第13話「Inherit」
「クソ……クソ……!痛ぇ……っ!!」
轟音響く都市の中で片腕を失い、背中も焼きただれたインヘリットが大通りの横にある建物の陰の壁に寄りかかっていた。
痛みを紛らわせながら、考えるためにも独り言を言っていると、やがて都市が静まり返ったことに気づく。
「終わっ……たのか……?ガキ共……は……。」
酷い眠気と引きつるような痛みに抗いながら、インヘリットは建物の陰から顔を出した。
「……!!」
道の中央で瓦礫に紛れて倒れているアスクを見つけたインヘリットが、足を引きずりながら彼のもとへ近づく。
「塵にはなってねぇ……から、生きてはいるだろうな……だが……。」
アスクの左腕が無いことに気づいたインヘリットは、先程までアスクの腕がついていた断面から見えるグリッチノイズを、焦りと痛みから息を荒げながら見ていた。
「(致命傷を負ってまだ死んでいなくても……こいつが全身に回っちまえば塵になって死んじまう……俺もアスクも……すぐにでもリメイムに治してもらわなきゃならねぇ状況か……。)」
アスクの体へ徐々に広がりつつあるノイズを見つめながら、インヘリットは背中の方から自身を覆い始めているノイズに触れてみた。
指に伝播したノイズを見て、舌打ちする。
「グルルル ル……!」
瓦礫を踏み潰し、唸り声を上げている大狼が道の奥に見える。
アレも爆発に巻き込まれたのだろう、全身がノイズに蝕まれつつあるようだ。
「……なんだよ……やんの……か……?」
インヘリットの言葉に応えるように、大狼はよろけながら近づいてくる。
「ふざけんじゃねぇぞ……ここでコイツを……牙爪振り回すことしかできねぇアホに渡すほど!お前らには……俺が……!お人好しに!!間抜けに見えるのか!?!?」
――――――――
「まずいまずいまずいよ……ミカエル!!もう時間が無い!!!!」
アスク達のいる場所から少し離れた所にて、クリキンディーは焦燥した様子で青い光が瞬く空を見上げている。
「……ねぇ、私少し弱くなったのかしら?」
空中で踊るように機動していたレイズが青い光を弾きながら、相対している大柄な影へ言葉を投げる。
「全く変わりない。研究を重ね続けたあたしが、もうすぐそちら側に追いつきそうなだけだ。」
布をかぶったようなシルエットの影は不気味な声で嗤いながら、金属製の細長いアームを布の内から展開し振り回した。
レイズが目にも止まらぬ速さでアームを弾いたのを確認した大柄な影は即座に更に多くのアームで彼女を引き裂きにかかる。
弾いたアームが枝分かれしながら再び襲いかかってくる異様な光景を目にしたレイズは、ソレも1振りで薙ぎ払いながら影の様子を見ていた。
「(やっぱりコレも月鉱ね……でも、私には操れない。支配権を奪えない……何かに拒絶されている?)」
「……もう!鬱陶しいよ!!!!」
クリキンディーが大きく体をひねってから腕を振り抜くと、大柄な影が大きく円形に欠けた。
不気味に浮いていた影はゆったりと落ちていくフリをして、ソレを受け止めようとしているかのように空間が裂ける。
「予想より遅かったな……意外と寛大なようだね。」
嘲笑するように言葉を吐き捨てた影が裂け目にしまい込まれた直後、裂け目は縫合されていくように消えていった。
「レイズ様!!」
「ご無事でしたか!?」
レイズが自身を呼ぶ声に振り向くとチェッカとリメイム、そして2人が引き連れてきた月人達が走ってきている。
「後は任せたよ。」
クリキンディーはレイズに向かって小声で囁くと、どこかへ姿を消してしまった。
レイズはクリキンディーが消えた事を気にすることもなく、リメイム達の前に降り立つ。
「申し訳ありません……『月動物の暴走』、食い止めきれませんでした……。死者は66人……インヘリットは防壁を破った爆発に巻き込まれた後、リメイムの治療すら受けずに群れを追いかけて行方不明に……。」
跪いたチェッカの涙混じりの声での報告を聞いたレイズは、腰を落として彼の頭に手を添えながら、自身を見つめている月人達を見つめ、柔い表情で労いの言葉をかける。
「あなた達はしっかり使命をこなせてたわ。想定外の事態が大量に起きていた中で、よく戦ってくれた……おかげで私達の方ではいくつか新しい事も分かったの。都市への被害だって、もっと酷くなってたかもしれないしね。」
数人の月人の目に涙がたまり始めた頃、都市の奥の方から何かが弾けたような音が聞こえてきた。
レイズは立ち上がると、音のした方に向きながら大剣を担ぐ。
「インヘリットがどこに向かったかは大体わかる……むしろ謝らなきゃならないのは私の方ね。予想外が重なったとはいえ、堕天使と決着をつけることも、ろくに防衛もできていない。今からでも……最低限の事はやり遂げてみせなきゃね!」
