☆良い子だった☆
ミリヌ帝国は『協帝能力』を使う準備を整えていた。
欠点は発動に3日かかること。ただし、利点は最も偉大で神聖であるため破壊力が想像を絶すること。
しかも、既に空軍の準備は整っていた。
魔力を用いて飛ぶ新型兵器。上空からの攻撃に長けた特殊部隊のことだ。
今までの個人のスキルによる飛行よりも安定し、重い武器を運べ、威圧感を持つ。
それは世界の軍事事情に大きな影響を与えることになる。
だから、負けるはずがなかった。まさに、鬼に金棒だったから。
でも、金棒を与えられる鬼が弱かったら? 経験が未熟だったら?
まだ、幼い皇帝に与えられた金棒は強い物だった。ただ、彼には重すぎた。
たった一人のリーダーに任せた"最強"は、難しすぎた。
ドゥームの美しい街。そんなところにドンッという爆音とともに、振動が訪れた。
衝撃波があっという間に家を崩し、命を奪った。
そして、すぐにスキルによる放火が行われた。
身動きを取れなくなった人たちを無慈悲にも殺め、逃げられた人たちの希望を砕いた。
家財は灰となった。下級の障壁ではまるで意味をなさない。
ドゥームはミリヌによる宣戦布告のない不当な侵略行為だとして非難した。その失態がミリヌの軍を鈍らせる。
今まで静観していたルーヴァのシヴァ派──ルカラー統治するパナヴァ県が、ブラフマー派──サラ統治するウーナ県に宣戦した。理由は政治介入とした。
古びた大砲による物理攻撃。障壁は意味を成さず、一つの街を落とされた。
ただ、パナヴァ県の無能な指揮官はウーナ県が自県よりも面積が4倍近く広いことを考慮していなかった。そのため思った通りの進軍ができなかった。
あっという間に反撃をされることになったのだった。
サラは沈黙を貫いている捕虜に問う。
「なぜ、捕まっておるのだ? 妾に何度面倒をかけるのだ」
ルカラーの末子の貧弱な男だ。
名前は知らないし、興味もないが、確かルカラーのかわりに会議に来ていた男だったはずだ。
「お前の父を殺そうか?」
そう言って、右手を掲げる。すると左右に控えた軍の幹部たちが槍を構えた。
「それとも、お前を殺そうか?」
幹部たちがジリジリと歩み寄る。だが、少しも怯む様子はない。
胸の内の渦がまるで覗けなかった。
そして、久しぶりに見る彼は墜ちたようだ。醜い翼も千切れ、羽毛は毛繕いすらされていない。
「……そうすりゃいいですよ。あのクソ親父でも、僕でも殺してください」
命乞いをするかと思ったが、案外そういう軟弱な男ではないらしい。
自然と口角が上がる。扇でそれを隠しながら、試すように重ねる。
「もし、妾が、"お前が父を殺せ"と今命令したら?」
迷う素振りも見せずにすぐ答えが返ってきた。
「やらせて下さい」
神のルカラーを殺すには黒く染まった武器が必要だ。
それはもともとルカラーを殺すために準備を整えていたため、確保してあった。
だが、謀反を起こされたら。サラ自身も殺せる武器であるため、自らに危害が及びかねない。
それでも武器を与えることにした。その対策のためにオリヴィアと接触した。
彼女のスキルの気を纏うことであの武器を探知できる。
心優しいと聞いていたが、その通りのやつだった。しかも、彼女らに付いていたパウロと言うやつはヴェラの技術で機械化されていた。
そして、"神託"に侵された彼女は黒に染まった。
『神託 黒・双雷』。それは一切の秘匿なく公開されていた。
ザキルは『神言 白紅華ノ風夜月』だったから、別人である。
気の毒な娘である。スキルを公開していたのもきっとプロンプトの影響だろう。
今での彼女は耐え難い屈辱と恥を感じているはずだ。だってそれは裸で町中に放り投げられるのと同義だから。
ふうっと息を吐いて、らしくないな、と気がついた。
最近やけに感傷的になる。神となって老いることもないと思っていたが、精神的には年を取るようだ。
託した黒に染まった武器をいまはただ案じていれば良いのだろうから。
青年は一振りの武器を携えて城に戻ってきた。
死ぬことを許された今、最後に一家を滅ぼしてしまおう。その手段を与えられた今案じることはない。
父は書斎で力尽きたように寝ていた。母が死んでから普段はここに籠もっていたからすぐに分かった。
ゆっくり近づくと蝋燭の火が僅かに揺らいだ。
そして、強く柄を握る。
躊躇うこともなく狙い澄ました刃は首の骨をすり抜けて。でも、傷口は霧を吹いた。
「おまっ────」
動いた口を無理やり止める。
椅子から突き落として、馬乗りになった。
少し遅れて、がしゃん、と大きな音を立てて椅子が倒れる。
首に刺した刃を抜いて今度は腹に刺した。無我夢中でただそれを繰り返す。
「とんだ、親不孝者がっ……」
父の言葉はやけに遠く、まるで遠くで鳴っているようだ。
目頭だけ、熱くなる。それ以外の感覚はないというのに。
父の抵抗は終わり、逃げるように塵となって消えていく。ふう、と息を吐いてその足で兄の部屋まで移動する。
兄はベッドの上で寝ていた。
へその上に手のひらを添えて首の方へと斬り裂いた。起きることもなく、兄も塵となって消える。
その塵の粒子を眺めて、ベッドに腰かけた。もう十分に感じたのだ。
決めていたこと。"いつか、自分で死んでやる"。
それを叶える刃を既に手に持っているのだから。
何故か溢れる涙を手の甲で拭う。
そして、最後の言葉を紡ぐ。
「父さん、僕は悪い子だった。良い子になれたら、愛されたのかな────」
自分が突き立てた無慈悲な刃はムジュの命を奪った。残った肉片は確かに血ではない何かに濡れている。




