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第4.2章 世界征服は村の水から

 ユウは広場の端から、遠巻きにそれを見ていた。


 問題は、村人たちが「元気」どころか、明らかに「ハイ」になっていることだった。


 シモンさんは膝を叩きながら踊り始めていた。

 腰痛が治ったという人は、その場で側転を始めている。


 側転できるのか、この人。


 痔が治ったと叫んだ人は、感極まって泣きながら、祈るように空を見上げていた。


 座れるというだけで、人は空に感謝するらしい。


「……あれ、大丈夫かな」


 ユウは小声で言った。


『何がだ? 大丈夫に決まっておる。体には良いからな』


「体に良くても、様子がおかしいよ」


『気分が高揚するのは、我の魔力の副産物だ。害はない』


「副産物の主張が強すぎるんだよ」


 広場の中央では、シモンさんが石の上に立って、両手を広げていた。


「膝が! 膝がワシを裏切らん!」


「膝って裏切るものなの?」


『健康の証明だ』


「あっ、あの人、今、服を脱ごうとしてる」


『生命力があふれておるのだろう』


「生命力って服を脱がせるの?」


『知らん』


「知らんじゃないよ」


 横では、腰痛が治った男が側転を続けていた。


 一回。

 二回。

 三回。


「側転してる人、三周目に入ったんだけど」


『健康の証明だ』


「止まれなくなってるように見えるよ」


『健康すぎるのだろう』


「健康って、そんな暴走するものじゃないよ」


 広場はどんどんカオスになっていった。


 村人の半分はハイになって騒いでいる。

 残りの半分は困惑して見ている。


 ただ、困惑している人たちの目も、だんだん井戸の方へ向き始めていた。


 怖がってはいる。

 でも、膝が治ったとか、腰が軽いとか、体が疲れないとか、そういう言葉は、毎日働いている村人には強すぎた。


「……見てる人たちまで、井戸を気にし始めてるんだけど」


『当然だ。人は利益に弱い』


「魔王が言うと、すごく嫌な説得力があるね。でも、このままだと、かなりまずい気がする」


 騒いでいる人たちだけじゃない。

 困惑して見ていた人たちまで、井戸の方をちらちら見始めている。


 あれは、怖がっている目じゃない。

 ちょっと飲んでみたい目だ。


「ねえ、これ本当にどうするの」


『小僧』


「何?」


『撤退するぞ』


「この状況無視して、逃げる気!?」


『魔王は逃げん!! 戦略的撤退だ!』


「自分で起こした騒ぎから逃げるの!?」


『騒ぎではない。想定を少し上回った健康現象だ』


「言い方を変えても騒ぎだよ!」


 そのとき、教会の方から神父様が慌てて駆けてきた。


「な、何ごとですか! 皆さん、落ち着いてください! 神の前では、まず深呼吸を――」


 神父様はすごく必死だった。


 でも、誰も聞いていなかった。


「神父様も飲むといいぞ!」


 シモンさんが叫びながら、どこから汲んできたのか、水の入った桶を神父様に押しつけていた。


「膝が軽くなるぞ!」


「腰も楽になるぞ!」


「痔にも効くぞ!」


「最後の効能を神父様に勧めないで!」


 僕は思わず叫んだ。


 神父様は桶を避けながら、じりじり後ずさる。


「い、いえ、私は今は結構です! 信仰上の理由ではなく、ええと、体調管理上の理由で!」


「飲めば体調は良くなるぞ!」


「それは管理ではありません!」


 神父様が逃げた。すごく必死に。


 村人は追った。すごく陽気に。


 聖職者が、回復水を勧められて逃げ回っていた。


 何も間違っていないはずなのに、絵面だけが完全に間違っていた。


『小僧』


「何」


『今度こそ離脱だ』


「二回目!」


『神父ならば祈りで何とかするだろう。きっと神が助ける』


 魔王が、神に丸投げした。


「無責任すぎるよ!」


 とはいえ、僕も正直、逃げたかった。


 広場では神父様が逃げ、村人が追い、側転の人がまだ足をうずうずさせている。


 僕はふうっと息を吐いて、空を見上げた。


 とても良い天気だった。


 現実逃避には、ちょうどいい青空だった。


 そして、そっとその場を離れようとした瞬間――。


「ユウ君」


 肩をつかまれた。

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