ⅩⅧ
「本当に相変わらず……」
思うところでもあるのか、何かを言いかけた彼は再びお茶に口を付けると言葉とともに飲み干す
そうしてまた小さくため息を吐いてから、黒髪の青年はシリアに気遣うような目を向けた
「うん、話はわかった
さっきの彼が警戒しているかもしれないことを考えると外でまた危ない目に遭ったらいけないし、今晩はこの家にいるといいよ」
彼女の置かれている状況を鑑みて彼はそう言ってくれたようなのだが、そんなありがたい申し出にもシリアは素直に頷くことができなかった
本来、結婚前の貴族の女がたとえ血縁であろうがひとりで男性の家、または部屋に足を不用意に足を踏み入れたりすることははしたないとされている
ましてやその時間帯が夜であり、それが泊まりがけであったからにはたとえ疚しいところがなかったとしても他者にそういうことだと取られてもおかしくはないのだ
そういった事情からシリアが煮え切らない態度を取り続けていると、クロムはそんな彼女の不安を見透かしたかのように大丈夫だと笑顔を向けてくる
「大丈夫だよ。これでもここは一応屋敷扱いになってる」
貴族における未婚女性の宿泊事情
しかし、城や宿などの施設、あるいは貴族の屋敷などにおいてはその例外となっていた
廊下や広間などは人の目があるために公のものであるとして扱われ、自身へと貸与されたものは一時的にその令嬢の所有する部屋ーーつまりは自室であると認められるからだ
だからシリアがこの屋敷で過ごしたとしても社交界での醜聞になることはないのだと彼はそう言いたいのであろう
「とは言ってもここで暮らしているのは僕だけだから、寝具の予備がなくて……
本当は貸してあげられたらいいんだけど……」
「いえ、一晩こちらにおいていただけるだけで充分です
ありがとうございます」
「ううん、気にしないで
この部屋は自由に使ってくれて構わないから、楽にして……」
突然、彼は椅子から身を乗り出すとシリアの顔をじっと見つめた
ごく至近距離からオニキスの瞳が向けられたことで、シリアの心臓は一瞬跳ねたが、彼はなんでもないことのようにしばらくそうしていると、不意に椅子から立ち上がる
「小さいけど頬を怪我してる。痕になるといけないし、薬を取ってくるよ」
おそらくは調薬室の方へと向かったのだろう、そのまま彼は部屋から出ていく背中を見つめながらシリアはほっと小さな息を吐き出した
自分の父や叔父以外にあんなにも至近距離から見つめられたのは初めてだったからなのか、その顔はわずかに紅くなっており、彼女はそんな自分を誤魔化すように再びお茶へと手を伸ばす
やはり花の蜜にも似たような甘さが口のなかに広がっていく
自分の身体がいつもよりも幾分熱を帯びているようにもシリアには感じられたが、きっとこのお茶の効能なのだろうと納得することにした




