☆ザキル☆
油断した。腹を貫く刃は俺にはどうしようも無いようだ。
そして気がついた、血が出たことに。最後の最後まで私は他人の傀儡だったのか。
「ようやく始末できた」
自然と口角が上がっている『滞氷ノ五輪』。
「もうお前は俺を縛るものではないっ!」
転がった私の体を蹴りながらそう叫んだ。痛くもないし、悔しくもない。全部私が招いた結末だから。最後くらい、誰かに認めてほしかった。"あなたの人生は無駄じゃなかった"って。
でも、嫌な記憶ばかり流れてくる。
《夢など見なさんな。貴方様は神。そんなもの捨ててください》
ああ、死してなおお主は私をこの立場に縛りつけるのだな。私は頑張った。それではだめなのか?
《お前はよくやった》
そう言ってくれるのはいつもイノースだけで。決めたこと、一つも守れない私に。
「オベイール」
オベイール。そうか、彼も名を賜ったのか。『豪水ノ五輪』以外、全員向こうについた。
私がいつ、彼らを洗脳したのだろうか。私がいつ、好き好んで────。
オリヴィア、貴女なら私を解き放てたかもしれないと思ったのに。
私はいつ、道を踏み誤ったのだろう。
ただ単純に夢にあこがれることの何が悪いんだろう。私は誰よりも人間であったらしい。
聖神は泣いた。ただ泣いた。
彼は神だったのだろうか。神は血を流さないはずだ。でも、最後に涙を流せてよかったのではないかって思う。
だって、死ぬときくらい泣けないのはあんまりだから。
ふうっと息を吐く。やっと終わった。
コイツよりも義父のほうが強いってマジ? 冗談も大概にしてほしい。
「オリヴィアちゃん……、尊い……」
お、いつもの調子に戻ったな。いつも通り適当に流しそうとした。
「……腕……、ごめんなさい……」
トルンが泣きそうな瞳でそう言った。魔力で腕と同じ機能のものを作っていたから全く気にしていなかった。
「腕?」
「あ〜、うん。いやちょっといろいろあって……」
魔力を散らすと千切れた袖から腕が消えた。
「ヘマしちゃって。でもほら、あの、魔力で代用できるし勉強料と思えばそんな痛手じゃないかな〜って。ま、手はなくなっちゃったんだけど……」
気まずい。
「大丈夫ですか!? 私がそちらに行っていればよかった……」
「大丈夫だよ」
サヴダシクが私の傷口に触れながらスキルを使ってくれている。治らないのは理解してる。
他の人が黙り込んでいるのがより気まずい。この空気はどうにもならなさそうだ。
「戦闘に身をおいているわけだし、コレくらいはしょうがないって割り切るしかないよ。この腕を見るたびにイオアンのことを思い出せるし。彼女を忘れる人が一人減ったんだ」
そう言うとようやく空気が軽くなり、苦笑してくれた。
うむ、それで良いのだ。私たちのチームに辛気臭い空気は似合わないからな。
いや、なんでなん?
塔に戻ったらそのまま最下層まで送られた。するとすぐに視界がゆがみ、火薬のような匂いと、コポコポという溶岩の音が響く『ヴォル』にやってきた。
神を倒したという自慢も追いやられてしまった。
肩を落とすメンバーたちと反対に気分の良い『三大堕霊』の三人。
「久しぶりな気がするわ。やはり気分がいい。尊きオリヴィアちゃんと来たことも相まって!」
いつかセレイアへの模範解答を見つけられると良いのだが。
「貴女がオリヴィアじゃな」
いきなり後ろにいたのは厳かな衣装に身を包んだ女性だった。サヴダシクたちによく似た行動と容姿。
上品な所作と油断ならぬ実力。ワイングラスを差し出すとどこからともなく現れた堕霊が水を注いだ。圧倒的なまでの権能。
今の私では、勝てない。
一目見て分かった。彼女こそが『悪魔女帝』なのだろう。
「そうですよ」
だが、一応言及しないでおこう。人違いでしたなんてやってしまった暁には私は業火の中にいるだろうから。
「あたし自ら来てきてやったんじゃ。あんたら早めに連れくるんじゃぞ」
そう言うや否や霧のようにその場から消えてしまった。
「ねぇあの人ってやっぱり……」
「そうよ。彼女こそが偉大なる女帝にして我らの母」
私の疑問にセレイアが答えてくれた。
「ねぇねぇ。早く行こうよ。僕怒られるのヤだよ」
フィヤルナが身震いとともにそう言った。
「じゃあ行こうか」
私は愛すべき仲間を細めた視界に収めた。
久しぶりの単独行動だ。
オレは伸びをした。心を覆う虚無と孤独。主に初めて会ったときに大事なものを奪われてどんどん溺れていった。
強いものほど強く彼女に惹かれていく。堕霊たちも天使たちも、みんな。
オレは主の役に立っているだろうか。いつも彼女の武器はオレのスキルを阻む。
その瞬間にオレはまるで主に拒絶されたような感覚を覚える。心臓が一気に縮み、悪寒を感じる。窒息感に苛まれてしまう。
そして漠然と気付いていた。彼女はオレに期待していないことに。
だから、主の御願いに喜んでここまで着た。
「お、来てくれたのか!」
勢いよく手を振るマルに無理やり笑顔を作る。
