プロローグ:弍
1週間ほど家主不在のまま締め切っていた我が家は、入った途端むわっとした空気が立ち込める。室内はまるでサウナの中のように暑くて、滝のようにドバッと汗が流れた。
今朝のおは朝ニュースによると、どこでも連日のように猛暑日を更新中なのだとか。一体、日本の気候変動はどうなっているやら。
8月も中旬に差し掛かり、世間一般では今日からお盆休みに入る。まぁ、私はというと在宅ワークで年中家にいるようなものなので、仕事が休みというだけであまり変わり映えしないわけだが。
しかし今年の夏はちょっと違う。かなり久々の帰省という事もあって、思った以上に浮かれているのかもしれない。
毎年帰省ラッシュに巻き込まれるのが嫌で、兄はお盆休みをズラして後から取っていたし。という私も兄が帰らないなら〜という流れで便乗していた。
そんな中、両親はわざわざ私たちに会いに来てくれていた。
普段から電話でのやり取りはしているが、親にとって子どもはいつまで経っても子どもという認識なのだろう。
「来ちゃった♡」
のノリで押し掛けられるんだから、兄と共に毎度顔を引き攣らせもする。
そうして両親が到着する頃、時間差で決まってクール宅急便が届く。中身はいわずもがな、食べ物だ。
田舎でしか売っていないものも多く、有り難くいただいているけれど。
にしても、何てフットワークの軽い親なんだろう。
そして、その両親は揃って足腰を痛めてしまったので、今は親戚から紹介された物件を借りて近くの病院に通院している。
親戚も車で10分ほどの場所に住んでいるため、時々顔を見せてくれるそうだ。そして普段の身の回りのお世話は介護ヘルパーさんに頼んである。掃除や掃除、料理から買い物にゴミ捨てまで手厚いコースでお願いしてある。
そこそこ出費はかさむけれど、これも親孝行という事で兄と生活費を含めて折半になった。
「ふぅ……さすがにあちぃけど……始めるかぁ」
荷物を自室に置き、私は一人、早速作業に取り掛かった。
◇◇◇◇◇
まず、空気を入れ替えるため、窓という窓を全て開けた。
建て付けの悪い雨戸は、少し上に持ち上げながら横にスライドさせる事でようやく開く。
レール部分を見ると、小石やら土も詰まっていたので掃除も必要だろう。
汗を拭い拭い、そこそこ広い家中を掃除しながら走り回っていると、
「ごめんくださ〜い。佐藤だけんど〜」
と玄関先で声が聞こえた。
私、玄関から遠い仏間にいたんだけど………はっきり聞こえた。田舎のおばちゃんの声量半端ない………。
「はーーい」
精一杯声を張り上げ玄関先へ向かうと、大きな包みを持った体格の良いおばちゃんが立っていた。
佐藤さんは先程、黒松さんから私が帰省している事を聞きつけて差し入れに来てくれたらしかった。にしても、到着してから小一時間も経っていないのに………田舎の情報ネットワークの速さを甘くみていたわ。
佐藤さんが来た事を皮切りに、次々と我が家には来訪者が絶えなかった。
皆さん、色々持ってきてくれるけど、一人じゃ消化しきれないなぁー。日持ちするものは後回しに、冷凍出来るものは冷凍庫へ退避させて傷みやすいものから消化していこう。
私は仕分けしながら、ひたすらタッパーに移し替えていくのだった。
ある程度片付けが済んで人の出入りも落ち着いてきた頃、またしても来訪者が。
玄関先へ向かうと、そこには懐かしの顔触れが。
「よぉ!久しぶり」
「クゥ、元気そうだね」
相変わらず日焼けしているこの男は三男坊の長男、みっちゃんこと亘理満。私よりも2歳上で、兄と同い年。人懐っこい所も変わっていない。
そしてこのいかにも女たらしのメガネは、キョウちゃんこと棟方梗史郎。同じく2歳上で、兄と同い年。メガネは変わってないけど、なんか前より軽薄そうに見える。
「みっちゃんキョウちゃん、おひさだね。でも残念、今回は兄はいないよ」
兄は仕事で都合が合わず、帰省は見送りになった。
「ん?志遠は〝仕事で帰省叶わず気分はドン底なぅ。可愛い妹と離れるの辛過ぎる〟ってホレ、10分前にツイスターに投稿してんぞ?だから知ってるー」
「え。兄、ツイスターでそんな投稿してたっけ?いつも今期のアニメレビューしかしてなかったと思うんだけど……」
「それはオモテのアカウントだね。満が言ってるのは裏アカの方だよ。ほらココ見てみな。アカウント名が〝@クゥ兄〟で鍵付きだから」
「うわっ、ホントだ……」
知らなかった。
私が小学生から大学生に上がる頃まで、シスコン拗らせてたのは認知してたけれど。以降は落ち着いていたし、ブームは過ぎ去ったものだとばかり……。
むしろ悪化してる……?
「志遠はほんっと、クゥの事大好きだよなぁ〜」
「何年経っても変わってないもんね。でも見てよこれ、俺なんて名指しで〝梗史郎、クゥに手出したらしばく〟ってDM来てんの。怖くない?」
「そりゃ、お前が女ったらしだからだろ?」
「失礼な。俺のストライクゾーンは歳上のマダムさ」
「「そりゃそれで引くわー………」」
私たちは見事にハモった。




