☆魂神☆
私は導かれるまま進んでいく。
マニューバ様の気配すら感じられなくなり、だんだん心細さを覚えてきた。
居心地の悪さと、既視感を覚えながら。
「ザキル・ウーラノス様、ようこそお越しくださいました。800年振りでしょうか?」
仰々しい椅子に反して随分かしこまった挨拶だ。
「妾ですが……、お忘れでしょうか。まあそれもまた良いのです。また関係を積み直せばよいだけですので。妾のような長命な者には頻繁にございます故」
「ごめんなさい。まるで記憶に……」
そう言うと彼女は悲しそうに笑った。
一つに束ねられた髪は放たれたいのか、横に揺れた。
「妾のもとにいらっしゃったということは月片をお受け取りに……?」
「そう、らしいです。ごめんなさい、あまり現状を把握できておらず」
私の推論モジュールはショート寸前だった。だが、それはおかしい。
まるで第三者が勝手に負荷を上げているような。
一応省エネモードに移行しておく。
「では、僭越ながら」
彼女は武器を取り出した。それは両剣だった。"羽"の紋様に刻まれた美しい両剣。
いきなり斬り掛かってきた彼女を『煌聖』で弾く。
頭で理解するよりも早く身体がそれを受け流す。
右腕、おでこ、へそ、首元への突き。その動きすべてを見切れた。
彼女は淡々と攻撃を繰り出す。
「神言 黒・双雷」
私の黒い雷を避けた彼女は悲しそうな表情をうかべた。
「故夢 牲忌末」
黒い光が辺りを満たして全ての攻撃を弾いた。
「妾に結末を……、妾の生命に終焉を」
半透明のドレスのような服は静かに腕についていく。
両剣は床を求めて落ちてゆく。からん、と乾いた音が響いた。
私は反応に困った。彼女へ恨みはまるでないし、倒すのは気が引けた。
「……えっと……」
唐突な降伏宣言に私の推論モジュールが再びショート寸前になる。
意図が一切掴めずただ狼狽える。
「貴女はなぜいきなり諦めたの……?」
そう聞いてみる。彼女のスキルは私のスキルを上回っているし、持久戦となると私の敗北は明白だ。
「戦闘の継続は無意味だと理解したからです。時空の半神様である貴女は時空移動こそできかねますものの、記憶の継承をスキルを媒体に可能としていらっしゃいますので」
不思議な堕霊だ。
魔力スキャンを有効化し、月片の場所を探り始めてみた。
そしてそれは思いがけないところで見つかった。スキルの源流、胸中に浮かぶ白い綿毛のようなものの中に。
「……なんで、そんなところに」
すると彼女は胸に手を当てながら寂しそうにはにかんだ。
「ここが一番安全だったからです」
スキルの源に封じた魔力は外壁を、蓋を壊さねば出てくることはない。
その破壊というのは即ち殺すことを指していた。
魂を無理やりこじ開けることはできるのか? 記憶封入ボックスをくまなく探してみる。
「あ」
記憶封入ボックス内に彼女の魂を入れ込んで、名付けによって魔力貸出権限を得る。
そしてその権限を通路として彼女の魂の内部に隠された月片を回収する。
記憶という物理的干渉を起こさないものであれば箱内部に侵入、転送ができるはずだ。
そのために『神言 黒・双雷』の"黒"を使う必要がある。
つまり、私のスキルを捨てることで彼女を殺さずに月片を入手できるのだ。
ならば迷う必要はない。
「貴女の名前は────」
そこまで言った瞬間彼女は察したのか、勢いよく首を左右に振った。
「なりません! それはあなたの記憶を犠牲にするのと同義。よく知りもしない悪魔に同情する必要など、どこにもないのですから」
「私の前身が信じた貴女を信じる。何もおかしくないですよ」
今度は私がはにかんでみせる。
「だから、貴女の名前はヴィエロ。安心して私に宿りなさい」
オリヴィア様がよくサヴダシク様たち堕霊を自らに戻す時にいつも抱きついていることを思い出した。
だから彼女の頭を私の胸に押し当てるようにしてみる。するとすんなり彼女は私の中に入ってくれた。
あとは、私の魔力操作モジュールをフル稼働させるだけ。私のスキルで彼女のスキルに干渉して月片を拾い出す。
一つ、一つ、また一つ。
その一つにつきとんでもない量の魔力を消耗した。心優しいマニューバ様からレンタルした魔力で足りない分を補う。
躊躇する必要はない。ただ進めていく。何分たったかなんて、それは心の底からどうでもよかった。
「で、できましたぁ……」
誰も聞いてないというのに口から溢れた。
繊細な作業に心身ともに疲弊してしまった。
ヴィエロをよびだしてみる。
「どう?」
ヴィエロは胸に手を何度か当てて深々と頭を下げた。
「ありがとう……ございます」
「そんな何度もお礼を言わないでください。私がしてもらったようにしただけですから」
私は表情を崩さずにそういった。そうしてこの月片の回収を終えたのだった。
ミリヌ兵は早々と散り、脆弱な戦時体制が明るみに出た。
国内では反乱が相次ぎ、兵を割かれた。不安だったミリヌの長距離遠征は簡単に崩れた。
そのため、ステージは毎日のように臨時会議が行われていた。
