☆魔王騎士☆
ミリヌに向かうために今、ウーナ県にやってきた。同盟を最近結んだらしく、行き来が自由化された。
ここは唯一の女性、サラが統治する。ちなみに、第一子はルナク県を統治するルカフ、末っ子はパナヴァ県を統治するルカラーである。
統一行動を望むこの県はルナク県の動きをいつも参考にしている。
だからここを通ることにしたのだ。
「パウロ、早く!」
久しぶりの遠距離の旅路にワクワクを隠せないマニ。
パウロはあちこちをぼーっと眺めてはマニの呼びかけで急いで駆け寄っている。
「申し訳ございません……」
マニにそう頭を下げる。
それにマニが、
「謝ることはないよ。私こそごめん、いろいろ見たいよね」
マニは頭を掻きながら恥ずかしそうにそういった。
「じゃあゆっくり行こうか」
私はバッグを漁る。そして1枚のパンフレットを取り出した。普通の紙でできたものだ。
その紙面で指を滑らせる。そして、一点で指を止める。
それはウーナ県の名所中の名所である、煙突市街だ。
多くの煙突が生え並ぶこの街は未だに商業街として栄えているのだ。
とても興味があるし、単純に行ってみたい気持ちがあった。
皆が許可してくれたから、今から向かおう。
だが、視界を正面に戻した時に目の端に映ったしゃがみ込んだ少女が気になってしまった。
少女の近くによって聞いてみることにした。
「お父さんはどうしたの?」
そう言うと彼女はビックリしたように私を見た。
「──いないよ」
歩道のレンガの隙間から健気に生えている雑草を小さな人差し指で突付いている。
「そう、ごめん。えっと、お母さんは」
「いない。みんな、いない」
あいも変わらず雑草から目を逸らそうとしていない。
「この辺に住んで長いの?」
「長いなんてものじゃない。退屈すぎて、忙しすぎて」
不思議な子だ。
「道案内ってお願いできるかな?」
「いいよ、妹探したいし」
妹。ふとマニの方を見た。
パウロの羽をずっと撫でている。少女の家族構成には触れないほうがいいのかもしれない、と感じた。
だが少女の視線はパウロで止まった。
「どこ行くの」
「えっと、煙突市街ってとこ」
「あそこ? 観光客が多すぎて楽しめないよ。でもだいじょーぶ。わら──私が裏から案内できるから」
突然気分が良くなった少女はいかにも子供らしい愛おしさがあった。そういうことなら、と彼女についていくことにした。
少ししてマニが肩をつついてきた。
「あんたまた神に雑用させる気?」
そう言われても何のことだかわからない。
「え、もしかして気づいてないの?」
「何の話?」
そう言うと彼女はため息を吐いて。
「その子は神様だ」
え、この子が? なんで?
だって、それが本当ならこの国にずっと住んでいるような神様になる。
そうは到底思えない。だって、地図を片手に時折迷いながら私たちを案内しているのだ。
「……なんでそんなコソコソするの? ウンディーネちゃん。あ、"マニューバ"の方がいいのかな」
後ろを振り向いて少女はそう言ってきた。
「知ってたんだ? ふ〜ん、そう。なんで私たちを案内するの? 何が目的?」
「何って。善意よ」
それはあまりにも単純すぎた。
だが、少し考えた後にやりと笑って、
「もし、目的を持つとするなら、そうね。妾の演技を台無しにしてくれたワケだし、アンタのお仲間パウロとお話をしたいんだ」
パウロは驚いている様子はまるでなかった。
「パウロ、あなたはもともと人間、そうよね? そして、その記憶は一切ない」
パウロは重々しく頷いた。
「マニューバ、パウロはヴェラで見つけた。そうでしょう?」
マニは突然のことに困惑しながら"うん"と言った。
「そう、もう良いわ。過去に縛られるべきでは無いし、ね。オリヴィア、あなたにも言ってるわ」
私を一瞥した彼女の眼光が脳裏から離れない。
「そうだ、あなたに追加でもう一つ。"記憶は探すな"。幸せであれば過去は思い出す必要がないからね」
そう言った少女は再び歩き始めた。
少女の言葉がなぜか何度も頭の中で再生された。本当に言われたのかすら、怪しくなるくらいに。
勢いよく伸びる二本と一本の煙突が私の視線を奪った。
煉瓦道から質素な作りの長屋に、薄い金属の屋根のむこう。それらは街の中心に競い合うように見えた。
「誰もいないでしょう?」
少女は誇らしげにそう言った。