「おう、どうだった?」
声は、大丈夫なはずだ。
「うん、いい感じだよ。へへ、オリヴィア様はどこにいらっしゃるの?」
「ダメだよ、そろそろフランクに話さないと。本人の前で出ちゃったら悲しんじゃうよ」
だってー、そう言うマリとマルは仲が良いのが痛いほどわかる。
いつからだろうか。主が仲間に対して距離を取るようになったのは。
いつからだろうか。主が仲間に単独行動を避けさせるようになったのは。
いつからだろうか。主が自らを顧みなくなったのは。まるで、死に急ぐように。
マラが死んだとき、オレは親友の"死"よりも主の"生"に意識が向いた。
主の危機にオレが居ないことが許せない。なのに主はオレをその場から遠ざける。
「────てる? ねぇってば」
「あ、ごめん。んと……、あ、オリヴィアは妖器を納めにいったよ。じゃあ行こうか」
元気な彼らを見て溜まった『ドク』を隙を見て吐き捨てた。
彼らがオレの孤独をいつまでも紛らわせてくれればいいのに、なんて。
足を組む『悪魔女帝』は圧倒的なまでの存在感を放っていた。
「妖器を求めて自ら来るとは。あたしの娘にでも頼めばよかろうに?」
目的まで見破られているとは。そうか……バレてたか。
「そうかもね。でも、私自ら来ることに意味があるの」
私は頭を掻きながらそう言ってみた。
後ろから抱きついてきたセレイアのせいで倒れそうになる。
「ふふ、これのことかの?」
それは扇子のような武器だった。でも一目で分かった。妖器だと。
「与えてやっても良いんじゃが、そうじゃな」
彼女の値踏みするような視線は私に突き刺さる。
「お前は父を殺すようじゃのう。ならば、利害の一致というやつじゃな」
お、いい感じか?
「よいか? 原核武器は月片と呼ばれる強化素材がないと覚醒できないんじゃがそれはすべて我が領土にある」
彼女の言葉をゆっくり噛み砕く。
「そう焦るな。だからその守り手を倒してみせるんじゃ。そうじゃな、おい、ザキル。お前は半神じゃろう。お前がやれ」
ザキル? アレ、誰だそいつ。
「ん? おい、お前だ、機械」
機械? パウロのことか?
「私……でしょうか」
歩み出たパウロの顔には困惑が滲んでいた。
『悪魔女帝』は頷く。側近がすぐに現れ、パウロを連れて行った。
「お前らは知らないのか。彼女の過去を───」
「はい……?」
あやふやな返事をすると、『悪魔女帝』は少し悩んだ後ため息とともに語り始めた。
アレは今となっては遥か昔のことじゃ。ルーヴァは今と違って一つの王国だったんじゃ。
一人の神を信仰する、強い国。あのミリヌと肩を並べるか、或いは上回るほどじゃ。
今は確かミリヌ劣勢じゃろう? まぁ、あの皇帝じゃ、な。おっと話が逸れた。
アレ、どこまで話したっけ? あ、まだそこ?
そうそう、その王国を統治するのは偉大な神様じゃった。
あたしとは対極で彼は目立ちたがり屋じゃった。
そんな彼は神特有の魅力の力で妻……妻も神じゃったわ。そして子を授かった。
三つ子の神様じゃった。あんたらも会ったことあるはずだろう?
そして誰かと似て……っていうかあんたらの母が違う男と子供を身ごもってしまった。それがザキル。
じゃからザキルとあんたらは血の繋がりがあるんじゃよ。まあこの世界に神様はそう多くないから必然と言えば必然かもないが、のう。
あんたの母は『愛』の神様だからまあそりゃあ色んな神や人に言い寄られて良いように子供が出来ていったのさ。
で、それに気がついたザキルの義父は激怒したんじゃ。そしてザキルは多くの虐待の末追放され、義父の手引きによって実験台にされてしまったんじゃ。
あれ、確か、オリヴィアとマニューバの父の兄ではなかったか?
まあ良いか、そんなわけで色々弄くられて記憶を失ってしまったのが今の……、そうパウロなわけじゃ。
あっさりと、軽快な口調から伝えられた話は壮絶で私の母のおろかさを分かりやすくまとめられていた。
「つまり、彼女が覚醒すればオリヴィア、あんたと同等の力、或いはあんたより長生きしてる分強くなるはずじゃ」
パウロの顔が思い出された。
彼女の失った記憶の数々は無くしておいたほうが良いのかもしれない。
だって、そんなの悲しすぎるから。彼女の生を否定して、そして捨てたヤツを腹の底から苛立たしく思う。
そして今だけは祈る。彼女が勝ってくることを。
魔尾ノ扇子
ふわふわの尾を用いた武器。丁寧に彫られた文字は『妖狐』。
その見た目からは想像もできないほど鋭い斬撃を放つ。
これは持ち主を万物に変化させるという。いつか元が何かさえ分からなくなるまでそれは発動できる。
風の愛で生まれた狐の子供は一人孤独に行きていた。それを救ったのはメイドだったという。
だが、敗け朽ちた国で彼女は一人のメイドを待ち続けた。その人に教えられた死体狩りをしながら。
悲しい国の、哀れな獣は武器になってなお待っている。
私も愛を求めてここまで来た。いつか、死ぬその日までに見つけたい。




