第15話「過去に煌めいた光」
「それじゃあまず名前を教えてくれ。」
どこか慣れた様子で木槿がアスクへの質問を開始する。
「えーと……アスク・スーリエル。」
目の前の画面に映っている未知の生命体を警戒しながら、アスクが死月鉱の欠片を握りしめている。
「アスク・スーリエルか、早速だが重要な部分を聞かせてもらうぞ。何故、地球へ来たいと思うんだ?その目的は?」
「……。」
アスクが俯いて黙りこくっていると、おもむろにレイズが彼を膝から降ろして立ち上がった。
「結論を出すのに集中したいみたい。木槿、待っていてあげてくれる?」
「構わないが、お前はどこに行くんだ?」
扉に手をかけたレイズの背中を見つめながら、木槿がペンの先をカチカチと出し入れしている。
「ちょっと呼ばれたのよ。」
「……誰に?」
「そう……あえて言うなら、新しい友人にかしら。」
少しそそくさとした様子で部屋を後にしたレイズを画面越しに見送りながら、木槿は部屋の真ん中で俯いているアスクに目をやった。
「(やはりまだ答えてはくれないのか……さて、そろそろだな。)」
――――――――
アスクの脳裏に記憶が駆け巡る。
月人の体に稀に現れる生来の『変異』。
アスク・スーリエルは史上最多、4つの変異をその身に宿して生まれた。
アスク・スーリエルが生まれてから最初に感じた物は、苦しみであった。
彼の身に宿っていた異変の1つ『逆生まれ』。
全ての月人は都市の地下にある湖より上半身から浮かぶように生まれてくるのだが、アスク・スーリエルや『逆生まれ』の変異を宿した者達は下半身から湖面へ浮かび上がってきてしまうのだ。
結果、彼らは自力で湖から湖面に上がることが出来ず、そのほとんどが溺れ、誰にも知られる事なくその命を湖の底へ還していく。
君の名はアスク・スーリエル。
死の天使という特別な存在に生まれたんだ。
首元についている紫色の石を自在に操れる。
これは言語、君と他の人を繋ぐための物だ。
ここを出たら、結界という丸い物に包まれている場所に向かって、そこで君は手厚い歓迎を受けられるから。
そして君には……天使である事以外にも、もっと特別な要素がある――
溺れ、もがいている中でアスクは意識が発生した直後から頭の中に流れ出した情報より自身の名や言語を知った。
――最後に、君には永い生涯を共にするであろう親友がいる。
彼女の名は――
言語を使うことも、死の天使として歓迎を受けることもなく、そしてその親友とやらに会うこともなく、溺れ死んでいくのだとアスクが湖に涙を溶かした矢先、誰かが自分の足を引っ張っていることに気づいた。
その誰かの存在に気づいてから間もなく、アスクは湖面に引っ張り出される。
先程までアスクを苦しめていた湖はまるで厚い膜にでも覆われているかのようになっていて、2度とアスクを飲み込もうとすることはなかった。
黒い液体を吐き出し、精一杯息を吸い込んでからアスクは自身を引っ張り出してくれた人の姿を目にする。
――彼女の名は『リプラ・リュミエール』。
君を導いてくれる存在になるはずだよ。
頭の中に流れていた情報が途切れ、アスクの耳に自身と目の前の少女を囲んで見ている者達の話し声が鮮明に聞こえてくる。
「ねぇアレって……天使だよね!?しかも両方……2人……!」
「逆生まれの天使を……別に生まれた天使が助けたぞ!」
「同時に天使が生まれるなんて初めて見たぜ……。」
アスクの目の前に立っている月人の服には4つのとんがりがついた星の模様が3個ほどついている。
それは光の天使の模様だと、まだ頭の中に残っていた情報が彼に教えてくれた。
「大丈夫……?あなたの服にも模様があるんだね?」
リプラが今助けた逆生まれの月人の服には、こちらを見つめている目の模様が3個ほどついていた。
それは死の天使の模様なのだと頭に駆け巡る情報が彼女に教えた。
「あ……よく見たら目にも何か模様がある!こっちは少し私の模様と似てるんだね!」
リプラを見つめ続けていたアスクの目を、リプラがはしゃいだ様子で見つめ返していた。
リプラの言葉を聞いて周囲の月人達が更にざわつく。
「目にも模様!?今確かにそう言ったか……!?」
「逆生まれに目の模様……一緒に生まれたことも、レイズ様の言ってた変異に入るかな?」
「もしそうなら、背中のアレも含めて4つ……光の天使の方も髪から見て1つ以上は変異を持っているぞ!?」
「背中?」
月人達の声を耳にしたリプラがアスクの背中を確認すると、そこにはもう1つの目の模様と、それの周りを囲むように描かれている『七芒星』があった。
「なんだろうコレ……目と……?」
リプラが不思議そうに模様を眺めていると、アスクが何かを話そうとして蒸せ始めた。
「わっ!まだ吐き出しきれてなかった……?」
「ゲホ……ボ……な、名前……ア……。」
彼の背中をさすっているリプラの方へ手を伸ばしながら、アスクが呼吸を落ち着かせてゆっくりと言葉を吐き出した。
「僕の名前……アスク・スーリエル……!助けてくれてありがとう!君の名前は……?」