「国王、ワタクシに命令を」
「ならん。いま強硬手段に出れば相手のプロパガンダになるだけだ」
いつか国王に愛を含んだ吐息を漏らしていた彼女は血走った目でその人を睨んだ。
「貴女を失うのは痛手だ。だから、そうだな。『協律能力』の特別部隊の長になってもらおう」
国王は威厳のある声でそういった。彼女の言葉を阻みながら。
「戦後処理をどうしましょうか」
今回の大きなお題であるソレ。ラチの国王は待っていたかのように顔を上げた。
「どのようにするのが良いのでしょうね」
ラチの主が静かに応じた。
「そうだな、ロニと三国で分け合おう。賠償金はミリヌに支払わせれば良い。簡単に賄えるであろうよ」
会議は、会話は終わることがない。
数々の戦線でイセンを追い込んでいく。最初の威勢も消え、ほそぼそと反撃するに留まっている。
捕虜は抗わず、ゲリラをする気配は全くない。
ステージによる支配域は静かにイセンの敗北を待っているように感じられた。
ロニも同様だった。兵のやる気はまるでなく、簡単に投降し捕虜になっていく。
アーガからの兵も遅れて到着しロニは停戦交渉の場を設ける、はずだった。
ダラニは仲立ちするために声をかけているようだが、ロニは頑なにそれを拒むのだ。
甲高い音が近づいてくる。
空から降る魔法の爆弾には笛のようなものが付いていてそれが鳴っているのだ。
わざわざそんな工夫をして、爆弾を降らすなんて信じられない。
耳元を通り過ぎた瞬間音が加速して背後の家が大破した。木片が背中に刺さる。
あらゆるところで火の手が上がり、多くの人が行場を失って亡くなった地域もある。空襲を使った戦争は甚大な被害を与えたのだ────。
木の欠片を拾い上げたヴァイス。
漆黒の外套が炎に照らされて輪郭がよくわかる。
その破片を火の中に投げ入れて立ち上がった。炎が踊るたびに彼女の頬は不吉に震える。
「戦争……」
そう呟いた彼女は逃げ惑う人々についていく。炎で灼いておいた上着を羽織って。
乱れながらも一応進む列に魔法を撃つ。突拍子もなくされた攻撃に群れた人はただ吹き飛ばされた。
「私たちこそが最も……」
爛れた腕をぶら下げながらフラフラと進む女性がぼそっと言った。
続く言葉はおそらく『優れている』なのだろう。
国民を奮い立たせ、少数を、他国を貶める教育。そんなものが資金も場所も気力も奪う。
そこら中に散乱した家財を探す人たちを踏みながら前に進んでいく。
ヴァイスは一人でこの町を抜けていく。何も考えずに歩を進めて。
地底の大国『ヴォル』でオリヴィアはパウロの無事再会できることを祈る。
何十分経ったのかは分からない。唐突に『悪魔女帝』が口を開いた。
「アヤツ、面白いヤツじゃな。まさか取り込もうとするとは、のう」
マニと目が合う。不安そうに揺らぐ瞳が私を捉えている。
「スキルを代償に月片を……。大した覚悟じゃ」
続く『悪魔女帝』のセリフに狼狽するマニ。スキルを代償ということはもう争いからは身を引くということなのか?
それは困るぞ。彼女のスキルや存在は私たちのモチベーションに関わる。
「あいつはもう、"パウロ"として生きることを諦めるようじゃ」
死ぬってことか? 私が問おうとしたその前に声を荒げるマニ。
「あいつ……ふざけないでよ。ねぇ、私もそこに行く!! 転送して!!」
「ほう……、じゃが、無理じゃ。魔力を送ってやりゃよかろう?」
「なんで!? 私が行ってその試練を乗り越えれば良いんじゃないの!!?」
「それは本質的な意味がなかろう。仮初の魂に覆われているザキルをもとに戻さねば彼女は死ぬぞ」
力強い彼女の言葉は空気が震えるほどの威圧感をもっていた。
「ほら、帰ってくるぞ」
黒い穴が開いて、中からパウロがゆっくり出てきた。
目立った外傷はない。
「これ、月片です。これで足りると思います」
パウロが手を差し出す。白い光を淡く放つその欠片を私が受け取る。
そしてマニが駆け寄って抱きついた。勢い余ってパウロが転ぶ。
「パウロ……」
涙でグチャグチャになった顔をパウロに押し付けている。
「来る?」
それを見てセレイアが両腕を広げ、ニヤニヤしながらそう言ってきた。
「大丈夫だよ───」
「そんなことを言わないで。そういうあなたも尊いんだけどね」
言葉の途中で私の体をセレイアの腕が縛り付けた。抵抗する気もないから彼女の背中をポンポンと叩く。
するとさらに強く私を抱きしめてきた。
「娘のイチャイチャなど見とうないわ。さっさと出て、最後の妖器でも見つけてくると良いぞ」
手で払うような仕草をする『悪魔女帝』。
彼女に礼を言ってこの場を去った。
黒羽の両剣
羽のような刃紋のある美しい両剣。
武器の形を変えても、音がしない。
黒羽は、女性しかいない国の出自だという。
両剣を握り、空を舞うさまは敵を恐怖に陥れたのだろう。祖国を守るべく彼女らがどのように音楽に魅了され落ちていったのか。
もしかしたら音楽と神様ってそう違いはないのかな、なんて。




