9.チェンジリング、あるいは後天的双子《家族…?》
「私、取替子なの」
グラスの氷が、カランと鳴った。ウイスキーは、照明を反射してキラキラと琥珀色に煌めいている。
二十三時前。お客さんは、その方だけだった。
「だからね、上手く化けれなくっても仕方ないの」
ぴこぴこと彼女の耳が震える。丸みを帯びた耳は、狸のものだ。
「……元が人間だから?」
「そうよ」
妖精や妖は、時おり自身の子どもと人間の子どもを取り替える。
理由は定かではない。
というより、その時々、彼ら彼女らの事情により、理由はまったくそれぞれ異なるから。
ただの好奇心から行われる場合もあれば、やむにやまれぬ事情のため行われる場合もある。
人間との友情の証として行われたケースもあると聞く。
本当に、多種多様な理由で『取り替え』は起こるのだ。
もちろん、共通する事柄もある。
その一つが、
「なるほど。あなたは化け狸さんに育てられたのですか」
例え人間の子どもであっても、育てられた妖や妖精と似た存在になってしまうということ。
人間ではなくなるのだ。
「そうなの。だから、ちゃんと変化しなきゃいけないんだけど、元人間だから苦手でね……と言いたいところなんだけど」
そこまで言うと、彼女は肩を竦めた。
「本当にチェンジリングなのかどうかは知らないの」
「おや、そうなんですか」
「あまりに変化出来なさ過ぎて、『元人間なんじゃないの』って言われてるだけ」
どうやら、単に周りから揶揄われるネタみたいなものらしい。
「それは、なかなかお辛いですね」
「ところが、そうでもないの」
悪戯っぽく、彼女がウィンクした。
「『自分は元人間なんだ』って思えば、上手く化けれなくても構いやしないって気になるし。親に対しても、自然と感謝の念が芽生えるのよ」
ぴくぴくと耳が得意げに震える。
「本当の子どもじゃないのに、よくぞここまで育ててくれましたって」
「……なるほど。そう聞くと、何だか悪くない気もしてきますね」
でしょう? と彼女が酒を煽り、微笑んだ。
「しかもね。チェンジリングということは、同じ境遇の子がもう一人居るってことなの」
「……」
「私と同じ境遇の、妖なのに人間として生きなきゃいけない子。私の仲間。まだ見ぬ、血の繋がらぬ双子の片割れみたいな子」
歌うように言う彼女は、夢見心地な目をしていた。
「そんな子がこの世の何処かに居ると思ったら、何だかがんばれる気がするの」
カラン、とまた氷が鳴く。
「そうですね」
私は、微笑んで言った。
「わかる気がします」
彼女が嬉しそうに笑い、勢いでポンッと可愛いしっぽが飛び出した。
※※※
「……ということがありました、と」
私はメモ帳に今日聞いたお話……自分をチェンジリングだと思い込むライフハック、そのハックを使っている狸さんのこと……を書くと、ほっとひと息吐いた。
ペンを置き、髪をかきあげる。
手鏡を覗き込んでみるも、そこには視力の無い左目を持った自分が映るのみ。
「今日は、こっちに寄らないのかな」
残念、とかきあげた髪を下ろした。
『僕たちは、後天的双子なんだ』
かはたれどきに出逢った私の『片割れ』は、私の口を使ってそう言った。
鏡に映った自分を、初めて『両目』で見たあの日。
「確かにあなたに出逢ってから、両親にも感謝できるように……なった気がしなくもないですね」
そう言えば、私の『片割れ』はきっと「それってまだ出来てないんじゃないの」と笑うだろう。それもそうだと私も笑うだろう。
このお店を『ふたり』で始めてから、私はずっと寂しくない。
『片割れ』が居ない時でも、こうして反応を想像して楽しめる。
もちろん、お互いが揃っているともっと楽しい。
一人で仕事をしているときも、これが『片割れ』の助けになると知っているから、やりがいがある。
「あのお客さんも、実は本当にチェンジリングなのかも知れないなあ」
早く『片割れ』の意見が聞きたい。
そう思いながら、メモ帳をそっと大事に閉じた。




