Ⅸ
元より徒歩も視野に入れた旅をするために選んだ服装である
もちろん、城にいる間はとドレスも宛てがわれていたものの、どうせ図書室と自室を往復するだけなら動きやすく、また落ち着ける方がいいと自身の持ってきた替え着以外は身に着けていなかったことが幸いした
それに近くに山があったりなどと自然の豊かなメイフェルベリー領の中にあって普段から父の教えを守り、自分の足で歩くことに慣れていたのもある
修練を積んでいるものたちには及ばないもののシリアの足は決して遅いものではなく、また充分に体力もあったのだ
道の先へと曲がり、もう少しは行きなれた図書室へと繋がる道を進むその足取りは軽く、息を切らすこともない
そうしてそのまま走り続け、次の角を曲がったところで彼女の背後からかなりわざとらしい足音が聞こえてきた
おそらくはシリアの心を折るために聞かせているのであろうそれは彼女から一定の距離を保ったままただまっすぐに後ろを付いてきている
彼女が少し足を早めれば足音も続き、逆に足を緩めればやはりそれに倣う
抵抗は無駄だと伝えたいのかもしれないとは感じつつも、相手が無理に距離を詰めては来ずに自分のペースで走れるというのはシリアからすればありがたいことだった
彼女は体力を温存するためにもごく僅かにスピードを落とす
やはり相手はこちらを焦れるのを待つ心算のようで足音がそれ以上に近付いてくることはなかった
シリアは走りながらもこれからどうするのかを考え続ける
相手がこのままでいてくれるのであれば、自分が走るのをやめない限りは捕まることはない
幸いにもまだ体力には余裕はあったし、逃げ続けることはできる
ただし、それでは逃げ切れもしないだろうというのはよくわかった
そもそも相手はなぜかこちらが辿る道を把握しており、どこで曲がったとしてもぴたりとその後を付けて来ていた
その理由がわからないうちはどこかに隠れようとすることはむしろ捕まるリスクを高めるだけでしかない
そしてシリアのペースに合わせて走れる以上は、おそらくこちらよりも相手の方が足が早く体力もあるのだということも想像に難くない
となれば後は解決する方法は誰かに助けてもらうしかないわけなのだが、しかし、どうやらそれも一筋縄では行きそうになかった
と言うのも先程から通っている道は別に無人というわけではない
この黄昏時にあってもそれなりに行き交う人はいて、その横を王国でも珍しい髪色をした少女が王城内を通り抜けていくのだから、当然こちらに奇異の目を向けたり非難しようとするものも居れば、逆に心配をして何事かと尋ねて来た人もいた
けれども、その全てがシリアを追う足音を聞くか、あるいは遠くに男の姿を見るや否や、自分とは関係ないとばかりに目を逸らすか、ただ可哀想なものを見る目でこちらをじっと見つめるだけだったのだ
彼が王弟陛下の使いのようなものであると周囲には知られているのだろう誰もがその意に反することを恐れ、手を貸してくれそうな人がいるはずもなかった




