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 5.人形の愛、人の恋、輪廻の向こうで手を繋ぐ《百合。両想い》

 カランコロンカラン

 ドアベルが軽やかに鳴った。

 開店直後の昼下がり。窓の外は、緩やかに夕暮れへと向かっている。

「おや、お久しぶりです」

「こんにちは、ご無沙汰していてごめんなさいね」

 入って来たのは、品の良い空気をまとうおばあさん……元常連さんだった。アンティーク店の店長さん、今はお孫さんに譲られて、元店長さんだ。

「こちらに移ってからは、初めてかしら?」

「そうですね。お孫さんはよくいらしてくれますよ」

「ふふっ。良かったわ」

 おばあさんはゆっくりとカウンター席の一番はしっこに座る。

 彼女の指定席だ。

 ゆっくりだけど、不思議と遅いとは感じない。自然なリズムがそこに在る、そんな感じだ。優雅な身のこなしは、年老いてもなお彼女を美しく際立たせている。

「何になさいますか?」

「お昼だから紅茶を……といつもなら言うところだけど。カルーアミルクを頂けるかしら? お祝いごとにはこれって決めてるの」

 悪戯っぽく微笑んで、彼女が言った。茶目っ気たっぷりの言い方が、まるで少女のようで可愛らしい。

「かしこまりました」

 ()は、最近買ったばかりの丸みを帯びた愛らしいグラスを手に取った。

 今の彼女には、これが一番合うと思ったのだ。

 一見、持ちにくそうに見えるけれど、何故か上手いこと手にハマって滑らない、不思議なグラスだ。

「何か良いことが?」

「ええ。私の代からお店に居たお人形さんがね、ついに新しいお家を見付けたのよ」

 にこにこと話す彼女は、ご機嫌だ。

 ご機嫌な人にお酒を作るのは、より楽しい。

「長いことうちに居てくれたからねぇ、ずっと気にしていたの。それが、たまたま私が店へ寄ったときに買われたものだから、また嬉しくてねぇ」

「それはようございました」

 氷を入れたグラスにカルーアを注ぎ、次に牛乳を注ぐ。その上にココアパウダーをかけて完成だ。

「どうぞ。二層のグラデーションを目で楽しまれたあと、マドラーでお好きなようにかき混ぜて下さい」

「ありがとう。ふふ、綺麗なグラデーション」

 彼女は目を細め、しばしグラデーションを楽しんでいた。

 それから、ゆっくりとそれをかき混ぜる。充分混じり合ったところで、ひと口。

「美味しい」

 うっとりとそう言われ、私は思わず微笑んだ。

「ありがとうございます」

「やっぱり、夢みたいにいいことのあったときは、このお酒が一番私の気分に合うのよ。人生って感じがして」

 彼女の声は、ずっと弾んでいる。

「そんなに『難しい』お人形さんだったんですか?」

 だからつい、そう聞いてしまった。というより、質問が勝手に口から零れ出たような。

 お客様の内情に踏み込み過ぎたか、と焦ったものの、

「マスターになら、お話してもいいかしら」

 彼女が嬉々としてこちらに身を乗り出したのでほっとした。

「これはね、とっても素敵な『待ち合わせ』のお話なの」

 そして『待ち合わせ』という言葉に惹かれ「お聞かせください」と素直に言った。

 他のお客さんは、まだ来ない。


 ※※※


 ……アタシが生まれたのは、もうずっとずっと前。

 このお店に来たのは、つい最近だけどね。……あれ、でも店長が代替わりしたから、意外と経ってるのかも知れないね。そのへんは、もうわからない。

 ……悪くないよ。

 こうして、ショーウィンドウに飾ってもらってさ。外を見ているの。

 良い感じだよ。

 辛気臭い店の中で『骨董』仲間と居眠りしながら過ごすより、ずーっとね。

 いや、この店自体は良い店なんだけどさ。やっぱり古い物たちっていうのは落ち着き払ってて、静かなもんだから。辛気臭く感じちゃうの。

 店の前を、女の子たちが通る。時折、アタシや周りの仲間を指差したりして。

 にこにこ、にこにこ、笑ってるの。

 いいね、って思うのよ。

 いいね、いい笑顔だね。そのままでね。って。

