Ⅸ
ちょうどクロムが一通りの作業を終えたところで、彼はまた来客が来たことを告げた
やはりというべきかシリアには今回もその気配が感じられなかったものの先の件もあったために信じて待つことにする
程なくして先ほどファーレインが乗ってきたものよりひとまわりも、いやふたまわりは大きいであろう馬車が到着した
「クロム様、大変お待たせ致しました
聖騎士卿よりメイフェルベリー子爵へと荷を預かり、また子爵のお過ごしになられる部屋の支度を手伝うようにと仰せつかっております」
おそらく本来は王宮に住まう使用人たちであろう者たちが下車し、中でも一番年嵩の、見るからに質の良い燕尾服姿の老人が皆を代表してクロムに腰を折る
「うん。ありがとう。よろしくお願いします」
それに思わず見蕩れるほど見事な返礼を返すと、彼は隣に立つシリアに手を差し伸べる
それは自然で、それでいてすごく控えめなエスコートのお誘いだ
「じゃあ、まず部屋まで案内するね。シルさんもそれでいいかな?」
「あ、はい。よろしくお願いします」
シリアはそれに応じる形でその手を取る
とはいえ、恋人同士などではないために腕に抱き着いたりするようなことは無い
あくまで、先に立って手を引いて貰うだけだ
そうして導かれるままに屋敷へと向かい、昨夜シリアが過ごした談話室や調薬室とはまた違う部屋の前までやってきた
「ここだよ」
多少年季が入っているのだろう深い色味を持つ木製のドアの表面を、クロムはシリアをエスコートするのとは逆の手で触れながらそう告げた
それから何かを懐かしんでいるのかしばらくそうした後、ようやく思い立ったように扉を開ける
そこは、なんというかとても品の良いつくりの部屋だった
まめに換気はされていたのか、あまり埃っぽさは感じられない
やはり立ち並んでいる調度品は木製あるいは植物由来のものが多く、どこか不揃いなところが逆に味がある
温かみのある、まるで陽だまりが降り注ぐような印象を覚える部屋だったが、今はシーツなどが取り払われた寝台や、あるいは何らかの精緻な紋様細工が施された鏡台のつくりなどを見ると、おそらくそれは婦人向けに設えられたものだというのがシリアにはなんとなくわかった
「……ここは?」
「……僕の、母さんの部屋、かな」
思わず尋ねてしまえば、彼は少し自嘲気味になっているかのようにそう呟き、そしてその様子からシリアはだいたいの事情を察してしまった
彼は、今この屋敷に暮らしているのはこの黒髪の青年ひとりだと言っていたはずだ
ならば、どのような形であれ失ってしまったということなのだろう
シリアは手を預けながらも、隣に立ってどこか遠くを見つめている青年をそっと見上げる
母についてはあまりよく覚えていないシリアではあったが、大好きだった父を失ってしまった経験から、彼と似たような愁いを抱く事もある
その気持ちがわかるなどとは軽々しくは言えそうにない
彼と出逢ってまだ短いし、それに彼とその母親との関係を知っているわけでもない
なのにそれを『理解できる』などと言ってしまうのはひどく傲慢だとも思えた




