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選ばれなかった紫色の侯爵令嬢~歪んだ心はきっと死ぬまで戻らない~  作者: 紺名 音子


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第4話 婚約破棄された男


 初恋の人の名を思い浮かべた瞬間、その相手との婚姻を勧められた――


 そんな偶然に思わず上げてしまった私の間の抜けた声は、変な方向に受け取られてしまったようだ。


「ごほっ……フレンヴェール君を覚えていないのか? お前とアザリアが魔導学院に入るまで、週に一度フルートと弦楽器を教えに来てくれていたアスター伯爵家のフレンヴェール君だ」


 マリアライト領の民は祝歌によって平和が保たれている事もあってか音楽好きな人間が多く、平民貴族問わず幼少期から音楽を習う者がとても多い。


 平民が習うのは殆どが木で作られた簡易的な笛や太鼓で、貴族が習うのは高級な弦楽器や、金属を使用した複雑な笛(フルート)やピアノ――平民と貴族の間には越えられない一線が引かれているが、このマリアライト領においては平民でも歌や楽器の才があれば、演奏家や吟遊詩人、作曲家に歌い手――貴族に劣らぬ地位を築く事ができる。


 そんなマリアライト領を治める家の人間が楽器一つ扱えないのは困るから、と私が魔導学院に入る前まで週に1度、私とアザリアにハープとフルートを教えに来てくれた6歳上の伯爵令息――それが今、名前が上がったフレンヴェール・フォン・ゼクス・アスター様。


 あの方と出会った日の事はハッキリ覚えている。

 ネクセラリアとガゼボで歌を歌っていた時に挨拶に来てくれた、薄紫色の柔らかな髪と同じ色の、透き通るような薄紫の瞳の美しい貴公子は私に恋をもたらした。


 その日以降週に一度、あの方が教えに来てくれる日を私はとても楽しみにしていた。


「も、勿論もちろん存じております……!! ですが、あの方は数年前にメヌエット伯爵の令嬢と婚約されたと聞いておりますが……!?」


 あの方との縁談に喜びを感じてない訳ではない。

 だけどあの方に抱いた淡い恋は、魔導学院に入る直前にマリアライト領の1都市を治める伯爵家の令嬢と婚約した、と聞いて儚く散った。


 それが今更実ると言われても――正直、戸惑いの方が大きい。


「何だ、今の話を聞いていなかったのか……? まあ急な話だからな……もう一度話すからよく聞きなさい。お前の言う通り、フレンヴェール君はメヌエット伯爵の娘に見初められて、彼女の18歳の誕生日に結婚する事になっていた。が、その1週間前……娘が一方的に婚約破棄の手紙を置いて、幼馴染であるプルプル伯爵家の三男坊と駆け落ちしたそうだ」


(まさか、あの方が、あの優しくて穏やかで気が利く美しい方が婚約破棄されたなんて……!?)


 一瞬頭が真っ白になるが、また聞き逃す訳にはいかない。

 お父様が続ける言葉に集中する。


「それからもう2年経つが未だ『一目惚れされたはずの令嬢に婚約破棄された挙げ句、結婚式直前に駆け落ちされた男』というレッテルが剥がれないのと本人の態度が問題で新たな縁談がまとまらんらしい。数週間前に行われた都市会合の直後、アスター伯とメヌエット伯、プルプル伯からお前にまだ決まった人間がいないなら、どうかフレンヴェール君をもらってもらえないか、とそれぞれに泣きつかれてな……」


「……え?」


 都市会合は半年に1度、ここマリアライト領の離れで各都市を治める伯爵達が集まって状況や収益、事件、事故などを報告する会議の事だ。


 真面目な会議が終わった直後に三伯爵それぞれに泣きつかれるなんて、余程の事である。


「聞いての通り、元々はメヌエット伯爵の娘がフレンヴェール君に一目惚れしてアスター家およびフレンヴェール君に頼み込む形で婚約したのだ。その結果がこれではフレンヴェール君が気の毒すぎるだろう? プルプル伯も都市会合の度に色んな貴族に睨まれて針の筵で、いい加減私も見ていられなくなってきてな……まあそれが無くともお前達に楽器を教えていた彼の誠実で優しい人となりは知っているし、環境も魔力の色も資質も能力も問題ない。お前の伴侶として申し分ない」


