Ⅷ
御者への合図があり、馬に鞭が入れられる
走り出す馬車を見送り、そうして蹄の音が聞こえなくなったあたりで黒髪の青年はシリアに声をかけてきた
「シルさん、しばらくの間よろしくね」
「あ、はい。よろしくお願いします。クロムさん」
会釈をされたのでシリアも小さくお辞儀をして返す
昨日とは違って貴族式のものではないそれが何となく微笑ましく感じられて、どちらからともなく笑顔が溢れる
「ファーレインからの荷物が届いたらシルさんの部屋を整えようと思うんだけど、それまでは自由にしてくれて大丈夫だよ
その間に草木の手入れをしようと思うんだけど」
お茶を飲み干し、ゆっくりと立ち上がるとクロムは座っていた椅子の上に手にした空の器を置いたのでシリアもそれに倣うことにする
「あ、じゃあ、その、見学させていただいても大丈夫ですか……?
もちろんクロムさんのご迷惑でなければ、ですけど」
「僕は大丈夫だけど、たぶん退屈だと思うよ
庭園とは言ってもあくまで薬草しかなくて綺麗な花は咲いてなくて」
「いえ、大丈夫です……!
どんなことであれ、知らない事を教えて頂けるのはすごく楽しいですから……!」
本が好きな人間は大きく3つの系統に分かれる
ひとつは本を読むという行為が好きな人種
もうひとつは質感や匂い、あるいは芸術性など本という存在自体に価値を見出す人種
そして、そこに書かれている内容にこそ興味を持つという人種
自他ともに認める本の虫であったもののシリアはこの3番目のけが非常に強く、どちらかといえば物語作品よりも風土記や学術書の類を好む傾向にあった
そんな知に飢えている彼女にとってこの庭園に植えられた見慣れない植物、あるいは見慣れてはいても普通は園芸としては育てられることのない品種とその手入れ、そして活用法というのはとても興味を惹くものだったらしい
その言葉の通りいかにも楽しそうなのが伝わるような輝いた瞳を向けられたことでクロムは思わず苦笑する
「うん、わかった。じゃあまずはこっちの畝からね」
「はい! よろしくお願いします!」
それから青年の案内でシリアはいくつかの薬草畑を巡り、そして彼の作業を眺めることになった
やはりどの土も黒々として品質が良く、そこに生える植物も元気が良さそうに感じられる
何か特別なことはしているのかとも聞いてみたが、肥料を与える事とよく目をかける以外は特に何もしていないそうだ
肥料は王宮の食堂から魚の骨や卵の殻などを融通して貰い、季節ごとに植物を植え替える際にすべて掘り返して根も混ぜ込んでいるらしい
これ自体はメイフェルベリーでも行われていることのためシリアにとっては特に驚くべきことでは無い
土に含まれる成分を偏らせないことで作物の実りをよくする手法だったと記憶していた
また、いくつか雑草と呼ばれる種類のものもあったことで疑問に思い訊ねてみたのだが、どうやら特殊な環境下で生育する事で薬になったり、あるいは特定の方法で抽出することでも薬効が高まるような品種もあるらしい
先程の邂逅では彼女の叔父とはとても仲が良さそうに感じられていたが、どうやらその気質もどこか似通っていたものであったのだろう
このようにシリアは気になったことがあれば都度質問していたのだが、彼は嫌な顔を浮かべることはなく、むしろ常ににこやかに回答してくれていた




