まだ繋がっていれば親友に届いたはずの腕が、初めて孤独に取り残されたこの状況があまりにも辛い。
アスクは地下の湖からリプラと共に生まれて、彼女と共に生きてきた。
全ての行動を共にしてきた彼らは親友というよりは、もはや互いの半身ともいえる存在になっていたのだ。
アスクの尽きぬ好奇心にリプラがある程度の答えを導き、アスクがその答えからまた新たな疑問を抱くことで、2人は絶えず賑やかでいる事ができた。
静寂や孤独、そこから生まれる恐怖や不安、絶望を感じずにいられた。
リプラという導きを失った今のアスクには、暗い部屋で後悔し続ける事しかできなかった。
死月鉱で塞いでおいたドアが何者かによって開けられる。
少しだけ入りこんできた明かりを眩しいと思い、アスクが手を伸ばしてドアを閉じようとした直後、レイズがその手を優しく掴みながら部屋に入ってきた。
「なんだよミカさん……出ていっ――」
押しのけようとしてくるアスクに構わず、レイズが彼を強く抱きしめる。
「……酷いわよね。あなただけを置いてくなんて。」
レイズの口から出た思ってもみなかったような発言にアスクは驚き、抱かれたまま固まっている。
アスクはレイズが「あなただけでも残ってよかった」とでも言うのであろうと予想していたのだが、今の実際の発言から考えて彼女は「リプラがさらわれてしまうなら、いっそアスクも共に堕天使に連れていかれてしまっていたら良かった」と思っているようだった。
「……2人ともミカさんの敵になっちゃってもよかったってこと?」
アスクがか細い声で話すと、レイズはただ無言で彼を強く抱きながら、ゆっくりと首を横に振った。
レイズの意思がよく理解できていないアスクを、レイズが持ち上げて顔をまっすぐ見つめた。
「……ねぇ、アスク。リプラに会いにいきたい?堕天使達とリプラのいる……あの碧い星に行きたい?」
レイズが窓をふさいでいた死月鉱を取り除き、窓の先に見える巨大な星をアスクに見せた。
「あそこに……リプラも堕天使もあの星へ向かったの?」
アスクが星を見つめたままレイズに尋ねる。
「堕天使が操っていた緑のアレは……あの星『地球』に存在する植物という物なの。そして、堕天使は恐らく地球で生まれてきている。」
アスクが少し振り向いて、レイズの顔を見ようとしていた。
だが、できなかった。
「……いつか攻撃しに行くの?」
「いいえ……あの地球には私達の仲間もいるのよ。」
「そうなの?」
再び地球を見つめたアスクをレイズはゆっくりと降ろし、彼の手をそっと握った。
「私の部屋へ来てくれる?」
――――――――
月の石でできた机と椅子の表面が窓から光を浴びて輝いている。
アスクを部屋に招き入れたレイズは、おもむろに懐から月鉱と不可解な形の金色の金属片を取り出した。
「ちょっと集中する必要があるから……少し待っててちょうだいね?」
レイズはそう言うとアスクの手を放し、両手で月鉱と金色の金属片を握りしめた。
「……それっ!」
レイズが握りしめていたそれを部屋の中央へ投げ捨てると、月鉱が金属片を飲み込みながら変形し始める。
やがて月鉱は板のような形となり、その1面は真っ暗な鏡のような状態になっていく。
レイズが板を拾い上げ、アスクに見せた。
「地球にはね、私達よりもたくさんいて、色んな事ができる『地球人』という人達が存在しているの。地球にいる私達の仲間は昔にこの月へやってきた地球人達のことなのよ。そしてこれはタブレット、彼らの作り上げたすごい物の1つね。この黒いツルツルの場所に色んな場所の景色やものを映せるの。」
タブレットの画面に白いマークと文字が浮かび上がる。
『Luna.Earth.Research.Institute』
「月地間親交研究所……!?うわっ!?」
画面を見たアスクが腰を抜かす。
「なにこの……文字っていうの!?初めて見た!!なんで僕……読めるの……知ってるの……?」
タブレットから支柱を伸ばして自立させたレイズは、アスクをかかえてタブレットの前に座りこんだ。
「月人には本来人が生きていく中で学んでいき、後天的に手に入れていくはずの知識や技能が生来から備わっている……コレを介して地球人は私にそう話してくれたわ。文字を使わない私達が何故この文字の存在を理解していて、それを『読む』ことができるのか……それ以外にも、私達月人には多くの不可解な点があるそうよ……。」
タブレットの液晶の中で回転しているマークを見つめながら、レイズは話を続ける。
「堕天使やあなたは、月人の謎を解くための大事な鍵になる存在よ。私達の協力者であり研究者である『L.E.R.I』の地球人達は、きっとあなたにとって心強い仲間になるわ。」
アスクがきょとんとしてレイズの顔を見上げていると、タブレットの画面が切り替わった。
真っ白な壁を背に、黒くて光沢のある椅子に座った男が映っている。
男は白衣を着ていて、黒い長めの髪を束ねながら、褪せた黒色のような目でアスクを見ている。
「なるほど、ソイツは……目の模様だから、スリエルか。」
「黒髪に黒目……この人も堕天使!?」
「いいえ、地球人はいろんな色や姿形を持ってるのよ、この人はたまたまそっくりなだけ……こんにちは、明星さんの甥っ子さん。」
男はわざとらしく頭を掻きながら、もう片方の手で胸ポケットからメモ帳を取り出した。
「その呼び方は辞めてくれ。初めまして、俺は明星 木槿。しがない研究員だ……レイズ、こいつを俺に見せたってことは……。」
木槿の言葉に続けるようにレイズが話した。
「あなた達と協力できそうな月人を見つけた。地球へこの子が行きたがっているの。」
「なるほど……それじゃ、いくつかお前について教えてくれよ、ア……スリエル。」