「た、確かにフレンヴェール様は素敵な方ですが……その相手は私でいいのですか?」


 マリアライト侯爵家には私の他に二人、娘がいる。

 三伯爵は私を名指ししてきたみたいだけど、本当に自分で良いのか不安が生じる。


「アザリアは既にシルバー伯爵家のヒース卿と交際しているし、ネクセラリアはフレンヴェール君が婚約した当時8歳だ。《《18歳が8歳を想っていた》》となったらまたいらん噂が立つだろう? お前と結婚する事でアスター家の次男坊は捨てられた男ではなく、そもそも相手の令嬢を愛してもおらず、婚約破棄された後、親の持ち込んだ縁談を全て断り『幼い頃から想い合っていたウィスタリア嬢』と晴れて結ばれる……いう形にできる」


 なるほど――そうすればアスター家の面子は保たれるし、メヌエット家にも多少同情が集まる。

 プルプル伯もプルプル肩を震わせなくて良くなるわね。


「一見こちらにメリットがない結婚のように聞こえるが、三伯爵に恩を売っておけばお前への当たりは軟化するだろうし、お前は一切労せずに有能な配偶者を手に入れる事ができる。そして私は憂いなくお前への引き継ぎに集中する事が出来る……だが、この縁談はお前が嫌だと言えばそれまでだ」


 これは――何という運命のめぐり合わせだろう?


 フレンヴェール様はけして婚約破棄されてしまうような酷い男じゃない。

 フレンヴェール様の名誉を地に叩き落としたその令息と令嬢、呪ってやろうかしら?


 でも、12歳になるまでの淡い初恋が――婚約されたから、と諦めていたそれが、今、叶おうとしている。


 それは駆け落ちした二人のお陰――ああ、やっぱりその2人には末永い幸福を願おうかしら?

 後で『やっぱり貴方が良かった』とかフレンヴェール様に泣きつかれても困るものね。


 そうよ、そのレッテルのお陰でこの縁談が舞い込んだのだから、遠くの地で勝手に生きるなり死ぬなりしてくれればいいわ。

 下手に呪ってたたられたら、縁起でもないものね。


「ウィスタリア、どうだ? 私は余程の事がない限り、お前達にはそれぞれ想う人間と結ばれて欲しいと考えている。嫌なら嫌だと……」


 熟考による沈黙を気が進まないと受け取られてしまったのか、慌てて首を横にふる。


「よ、喜んでお受けさせて頂きます! フレンヴェール様の人となりは私もよく存じておりますもの。あの方が伴侶となってくれるなら、私は……!」


 ああ神様、こんなサプライズをくれるなんて。

 これまで様々な男を下調べしてきたけれど、心ときめいたのはあの方だけ。


 この縁談を私に授ける為に、神は私に苦難を与え続けてきたのかもしれない。


 これまで何て無駄な事をしていたのかしら――不名誉な噂も、経験も、皆『余計な事をするな』という神様の警告だったのかもしれない。


「そうか……分かった。それならすぐアスター家に了承の手紙を送る。私はしばらくお前につきっきりになるから、フレンヴェール君には私の片腕であるマロウ伯についてもらおうと思っている。しかしフレンヴェール君がいる街からここまでは往復するだけで1日かかってしまうから、婚約期間中は彼にはここの離れ家に住んでもらうつもりだが異論はないか?」


「はい、何の異論もございません!」


 返す言葉に、自分でも喜びが滲み出ているのを感じる。


 ああ――今なら私、領土中の皆を幸せにする祝歌が歌える気がする。

 何故今日が祝歌祭じゃないのかしら? 本当に残念だわ。


 よく恋をしたら頭にお花畑が咲くというけれど――密やかに想っていた初恋の人、フレンヴェール様との結婚の話を受けて確かに心の中に大輪の花が咲き乱れていく。


 それでもまだまだ多くの蕾が花開いていくような、フワフワ、ワクワクとした感覚が心を支配していた。



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「婚約破棄された桃色の子爵令嬢~」ではウィスタリアも子ども達も出てきます。

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