☆あなたは、良い子☆
洞窟を出て、いま妖器を見せに塔まで来ていた。
「次は『河童』。教国ミリヌ、そこにある。ミリヌ帝国はすぐに参戦する。ロニにつくのは明白。モルーもまた、軍備を終えた、気をつけよ」
全大陸を飲み込む、戦火が民を含め包み始めた。
──時間を遡って──
ラチの王はため息を吐いた。
唯一の架け橋の神様が死んだというのだ。
「なんということだ……」
マニヴィアの死。それは意外なところに響いていた。
「かの母が簡単に亡くなるわけがあるまい。他の神の────」
そこまで呟いて目を見開いた。
全てを理解した。
「娘は? 開花したという情報はあるか?」
「開花、というと?」
「神と神の子であれば、いずれ神となる。ゆえに、人間を超越したかと聞いておる。ヴァイス……、彼女なら」
シャイターンの配下であるヴァイス。彼女はラチで育ったから所属もラチの密偵隊だ。
「ヴァイスをオリヴィア一行が遠征中のルトナへ派遣させましょうか?」
それに二つ返事でお願いする。
これが後にラチを救うのだった。
現在のステージの政権の場で。
「国王、ヴェラの人民の派遣の許諾を」
「まだ時期尚早だ。それよりもモルーの警戒を強めよ」
モルーは非常事態宣言を出し、兵役の強化、軍事予算の拡張、増税などをしている。
そして、ステージとの国境付近の測量をしている。しかも勝手に国境を跨ぐという挑発ともとれるような行為を繰り返しているのだ。
「警告をしますか?」
国王はすぐに、決断を下した。なぜならステージは国力が高いのに対し、モルーは小国と言えるほどの面積の人口しか抱えていないのだ。
「ああ、そうしよう」
そしてその翌日。モルー側がステージ警察が不法侵入者として捕らえたことに対し、不当な勾留、拷問があったと虚偽の発表。
宣戦布告もせずに戦闘が始まった。
この事実をステージは非難し、ルトナ公国もこれに同調した。
これに逆上したモルーはルトナにも出兵をした。
ステージは最新戦術として『協律能力』を使用した。
マリとマルの2人はモルー半島王国にやってきていた。
炸裂した100の『協律能力』は一つの街を火の海に変えたそうだ。
立ち上がって辺りを見渡す。遮る家々がなくなってたから夕日が描いた王城の輪郭がはっきり見える。
「とんでもない威力みたい。これオリヴィア様なら再現できるのかな?」
「『様』付いてるよ? あの方嫌がるよ」
そう冗談を言って二人の顔が柔らかくなった。
「でもオリなら出来そうだよ。あの人ハーフだから。しかもオリなら持ってる『グループ』の数も多いし」
「私たちの分で1つ、ヴェレーノで1つ、『三大堕霊』で3つ? ルーヴァさんとトルンさんで合わせて2つ。……そう考えるとあの人の魅力すごいよね」
僕は……、そう言いかけてやめた。
主従関係であって恋仲になることはありえない。でも、彼女を独占したいとは思ってしまう。
「あ〜あ、会いたくなってきちゃった。あんたのせいだよ」
マリはオリを敬愛しているのがよくわかる。髪色はもともとだけど、スキルもそう。
スキルとは何なのか正確なところは分かっていないがそれでも気持ちと大きく相互作用し合うということは分かっている。
その例が、『名付け』であり、『グループ』だ。
名前を付けることで互いに大きな影響力を持ち合う。魔力を貸し合うためのツールが『グループ』なのだ。
信頼度で能力の貸し出し限界値が変動する。自分の力を相手に貸すことで自分の能力が測定され、対策が容易になる。
だからこそ、『名付け』は本来行われず、契約程度に抑える。
オリのスキルが『料理屋』から『黒・料理屋』に変色し、僕たちにも機会が訪れた。
オリは特殊でルーヴァが宿って変色を免れた『掃除屋』と、サヴダシクが宿って権能を増やした『料理屋』がある。
天使がついた『白』と、堕霊がついた『黒』の間に『朱』がある。
そう考えると『獣力 朱・獣雷』になったのも頷ける。
そもそもマリも、死んでしまったマラの魂が混ざり濁ったことで『襲雷』から『獣雷』になった。
マリは特に気にしていないようだし、僕から口を出すようなことでもない。
「……なら、早く終わらせて撫でてもらわないとね」
「うん、ああでも、久しぶりに毛繕いしてもらうのもアリだなぁ。何でもするって言ってたし」
ニコニコしながらそう呟いている。
だけど、すぐに表情を変えて、
「あれ、なんで来たんだっけ」
「……はぁ。王城襲撃のためでしょ」
ルトナ公国の王城では。
革命の際に汚れた城内はすっかり綺麗になっている。
王座で日々多忙な毎日をおくるラミエルに一つの情報がやってきた。
モルー半島王国がステージに攻め入ったということだ。
それを非難する文書をモルー半島王国に送ったのだが、兵を送ってきたのだ。
ステージだけでなくルトナまで敵に回すことはしないと思ったのに。
仕方なく応戦し、モルー半島の南にある島、シアリーナに出兵させた。
思ったよりもスムーズにシアリーナの占領が進んでいる。シアリーナ城をどう攻略していくか、だけが課題だ。
そしてステージと共にモルー半島王国に対する降伏勧告の準備を進めていく。
ミリヌ帝国の密会で。
「大規模爆撃の秘術にステージが辿り着きました」