周囲の喧騒もなく、ただ古い町並みが強調されて見える。
「紡績や、軍需生産が行われていて、馬車がよく通るんだ。中心の三本の煙突は『家族煙突』とも言われてて、とても高いんだ」
三本のうちの一本は枝分かれしていてそれになぜか胸を締め付けられた。
それ以外の二本はかなり距離も近い。
「向こうの観光客の多い場所だったら三本が並んで見えるんだけど、ここからだと『ワカレ煙突』が一人ぼっちになっちゃうんだよね……」
ここからだと『ワカレ煙突』と二本の煙突の間に太陽が見える。
でもすぐに太陽は雲に隠れてしまった。
「あ、もう帰らないと。じゃあ、また」
虚空と、隠れた太陽だけを感じた。
ここはモルー半島にある、旧シアヌ大港である。
かつては大陸の海の玄関口としての役割を担っていたため、モルー半島周辺はどこにも属すべきではないとされていた。
だが、世界が虚空にのまれたとき、この大陸だけが取り残された。
それぞれの国がかつての支配から逃れ、独立した。しかし、モルー半島はアーガ、そしてステージに支配されていた。そこから、初代国王であるグラシリア=モルーが独立を果たした。
そして今日までに貯まったステージへの嫌悪から、倒したかった。
だから今、現王グラス=モルーは魔王騎士という秘匿部隊を動員させている。
僕はため息をついて港に入った。
「敵陣確認! 応戦態勢を整えろ、獣人2、軍人……、65!」
その放送とともに魔王騎士がやってきた。漆黒の鎧に身を包んでいる。
この港はここ数年のうちに軍色に染まってしまった。大きな軍用帆船をステージに向けて出港させたが、ステージの『協律能力』によって簡単に壊せた。
「能力 鉄魔!」
空から降り注ぐ鉄の雨。だが、威力不足で簡単に防げた。
「能力 雷脚付与!」
漆黒の足甲が雷に変わり、速度が速くなる。それでも遅い。
「魔王騎士が聞いて呆れるよ。200年も経ったら過去の栄光は廃れてしまうんだね。獣力 朱・獣雷」
朱色の雷がマリによって落とされた。それは的確に敵を狙い、戦力をほとんど削った。
「仕上げかな。さっさと終わらせようぜ。獣力 黒・甓黎」
捲り上がった地面の中から尖った岩が生えてきた。
その岩は蕾が花開くように広がり、避けたものを含めて刺し殺した。
残った数人はオリから貰った武器でさくっと仕留める。
やはり、最強軍隊というのはその二つ名にあぐらをかいて形骸化していくものらしい。
一般兵よりも多少強いくらいで面白みもなかった。
「援軍が到着しました! 各個撃破すること!」
「「「おうっ!!」」」
そして僕はさっさと敵の中で一番強そうな人のところへ向かう。
真っ暗な炎を抱えたブーメランを分離させて二振りの剣に変える。
その柔らかい音が戦場を飽和し、注目が僕に向いた。
「ん〜、君本当に強いの?」
剣で腕を斬り落とす。警戒を全くしておらず、愚鈍で弱そうだ。
汚い血に当たらないように身を屈め間合いのうちに入った。だが、傷口を同時に灼いたようで血が飛び出ることはなさそうだ。
安心して横腹を斬り裂く。
怯んだようだが、痛みは感じないらしい。
「御蔭 胡諦地」
味方を含め地面に拘束している。伏したものは手足を拘束され、一切の身動きを封じられている。
でも一切引っかからずそのまま斬り殺す。
存外帯したことないことにがっかりするのだった。
オリヴィアのことを考えながら、私は体に雷を走らせる。
そしてオリヴィアからスキルをレンタルする。2度目になるからもう慣れている。
すると気分が良くなり、さらに力が漲ってくる。
清々しい気持ちで伸びをして、まっすぐ前に駆け出す。オリヴィアの魔力がだんだん私を内から飽和する。
虚のオリヴィアが私の心を抱きしめて、笑みがこぼれた。
「じゃあね」
オリヴィアのスキルを発動させる。私の魔力を帯びた竜巻は雷を纏って触れたものを即死させた。
混沌を極めた戦場に優しい音が響いた。すぐにマルだと分かった。
私は満足をして新鮮な死体に満ちた港を後にしたのだった。
煙突市街
ソル帝国の支配下で作られた煙突が目を引く街。ソル帝国のものは乱立した太い煙突の中で多層状に居住区があるらしい。
ウーナ県の煙突市街には3本の長い煙突が背比べをするように生えている。
唯一、枝が分離した煙突がとても不安な気持ちを駆り立てた。




