8.美女吸血鬼の可愛いエモノ《百合。片想い…?》
「ここ、お洒落でいいわね。お酒も美味しいし」
「ありがとうございます」
今日初めて来たお客さん……金髪の妖艶な美人さん……が、ワイングラスを揺らし、満足げに言った。
赤いルージュを引いた唇が、蠱惑的に弧を描く。
「気に入ったわ。あの子も連れて来ようかしら」
「お友だちですか?」
甘い香りが、彼女から漂って来る。薔薇のような、砂糖菓子のような。
ただの人間だったら、ふらふらと寄っていってしまいそうになる気配だ。
「いいえ」
サキュバスに近いが、もう少し有無を言わさぬ強さがあった。
「私の可愛いエモノちゃん」
更に笑みを深めた唇から、白い牙が覗く。
「まだ暫定だけどね♡」
はっと息を飲む恐ろしさと美しさの共存。
「……その、出来れば同意の上で来て頂きたいですね」
そして、この場での『お食事』はご遠慮いただきたい。
「あら、その辺は大丈夫」
ころころと可笑しそうに彼女は笑って言った。
「もう少しで、落ちそうだから」
安心してね、という囁きは甘く、しかしその奥には獰猛な欲望が潜んでいる。それに気が付き、私は少し身震いした。
どうか、『あの子』のときには来ませんように。多分来られないだろうが、思わず祈ってしまった。
※※※
「献血に行くくらいなら、私に血をくれても良くない?」
目の前の美女が、小首を傾げ言う。
さらりと長い金髪が流れ、美しい首筋が露になる。そこから続く鎖骨も胸元も眩しいまでに白い。そしてちらりと覗く谷間もまた白く妖艶で……。
「いや、何か違いますよ」
私は釘付けになりそうな視線を必死で持ち上げ、毅然とお断りする。
土曜日の昼過ぎ。マンションの共同廊下。ここは健全であるべき場所なのだ。
「それよりお隣さん、吸血鬼なんですよね。こんな真っ昼間から活動してていいんですか」
「日光を直接浴びなかったら、案外平気なの」
それでも胸元がら空きの服は着ない方がいいと思う。眼福だけど。いや、何言ってんだ私。落ち着け。
「女吸血鬼ってイイ男を狙うイメージでした」
「あら。女の子も狙うわよ。特に、美味しそうな女の子が好み♡」
あなたみたいな、と囁く唇の動き、その艶めかしさにぞくりとする。怖気とも、期待とも取れる震え。
「……今日は、とにかくただの献血がしたいので」
「ざーんねん」
私は何とか気合で冷静さを保ち、彼女の横を通り過ぎた。
「また、ね。サナちゃん」
そのとき耳元で呼ばれた名前に、私は思わず振り返る。
「どうして名前……」
「ふふふ。さて」
どうしてでしょう、と悪戯に笑う彼女は何処までも美しく。
ああ、次は逃げられない。喉がごくりと蠢いた。