陸軍の長官がそう告げた。
長らくミリヌの秘術として恐れられてきたそれに自力でたどり着くとは想定していなかった。
「となると、ステージへの爆撃は不可、か?」
バレてしまった以上、もうすでに結界を張ることができるのだろう。
「そうでしょう。どうお思いですか、帝王」
ざわざわしてきた密会に帝王は苛立ちを覚えた。そして言った。
「すべての委員会を結合し、臨時戦争委員会とする。緊急優先法を可決し、すべての国力を投じてステージを粛清しよう」
この瞬間から、ミリヌの独裁は加速していく。
ウーナ県会議の中で。
「戦争への介入はしないのでしょうか」
権力だけあるこういう奴はいつになっても嫌いだ。自分の利益だけを追い求め、弱者の本を顧みない。
「何度言ったらわかるのだ? だから妹が見つかるまでは戦争などするわけもないのだ」
「お言葉ですが、彼女は秘密裏に追放されました。連れ戻すのは困難かと」
「それなら最後まで参戦しないだけであろう? そもそも『不貞の子』なら悪いのは親のはずである。なぜそうまでして子をいじめるのか、意味が分からないのだ」
彼女は人間の妹、ザキルを愛していた。何十年、何百年と寿命を延ばし続け、いつか会えると信じて。
妹の名をザキル、という。
きっともう死んでいる。そんなの分かっていても亡骸を見るまでは信じないと決めていた。いつしかそれが生きるという呪縛になっていたとしても。
三つ子の長男が私室で伸びをした。
ルナク県議会のリーダーの幼い男児である。
彼もまた初代であり、たった一人の妹を探し続けている。
長男として、やはり気にかけ続けているのだ。もう、顔も覚えていない半神の妹を。
自分があの時躊躇せず発言できれば。
自分があの時神の力を持っていれば。
自分があの時怯まずに妹を庇えれば。
それは妹も思っていることだ。でも、老けた弟は何も感じていない。それどころか、神の魅惑の力を使って嫁を見つけて子を持った。
神は俺たちにとって呪いも同然だと言うのに。しかも傀儡国家を用いてステージを攻撃した。
いかに血のつながった家族ではあっても名付けをした関係ではないのだから、彼を完璧に理解することはできない。
溜め息とともに県知事として思考を切り替えた。
昨日出されたダラニ中立宣言を見倣うべきか。それとも今のうちに弟の県、パナヴァ県を潰そうか。
慎重に行こう。もし、南の大英雄として活躍するオリヴィア一行が攻めてたら。県がステージに統治されてしまう。
スキルの2つ持ちであり、ステージ・ヴェラ戦争の功績者であり、ルトナ公国の革命の主導者であり、ダラニに中立を要求し承諾させ、『三大堕霊』の総括者。
『三大堕霊』に関しては隠すつもりもないらしく、一緒に歩いているところがよく目撃されている。
妹ともう一人、雷使いの少女を仕えてるらしいが、こちらは詳細不明だ。
リーダーが使う黒き炎は唯一穢血の神を殺せるという噂を聞いた。神の不死性も彼女の前では無意味なのだとしたら。より一層彼女と敵対するにはリスクが大きすぎる。
ゆっくりと議会室に向かいながら姿を大男に変えた。
そして開口一番に、
「中立を宣言しよう」
そう言った。中身は国ではまだ無理だから少なくとも県として、宣言する。
議会には驚きが走った。目を瞑りどちらのほうが得か考える者、思いがけない発言に戸惑う者、安堵する者、眠っている者。
多くの県議員が軍や戦争に関する条例や臨時予算案を持ってきたのだから。
数人は異議を申し立てた。領土拡大のチャンスだとか、中立でも戦火に巻き込まれてしまうだとか、国を牽引すべきだとか。
そのすべては自己利益のためで、そんなことのために参戦するのは今すべきことではなかった。
それを発表したときに彼の国の意見は二分化された。参戦を求める資本家たちと、最良の判断だとする一般市民たち。
ミリヌ帝国と不可侵条約を結び、中立を認めさせた。
それが彼の領土を守り抜くという結果につながっていく。
神の割に老けた見た目の県知事。
神は本来幼い姿を好む。その理由はまだ分かっていない。
『幼い体のほうが人間社会で浮きづらい』とか、『年齢幅を問わず人間を捕まえやすい』とか、『人の善意の対象になりやすい』など、いろいろな説がある。
だが、そのすべてが『こぞって幼い姿を取る理由』には足りない。
そして、彼と、実験者と、水の神だけが反例であった。
「お前は本当に役立たずだ。お前のためにいくらの金をかけてきたと思う?」
青年の髪をつかんで頬にタバコを押しつけている。
「ふざけるなよ、親孝行の一つくらいしてみろ」
彼は人の心を読むことができる。スキルを覗く技術を応用することで出来るらしい。
「なぜ兄ができることをできない? お前さえいなければここまで地位は落ちなかった」
その全ての罵倒を聞き流す青年。青年の名をムジュという。
汚水ばかり吸い込んだ雑巾のように、彼は汚れてしまった。
子供の無垢さは持たせてすらもらえなかった。
絶対に泣かない良い子だった。
文句を言わない良い子だった。
言うことを聞く良い子だった。
迷惑をかけない良い子だった。
それらは全て『良い子』というレッテル。親の人形で、親の世間体のためだけに生きていた。
青年は、限界だった。




