第11話「崩壊」
都市の外で大狼が爪を振るう。
月人も他の月獣も、分け隔てなくその爪に巻き込まれ、切り裂かれていく。
「かすり傷でも何か喰らった奴は即座に撤退しろ!!傷の深さなんざすぐ判断できるもんじゃねぇぞ!!」
爪に裂かれ、塵となり死んでいく月人達を見たインヘリットが舌打ちをしながら大狼へ飛びかかる。
周りの地面を全て抉るように振り回される爪を躱し、大狼の懐に入り込んだインヘリットに大狼の纏っていた雷が襲いかかる。
弾け、刺さるような痛みがインヘリットの体中に巡った。
「こんな物、へでもねぇ……!俺は義の天使だぞ!!【リクシ・アウレオラ】!!!!」
大狼の腹にインヘリットの拳が深くめりこみ、そして強く輝く。
「弾け飛びやがれ。」
無数のアウレオラが大狼の体から飛び出してくるのと同時に、大狼は全てのアウレオラに引っ張られるかのように引き裂かれて消滅した。
大狼の最期を目にした月人達が沸き上がる。
「デカい狼が死んだ!!」
「あとは普通の狼と兎だけだ!義の天使に続いて畳みかけるぞ!!」
戦場にいる全ての月人達が勝利を確信したのも束の間、遠くを見つめていたチェッカが笛の音を響かせた。
「全員構えて!!まだ終わっていない!!!!」
依然として地面は動物達の歩みによって大きく揺れ続けている。
チェッカは遠方に見つけたのだ、迫り来る、紫雷をまとった大量の大兎達を。
奴らは大きいだけでなく、その頭に1本の巨大な角を持っている。
「撃て!どんどん撃つんだ!!兎ならバリスタで数を減らせる!!前線にばっかり苦労かけさせてもいいのか!!」
防壁の上に立っていた指示役の月人が、大声でバリスタを使っている月人達を急かす。
直後に無数の月鉱製の巨大な矢が空を切りながら飛び、やがて紫雷をまとった兎の1匹を貫いた。
貫かれた大兎が強く輝いたかと思えば、防壁よりも少し高い爆発が宇宙を明るく染める。
数匹が爆発に巻き込まれながらも、大兎の群れは角を前に突き出しながら走り続ける。
「(爆発したじゃと……!?まさか、あの大狼は前線の者達を一点に誘き寄せるための囮!!本来の目的は……!)」
「(防壁の発破か!!!!)」
チェッカが笛を振り回しながらインヘリットを呼び、リメイムは杖を掲げながら他の月人達に指示を出した。
「奴ら防壁に特攻するつもりだ!!インヘリットはアウレオラを並べて迎撃を!!」
「前線はすぐに元の配置へ戻れ!!大兎が近づいてきたら脳天へハルバードを投げてから逃げるんじゃ!!後衛の者達は全力で大兎の数を減らせ!!!!」
自身が任されていた配置へ戻るために慌ただしく動いている月人達を背に、インヘリットが首を鳴らしながらアウレオラを並ばせた。
「……まぁ、こんぐらいのボリュームが無きゃ最後の『月獣の暴走』としてあまりにも気抜けするよな!?楽しませてもらうぜ……!!!!」
――――――――
静寂に包まれた都市の狭い道の中を3人の天使が走る。
アスクの先を走っていたロイヤーとリプラが狭い道を抜けてピリナスへと繋がっている広い道へと出た直後、アスクが足を止めた。
「?どうし――」
リプラが振り向こうとした瞬間、アスクはロイヤーとリプラの服をしっかりと掴み、狭い道へ引きずり戻そうとした。
服を引っ張られながらロイヤーは広い道の方へ火を放ち、広い道を炎の壁が塞ぐ。
一瞬にして大量の蔦が道や周りの建物に這って絡みついた。
2人を引きずり込んだ勢いで転んだアスクと、共に転んだリプラを素早く持ち上げたロイヤーが来た道を戻ろうとした。
だが、ロイヤーが振り返った矢先、彼の頭上で剣を振りながら蔦の上に乗る堕天使が待ち構えていた。
「賛美の天使か……ここにいるってことは、ピリナスには今誰も守れる人がいないのかな?」
楽し気に剣を振り回しながら、堕天使は蔦を伸ばし続ける。
「黙れ、お前がこれから口にしていい言葉は裏切りに対する謝罪のみだ。」
「裏切りって……ふふっ……あはははっ!!」
「……?」
堕天使が剣を持っていない方の手で口元を隠し、吹き出すようにして笑い始める。
ロイヤーがおもむろにアスクとリプラから手を放した。
「俺の腕に掴まれ。」
「「え?」」
「とっととしろ!」
額に手をあてて笑い続ける堕天使を見つめながら、アスクとリプラに指示を出すロイヤーの目の奥に青い炎が輝き始める。
「ははははは……セラフィエル君、強いて言うなら――」
笑い終えた堕天使が何かを言おうとしたその時、両腕にアスク達をしがみつかせたロイヤーの姿は青い炎と共に消え去った。
「【怒り纏う忠義の白滅砲】。」