地面が割れる音と共にレイズの姿が消えた。
「そうでもなきゃ、インヘリットにも馬鹿にされちゃうもの……。」
割れた地面を見つめながら、リメイムが杖を握る。
「先ほどまで何者かと戦い続けておられたというのに、我らのリーダーはなんとも謙虚な方じゃな……。チェッカ、儂はレイズ様を追いかける。援護を頼まれてはくれぬか?」
「……!もちろんです!レイズ様や他の天使達の援護をするのも、私の使命ですから!」
チェッカが腰に差していた笛を取りリメイムと共に、レイズが向かったであろう方角へ進もうとすると、後ろにいた1人の月人が呼び止めてきた。
「ガブリエル様、ラフィエル様!我々もミカエル様の援護につかせてください!天使であるあなた方に何かあっては我々は――」
「その心配はいらぬ。お主らはひとまずピリナスに退却しておくのじゃ。」
「えっ……何故そう思うのですか!?また堕天使やあの青い光を放つ何かが現れるかもしれないのに……!」
「儂も少しはそう思ったんじゃが……レイズ様は自身という存在の重要性をだれよりも理解しているお方のはずじゃ。じゃが、ここまで足取りが軽くなっていることを見ると……もはや今この月に儂らを殺せる存在はいないとわかっておられるんじゃろうな。」
――――――――
「グル ルルル……アァ!!!!」
数匹の大狼が建物の陰から飛び出し、都市を駆け抜けるレイズに襲いかかる。
大狼が彼女に狙いを定めるより遥かに早く、レイズは走り続けながら大剣を片手で振り回した。
空を大剣が切ったかのように見えた直後、大狼達の首が音も無く落ちる。
大狼の目には見ることができぬほどの速さで大剣を振り抜いたレイズは、何事も無かったかのように都市を駆け抜け続け、目の前に現れてくる大狼共を切り捨てていく。
近づくことが無謀であることを悟った大狼達が遠吠えをした後、口先へ収束させた紫雷をレイズへ放つ。
次の瞬間、レイズの方へ飛んでいったはずの紫雷の球は一瞬で跳ね返され、大狼の体を引き裂きつくした。
「(私を殺そうとしている……というよりは足止めをしようとしている?この先にたどり着かれては困る場所……いえ、合流されては困る存在がいると考えた方が自然ね……。)」
レイズが地面を強く蹴り、更に加速する。
「(今この月にいる『天使と呼べるほどの強さを持つ』存在は私を含めて6名。他にいた反応が去ったタイミングやチェッカの証言から考えて、この5名は全員私達の味方で間違いないのかしら?……クリキンディー、彼女はずっと前からこの月で暮らしていたにも限らず、今まで私にあれほどの力を感知されてこなかったのだから、この私以外の5人の反応に彼女の物は含まれないようになっていると考えるべきね。……どうであれ、私はあの作戦会議で一緒に話していた内の誰かを失った可能性が高い。)」
「また……リーダー失格ね!!」
立ちふさがる大狼達を1振りで薙ぎ払いながら、レイズが高く飛び上がる。
――――――――
レイズが向かっている先で、インヘリットと手負いの大狼が激しくぶつかり合っている。
互いが爪を、拳を躱し続け、繰り出す。
「大分……マズイかもな。視界も、ブレてきやがった……。」
インヘリットの傷から広がっていたノイズは、もはや彼の体をほとんど覆ってしまっている。
手負いの大狼とインヘリットが睨みあう中、インヘリットがよろけたのを見逃さなかった大狼が走り出す。
「……クソ……!!」
攻撃を避けられないことを悟ったインヘリットが歯を食い縛る。
だが、インヘリットの予想に反して大狼は彼を跳び越えた。
振り返ると、大狼は倒れているアスクに向かって駆けている。
手負いの大狼が渾身の一撃でアスクを葬らんと高く飛び上がった。
大狼の爪が紫に輝き始める。
「……ハハッ……。」
インヘリットが口角を上げた直後、手負いの大狼は自身が飛び上がったままの勢いで止まることなく上昇している事に気づいた。
さきほど大狼が飛び上がる際に踏んだ地面の中に、光っている輪が見える。
「ハハハハッ……ガッハハハハハハ!!!!」
インヘリットが腹を抑えながら心底愉快そうに笑う。
「ゲホゲホッ……驚いたぜ……ここまでアホな狼を見れたのは初めてだ!!俺が持っているはずの……アウレオラがどこにも見えねぇことに……ちっとも気づかなかったみてぇだな!!!!」
インヘリットが震える腕を掲げ、大狼を吸い寄せているアウレオラの方に向ける。
「【アウレオ・ライナー】……!!」
インヘリットが手を強く握りしめると、地面と空中に仕掛けられていたアウレオラが同時に大狼を強く吸い寄せ、ソレの身体を2つに引き裂いた。
地面に散らばって消えていく大狼の残骸を見つめながら、インヘリットがアスクのもとへ歩み寄る。
