Ⅲ
「お待たせしてしまいました」
「いえ、然程待ってはおりません」
シリアが声をかければ彼女の副官たる青年が貴族らしい整った笑みを浮かべつつそう答える
「私の婚約者や妹たちと比べれば本当に些細な、ごく短い時間でしたし……
それに婚約者からはそういった女性を待つ時間こそ殿方は楽しむべきなのだと常々伝えられておりますので……」
とても貴族らしい笑みではあるものの、その節々から滲んでいる彼の気苦労が伝わって来てしまいシリアとクロムはこっそりと目を合わせて苦笑した
どうやらとても個性的な婚約者を持っているらしい
彼の歳の頃を考えれば婚約者がいて当然というべきか───むしろ真っ当な令嬢であり貴族家当主であるにも関わらず今現在婚約者のいないシリアの方が異例中の異例としか言いようがないのだが、その自覚はちゃんとシリアにもある
とはいえ、それには仕方のない部分もあるのだ
シリアとしては今までこれといって恋ごころのようなものは抱いたことがなかったし、自身が貴族令嬢であるという自覚を持ち合わせているために婚姻に関しても果たすべき役目なのだと理解していた
だからこそ自分の補佐や領官、あるいは何がしかの方法で共にメイフェルベリーを盛り立ててくれるような人物でさえあればどのような縁であろうとも抵抗はなかったのだが……そこには大きな、あまりにも大きく致命的な誤算があった
実のところを言えば
シリアノルという少女は貴族令嬢としてかなりの優良物件なのだ
なんと言っても陛下の信頼厚くその右腕とも評される人物の姪御である
仮に縁戚を結ぶことが出来たともなれば親王派閥との繋がりを強く深め、同時にそれを内外に示すのにはもってこいである
それだけでも婚姻の相手としては充分なのだが、それに留まることなく当の本人も王都でも知られる劇の題材となり、その中では目を引くほどの美しい髪を持ち、賢いのみならず心優しく正しき人物であり、『清処女』などと評されるほどに頗る評判が良いのである
まさに引く手あまたであり、シリアの預り知らぬところでは彼女の後見人を務めるその叔父の元に数多くの縁談話が持ち込まれていたのだ