青い炎を纏い、一瞬にして移動したロイヤーが建物の上から眩しく輝く蒼い光を放つ。
都市を通る道のほとんどを蒼い炎が駆け抜けた直後、アスク達3人と堕天使が通った狭い道を中心に爆発が起き、半径50mほどにあった道や建物が爆炎によって消し飛ばされた。
爆風に打ち上げられながら、ロイヤーは都市を見渡す。
「居るか?」
両腕に重みを感じたロイヤーがアスクとリプラが振り落とされていないことを確認する。
「大丈夫!」
「私も!2人とも居るよ!!」
「そうか。」
1部が更地のように消し飛んでしまった都市を見下ろしながら話すロイヤーの声はひどく落ち着いているように聞こえた。
「(ロイヤー、本気で怒ると返って怖いくらいに静かになるんだよな……青い炎、見るのはインヘリットが庭を荒らした時以来……アホみたいな事たくさんやってたのに消されなくて本当に良かったね、インヘリットは。)」
リプラは都市を見下ろしながら安堵した。
「すごい火力だね!直撃してたら、やばかったよ。」
空を舞うロイヤー達の頭上から堕天使の笑い声が聞こえてくる。
「でも残念、姿が消えた時点で何か仕掛けてくるのは察しがついたから、一足先に防御させてもらったよ。」
アスクが振り向いて空を見上げると、自分達と同じくらいの速度で落下してきている蔦の球の中から、堕天使が得意気な顔で現れ、アスクと目を合わせた。
「【マーナガルム】!!」
「うわっ。」
即座に投げられたマーナガルムを堕天使が球から伸ばした蔦で防ぐ。
蔦に刺さった死月鉱が爆発し、蔦に風穴を空けたのを見て堕天使の表情が明るくなる。
「すごいなぁ!まだ変化してもいないのにこんな物を作れるなんて……!!」
堕天使が剣で空を切ると、先程ロイヤーが消し飛ばした都市の地面から無数の巨大な蔦が凄まじい速度で生えてきた。
「やっぱり今の内に迎えに来てよかった!!もし君達が変化しちゃった後に来てたら、私に勝ち目なんて無かっただろうね!」
「地面がうねうねした奴で埋め尽くされてく……!アレ全部を堕天使が操ってるの!?」
「まるで今なら勝ち目があるみたいな言い方だな、裏切り者は生きるのが気楽そうで羨ましい限りだ。」
ロイヤーが放った青い火の粉が堕天使に降りかかる。
堕天使は剣を素早く振り、全てを切り払う。
「そんなに言うなら成ってみる?」
「誰がなるか、消えろ……このドブ色の醜女が。【怒り纏う焔蛇・四重奏】。」
ロイヤーの両手から青炎が飛び出し、蛇の形となり堕天使に素早く襲いかかる。
「【蔦登る少年の牡牛】!」
蔦の球の中に堕天使が隠れた直後、蔦の球が急激に伸び、大きな角を2本持った牡牛のような形をとる。
蔦でできた牡牛はその体を燃やしながらも焔蛇を体で受け止め、蔦が固く絡まってできた角でそれらを振り払った。
蔦の牡牛の全体に火が回った直後、堕天使が牛の背中から飛び出して自身の剣から翠色の宝石を1欠片ちぎりとった。
「ドブ色の醜女って失礼すぎじゃないかなぁ……?これでも地球じゃ100人以上の初恋奪ってきたって自覚があるんだけど!」
「宝石を増やしてちぎりとった!?……この感覚、まさか!!!!」
アスクが握っている死月鉱を握りしめる。
「考えるのは後にしとけ……今がチャンスだ。アスク、向き調整しろ。リプラは合図したら思いっきり全員飛ばせ。今はお前らの才能を信じる、ここで終わらせるぞ。」
「「……!分かった!!」」
堕天使と共に月の重力に従いながらゆっくりと落ちていく3人の目に輝きが宿る。
即座にアスクはロイヤーに死月鉱でできた翼を取り付け、アスクと共にリプラはロイヤーの背中にしがみついた。
「【怒り象る火治の剣】。」
湧き出た青炎が剣の形になる。
「……(突進してくるつもりかな?)。」
その光景を堕天使がただ見つめていると、アスクが翼の変形を完了させた瞬間、リプラの両手が強く輝いた。
「!!」
「【恵む光閃の堕着】!」
堕天使は光を認識した瞬間、ソレを防ぐために剣を構える。
翼によって軌道を制御されながら、ロイヤーが光速で突きを繰り出した。
「(アホここに極まれりだ……俺の剣はあくまで炎、だから剣で受け止められはしない!!無様に死ね!!堕天使マリーゴールド!!!!)」
金属同士が衝突するような音が辺りに響く。
堕天使の剣は、確かにロイヤーの火治の剣を止めた。
「……!?」
堕天使が不敵な笑みを浮かべ、自身を含めた全員を蔦で囲い始める。
「『"落彩"の能剣、エクスカリバー』。この剣に切れぬもの無く、防げぬものも無く……惜しかったね。」
「この……!!【フォーバマイ――」
紫に輝き始めたアスクの手を、無数の蔦が丸め込む。