「ヘヘヘヘッ……ゴホッ……ゴホッ……見たかよアスク……アイツ、あのまま俺を狙ってりゃ勝ててた……のによ。」
突然、脚に力が入らなくなったインヘリットが地面に倒れこむ。
力を振り絞り、這いずってでも近寄らなければならないと思ったインヘリットが腕に全ての力をこめる。
「本来ならアイツらのボスなんかも……ボコボコにしてやりたかったが……こればっかりは……仕方ねぇ……な……。」
アスクに近づいたインヘリットの伸ばした手が、アスクの顔にかぶさるようにして止まる。
「てめぇ……ここで……死んだ奴らの分まで……俺の倍ぐらいには……強くなれ……そんで……気に入らない奴、全員ボコボコにして……やれ……。リプラ……と……一緒……にな……必ず、全員だ……ぞ……お前の……邪魔する奴は……全員……いつかの……お前の足元にも及ばねぇ……奴らばっかりなんだからな…………。」
――――――――
「(……減った……!?)」
都市のどこかから、ガラスの割れるような音が鳴り響く。
道を阻む大狼達を切り払い続けていたレイズが、即座に気配の減少に気づいた。
「……っ!!!!」
自責の念や悔しさ、悲しみ。
昂る感情に任せてレイズは大剣を振り回す。
もはや建物への損害なども気にしないまま放った斬撃は、刹那に全ての大狼を切り捨てた。
崩れる建物に気を配る事もできないまま、レイズは全力でアウレオラの砕けた音が聞こえた方へ走った。
瓦礫も建物も彼女を止められず、道を阻む全てを砕きながらレイズは都市の大通りへ飛び出した。
彼女が辺りを見回すと、遠くに1人の小さな月人が倒れている。
「……アスク!!!!」
レイズは一瞬でアスクのもとへ駆け寄って、彼が負った怪我の大きさを確認した。
アスクの左腕の付け根から体に広がりつつあるグリッチノイズを見ていたレイズが、やがて彼の顔や周辺が塵にまみれている事に気づく。
「……そう……インヘリット……アスクだけでも、守ってくれてたのね……ありがとう。」
風が吹き、塵が彼方へ消えていく。
だが、アスクの顔あたりについていた少量の塵は飛んでいくことなく、意識の無い彼が行った呼吸によって吸い込まれていった。
「レイズ様!」
レイズに追いついたチェッカに背負われながら、リメイムがレイズに声をかけた。
「……!!リメイム!良かった……アスクが酷い怪我を負っているけれど、まだ生きてる……!治してあげて!」
「もちろんですぞ……!!すまないチェッカ、儂をここに置いてロイヤーを探してきてくれんか?」
「分かりました!」
アスクのもとへ駆け寄ったチェッカはリメイムを降ろした後、アスクの顔についている塵を見てレイズに静かに尋ねた。
「……レイズ様、反応は……いくつ残っているのですか?」
レイズはアスクを見つめたまま座りこみ、俯いた。
「……5人よ。私達は恐らくこの戦いで『光の天使』を奪われ、『義の天使』と多くの仲間を失った。」
それを聞いたリメイムとチェッカはこみあげる気持ちに息を詰まらせながらも、それぞれ杖を構え、笛を握りしめた。
「っ……そうですか……これ以上、失うわけには行きませんね。」
「うむ……散った者達の繋げた命をこれ以上落とさせはしませぬ。」
都市の大通りを駆けていくチェッカを見送った後に、リメイムが月鉱でできた杖を両手で強く握りしめると、杖の先がぼんやりと白く光り始めた。
白い光は周辺へ広がっていき、やがてリメイムやレイズ、アスクを包み込む。
やがてアスクの体に広がりつつあったノイズが時を戻すかのように消え始めた。
ノイズがかつて左腕のあった場所まで追いやられていくと、まるで今までノイズの中に隠されていたかのようにアスクの左腕が現れる。
指先まで追いやられたノイズはやがて消滅し、もはやアスクの体にあった傷は完全に無くなっていた。
リメイム・ラーフィエル、治癒の天使の能力。
杖を介して月人の内部にある情報を基にその月人の体を治すことができる。
どれほど大きな怪我を負っていても、四肢を欠損していても、まるで時を戻すかのように完全に治す事が可能であるが、死者を治すことはできない。
また、記憶能力に長けており数千年に渡って様々な情報を覚え続けていることができる。
――――――――
「ぐ……ぬぁぁっ!!!!」
自身の上に乗っていた瓦礫を蹴り飛ばし、ロイヤーが起き上がる。
自身が負けた事を理解した彼の手からは赤黒い炎がちらついていた。
「堕天使……堕天使……ふざけた様子のクソ女が……!!次に見つけた時は……一片の灰も残さん……全力で焼殺してやる!!!!」
怒りと憎しみの炎が、目の前の碧い星を睨んでいた。
月編 前章 完
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