先程の死にかけた様子から一転して弾むように立ち上がったアスクに、リプラは一瞬困惑した後にすぐさま満面の笑みで抱きついた。
「……!!私はリプラ!リプラ・リュミエールだよ!!ねぇアスク!もしよかったらさ、私の親友っていうのになってくれないかな!?一緒に生まれたんだし、きっと私達すっごい仲良しになれると思うんだ!!」
「……もちろん!!」
こうしてアスクとリプラは親友になったのだった。
彼らが生まれたあの時、月の都市は今までにないほど賑やかになった。
過去最多の変異数と史上初めて現れた変異を同時にその身へ宿した2人は、全ての月人から歓迎されたのだ。
あの時、ピリナスに着くまで自分達を歓迎し続けてくれていた皆の姿がソレに圧倒された後、一緒に笑っていた親友の笑顔が。
僕達が生まれた事を祝っているかのように十字に光っていた地球の大陸が。
リメイムに会い、初めて食べたミテラフルーツの味が。
食べている物は変わらないのに、自分が食べている物を分けようとしてくる親友の無邪気さが。
そこから彼女がいなくなるまで見せてくれていた笑みや仕草の数々が。
いつか見た流れ星の光のように一瞬でアスクの脳裏に駆け巡った。
流れ星が駆け抜けるのとほぼ同時に、その光が今自身の隣にいないという事実が彼の心を強く締めつける。
かつてアスクの進む道を照らしてくれていた光は今、途方もない遠くに輝いていた。
今のアスクには踏み出した一歩先に、その足を受け止めてくれる足場があるのかなど、微塵も分からない。
それでも――
「遠くに輝くあの光にもう一度僕の進む道を照らしてほしい。」
その一心でアスクは真っ暗な道へ一歩を投げだした。
――――――――
「リプラに……堕天使に地球へ攫われたリプラにまた会いたい!!」
俯き続けていたアスクが唐突に顔を上げ、画面越しに木槿を強く見つめた。
「なるほどな、つまりお前は親友を月に連れ戻すために地球へ来たいわけか。」
「……。(違う、少し違うけど、まぁ今はいいや。)」
アスクの発言を聞いた木槿が素早くメモ帳へ記録を取る。
「月人やその天使種、堕天使種について多くのことを調べる事ができるであろう史上最大級の機会だ。俺達は全力でお前の保護と支援を行わせてもらいたいと思っている。」
「本当!?」
アスクがタブレットに飛びかかりそうな勢いで立ち上がった。
目と首元の死月鉱を輝かせて自身を見つめるアスクから目をそらしながら、木槿が左腕にある腕時計に目をやった。
「……1つだけ約束してくれるなら、レイズが戻ってきた後から地球に来てもらうまでにしてほしいことの説明をさせてもらおう。」
「約束?」
「地球に来た後、親友を見つけるまでの過程で……どんな事が起きても希望を失うんじゃないぞ……光の方にまっすぐ進むんだ。」
木槿がカメラに向けてゆっくりと拳を向けた。
アスクは初めて見るはずのその仕草にどう返せば良いのかをまだ覚えていた。
「……もちろん!」
「グータッチ、月にもあるんだな。」
――――――――
地球の深い森の中。
月明かりを浴びながら、堕天使は倒れた巨木の上に腰かけている。
頭を抱え、震え続けている少女を抱き寄せながら、彼女は空を見上げた。
「落ち着くんだ。月での嬉しかったこととか大切な人の事とかを心の真ん中に留め続けて……今までに私達の知り得た情報の全てが完結するまで……そうすれば、君は君のままでいられる。」
更に震え始める少女がどこかへ逃げ出してしまわぬよう、堕天使は両手で強く少女を抱き止めた。
「やけに強く長い拒否反応だな。生まれのせいか……?」
大柄で暗くちぢれたひげと髪の男が、両腕を組みながら堕天使と少女を気にかけている。
「変異ってのはセキュリティみたいな物なのかもね……!もう変化されちゃってたら確実にっ……逃げ出されてるや……!!」
少女の強くなっていく痙攣に振り払われそうになりながら、堕天使が必死に少女を抑え込んでいると、ちぢれた髭の男の背後から子供の声が聞こえてきた。
「その子は髪質と生まれから考えて2つ、推定4つのスリエルの方は地下要塞でも建てないとダメかもね~。」
ちぢれた髭の堕天使の肩にショートボブの髪の女の子が飛び乗ってくる。
少し緑色の混じった黒く暗い髪色の彼女もまた堕天使なのだろう。
「隣の拠点はもう大分探られてるっぽかったよ。ここも使えるのはこれが最後かも。」
偵察の道中で寄り道をして買った海老みりん煎餅を噛み砕きながら、ショートボブの堕天使は親指で後方を指した。
「おい、鎧の隙間にボロボロこぼすな!それと、儂にもくれ。」
「やだよ!前バーグが買ってきたパチパチ飴勝手に食べたじゃん!しかも全部……あでもホーちゃんとその子にはあげてもいいけど――」
ショートボブの堕天使がにやつきながら少女と堕天使の方に目をやると、震えの収まった黒い髪の少女が涙をこぼしながら堕天使に抱き着いていた。
「アスク……アスクは……地球に来てくれるのかな……?」