 アタシの元の持ち主はさ、それはもう可愛い女の子だった。

 赤い巻き毛で、瞳は美しいエメラルド・グリーン。

 何て可愛い子だろう! って、初対面でまず思ったのを、今でも昨日のように思い出せる。鮮やかに。手に触れられるくらい、はっきりと。

 アタシたちはねぇ、ずーっといっしょだった。

 あのはね、ずっとアタシと手を繋いで、アタシを抱っこして生きて来た。

 朝の微睡まどろみも、夕暮れの涙も。夜の内緒話も。ぜんぶ、アタシと。

 あの娘の秘密は、何でも知ってるよ。言わないけどね。

 にこにこ笑う顔が、何よりも可愛くてねぇ。倖せになってくれって、何度思ったことか!

 このドレスが古びようと、綻びが出ようと、アタシのこの気持ちは擦り切れやしなかった。……今でも。叶うなら、どれだけ良いかと。

 一つ年をとる度、あの子の笑顔は雲っていった。

 そして、結婚する歳になったとき。あの娘はアタシを抱っこしながら言ったよ。

「ねえ。ジェニーは、本当は『おとなりさん』だったりしない? ……いいよ。今夜にでも、元の姿に戻って。アタシを妖精の國へ連れて行って。そうしたら、ずっと一緒よ。私、あなたの為にどんなパイでも焼くわ。ヴェールだって作るわ」

 お裁縫もお料理も、アンタ出来ないでしょうにってアタシは可哀想で、可愛くてね。

 ああ、本当にアタシが隣人だったら、どれだけ良かったことだろう!

 ……あの子は、結婚が嫌で嫌でたまらなくて、だからだろうか。

 婚約が決まってすぐ、風邪をこじらせてぽっくり逝っちゃった。

 アタシは、彼女と一緒に眠る気だったんだけどねぇ。あの両親はいけないよ。

 アタシをぽいっと売っ払ってしまった。

 本当に、いけない人間たちさ。あのあと、どうなったろうね。あんまり良くなかったんじゃないかってちょっと思ったりもするよ。

 ……そんなわけだからね、お嬢ちゃん。

 アタシは、こっから動く気は……あの子以外の誰かのものになる気は無いんだよ。

 ここでずっと、この国の女の子たちの倖せを祈って余生を生きるって決め……って聞いてるのかい。

 アンタ、ちょっと。

「すみません! この子、おいくらですか……!」

 聞きなさいよ、ねえ。

「……やっと会えたね」

 え?

「ジェニー」

 アタシに向かってだけ囁かれた声は。

「迎えに来たよ」

 あの日、初対面で聞いたあの子の声とよく似ていた。


『あなたは、ジェニーよ! アタシの可愛いお嫁さん!』


 ※※※

 

 ……良い時代になったって思うのよ。

 結婚だって自由だし、誰としても良いし、誰ともしなくて良い。

 女でも好きな仕事に就けるし、一人で暮らせるの。

 一人暮らしは、最高よ。自分の好きなものばかりに囲まれて。

 ぬいぐるみに、観葉植物に、絵本たち。

 私を待つのは、そんな心優しいお友だちたち。

 ……でも、ここにアナタが居ればなあって何度も思ったの。

 夢で出逢ったアナタ。ずっと前にずーっといっしょだったアナタ。

 私の、たったひとりの伴侶。ベターハーフ。

 ずっとずっと探していた。

 夢物語だと馬鹿にされるから、誰にも言わないで。

 でも、絶対何処かに居ると信じていた。

 私を待っててくれていると、ずっとずっと信じていた。

「だからあのお店でアナタを見付けたとき。私は初めて『あの両親』に感謝したの」

 久しぶりにアナタを抱っこしながら私は言った。

 もう、あの頃みたいな赤毛も、褒めてくれた美しいエメラルドグリーンの瞳も持っていないけれど。

「……やっと逢えた」

 私の伴侶。私の本当のベターハーフ。

「もう二度と、離さないからね」

 もう離れない。離さない。

 私たちは、ずっと一緒。

「ジェニー。私の、可愛いお嫁さん」

 いつまでもいつまでも、私たち、ずっと一緒に居ましょう。

 輪廻を越えて、私たち今ここで、やっと手を取り合えるのよ。


 ジェニーが、困ったように、けれど嬉しそうに笑った気がした。


 END.


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