ⅩⅣ
「いいからこっち。早く」
「えっ……あの」
「いいから。急いで」
断ることもできず青年に手を引かれるがままにすれば、彼は例の木造の屋敷の方へとシリアを伴う
ノックをすることもなく彼は慣れたように扉を開くと先にシリアを中に入れ、自分も足を踏み入れると静かに扉を閉める
屋敷の外観と同じように中も質素な印象を覚えるような館だった
絵や美術品の類はなく、薄い植物繊維の織物だと思われる絨毯の敷かれた板張りの玄関口からはいくつかの部屋があるのが窺え、扉の開かれた正面の部屋は談話室や居間のようにでもなっているのだろうか長い机が置かれ、石組みの暖炉が備えられているのが目に入る
彼は正面の扉ではなく左側へと向かい、その扉を開く
青年はシリアの手を離すと部屋へと入り、窓も着いていないその部屋を明るくするために蝋燭を灯した
どこかで嗅いだことのあるような、それでいて独特な甘い香りが漂っており、香か何かでも炊いているのかその匂いは奥へと進むほどに強くなっている印象を受けた
意を決して足を踏み入れれば、果たしてそこは調薬室とでも呼ぶべき場所であった
入って正面の机には何らかの薬草であったのか外の庭園で育てられていた植物が整理され、室内には薬研台や煎じるために用いるのであろう大釜などが備え付けられている
ここの甘い匂いもどうやらこの薬草由来のものであったらしい
液体や丸薬のようなものが詰まった瓶が立ち並ぶ棚なども備えられているようで、そこにはシリアが全く見た事もないような薬ばかりが並べられていた
「……ここにいて。楽にしてていいけど、薬には触れないで」
部屋を見回していれば、青年が静かな声でそう言った
蝋燭の明かりで照らされるその顔を見れば特徴的な黒髪黒目が目に入る
「あ……」
まさしく数日前に市場で出逢ったその人物だとシリアが気付くのに数秒とかからなかったが、その青年は彼女の返事を聞くよりも前に部屋を出るとその扉を閉めた
ーー……助けてくれるの?
少し戸惑いながらもシリアが床にしゃがみ込みさっきまで走ったことで少し上がっていた息を整えようとしていると、やがて乱雑に屋敷の扉を叩く音が聞こえてきた
おそらく彼女を追ってきた人物が立てているであろうその音に、シリアの心臓は再びばくばくとうるさく叫び始める
ーーやっぱりここにいるって気付かれてる……!
その理由まではわからないものの、そんな確信があったからこそ隠れるわけでもなく彼女はずっと逃げ続けていたのだ
それにその相手が王弟の遣いである以上、匿ってくれる相手がいたとしても下手に嘘を吐いたり、シリアを隠そうとすればその人物はタダでは済まなくなるというのもある




