ⅩⅦ
「はい。シリアノル・エル・リスクラッドと申します
この度は危ないところをお救いいただきまして誠にありがとうございました」
貴族の略式礼とともに名乗り、感謝の言葉を伝えれば彼は何かに気付いたかのような顔でシリアを眺める
「……リスクラッドってことは……?」
「ええ、聖騎士卿ことファーレイン・リスクラッドの姪に当たります」
とはいえ私はただの田舎貴族の娘に過ぎませんが、と付け足すシリアに対し、今度はクロムが貴族式の返礼をしてみせる
その仕草はとても姿勢がよく、かつ自然で手馴れたもの
そこらの貴族であれば見劣りしてしまうような、まるで幼い頃から習っていたとばかりの流麗な所作にシリアは思わず目を奪われた
「レディリスクラッド」
そうしてただ見蕩れてしまっているとやはりどことなく掴みどころのない、だからこそ心惹かれるような黒髪の青年の声によってシリアは現実に引き戻される
「あ……いえ、お世話になっているのはこちらである以上は口調はそのままで大丈夫ですし、私もクロムさんとお呼びしているのですからシリアノル、あるいはシリアなどと呼んでいただいて構いません」
「そう」
やはり手慣れた様子で恭しく呼びかけてくるクロムにそう返せば彼はしばらく思案してみせた
本来貴族の男女が互いをファーストネームで呼び合うというのはその親密さを表すもの
ましてや愛称ともなれば、それはもはや恋人同士や夫婦の間柄であると示すようなものだ
片一方だけがそれを許可するとなれば今度は互いの身分差や力関係を示してしまうことになりかねないために自分もそう呼ばれることを望んだシリアではあったのだが、おそらく黒髪の青年はそういったところまで勘案してくれたらしい
「じゃあ、シルさん」
先程シリアが述べたものよりも少しだけ当たり障りのない名で彼女を呼んだ青年に、やはり彼は貴族の文化に明るいのだとシリアは確信する
彼は再びシリアにカップを手渡してから姿勢を崩して楽にすると、目の前の相手を慮るように少し眉根を下げた
「ある程度はわかってるつもりではあるけど、シルさんに何があったのか
何で王弟の遣いに追われてたのかを教えて貰っても……?」
「……はい」
関係ないはずの彼を事情に巻き込んでしまったのだから当然のことだろうと思い、シリアはできるだけ簡潔に伝えることにする
自分が数日前に叔父や陛下からの呼び掛けに応じて城へとやってきたこと
知の者の後継として選ばれ、引き継ぎをするまでの期間城で世話になっていたこと
そうしていた所で王弟陛下が使用人の女の子を力ずくで自分のモノにしようとしている場面に出会い、思わずその間に割って入ってしまったこと
結果、今度は自分が狙われることになり、逃げ回っていたこと
そこまでを語って聞かせればクロムは途中、王弟の話のあたりで小さくため息を吐いた




