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プロローグ:壱



「それ、なぁに?」


瓶に詰まった、色とりどりの金平糖を見つめる翡翠色の瞳。

自分の瞳と同じくらいの大きさのそれを、不思議そうに観察する手のひらサイズの不思議な生き物。


「金平糖っていう、お菓子よ。食べてみる……?」


庭にそびえ立つガジュマルのような大木の根元からひょこっと姿を見せ、足元まで近付いてきたその不思議な生き物。

風が吹けばたちまち飛ばされてしまいそうなほど、儚い存在のように思えた。

私は瓶からひと粒取り出し、そっと差し出す。



この日、コダマと出会った日の雨上がりの空は、雲の切れ間から差し込む光に照らされ、一層輝いていたと今でも思い出す。



◇◇◇◇◇



私が生まれ育った故郷の地は、交通の便が非常に悪い超ど田舎だ。


標高300mの、木々に囲まれた静かな山里は、のどかで空気が澄んでいて緑豊かな土地と言えば聞こえは良いが、実際に住んでみると不便で仕方ない。

その田園地帯の囲まれた小さな集落で、生活必需品を唯一購入できる店は、御年80歳を迎えた登米(トメ)婆さんが切り盛りしている小さな商店1軒のみ。その商店の隣に、申し訳程度に1台ある自動販売機は、集落のオアシスと化している。

あとは野菜の無人直売場と、1ヶ月に1度やって来る移動販売車くらいしかお店が無い。


近くのスーパーやコンビニまでは、車で山1つ分越えていかねばならず、移動手段も限られどの家でも頻繁に何往復も出来ないから、1度の買い物で家族1ヶ月分の買い物をまとめてするのが当たり前。

時には乗り合いなどで街まで出掛け、たまの贅沢を生き甲斐にしている人もいたりする。


娯楽といえば集会所に住民は毎日のように集まる。

囲碁や将棋、麻雀に花札などをするのは主に男性陣。

集会所には田舎にそぐわない4K液晶テレビもあるため、野球観戦や時代劇、昼ドラを見に集まるのは主に女性陣だった。4K液晶テレビは自治会長が1年前に、ハガキの懸賞で当てたらしい。


今では17世帯、35名の住人が住む言わば限界集落というやつだ。昨今の人口減少と、高齢化にうちの集落も漏れずに入ったのだ。


そんな超ど田舎から、私が憧れの都会へ飛び出して早10年の月日が流れた。


しばらく帰省していない事もあり、今年の夏にはいっしょに帰ろうと兄と話していた矢先、何の因果か両親が揃って足腰を痛めてしまった。

しばらく病院に通院する事になり、一時的に両親には病院へのアクセスが良い街へ移り住んでもらうことになったという経緯(いきさつ)だった。

親戚が不動産を経営している伝手で、条件の良い物件を紹介してもらった事で話はとんとん拍子に決まっていった。そして1週間前に両親は引っ越しを済ませ、今は実家には誰もいない。


私は在宅ワークという面から、半年の実家の管理を買って出て、今日(こんにち)の帰省に至る。

ちなみに兄は仕事に追われ、今回の帰省も見送りになってしまった。






そうして私は、最寄りとも言い難い高原駅という無人駅で降り、事前に迎えを頼んでいた2軒隣の黒松さんの軽トラックを待ち、車に乗せてもらった。

黒松さんは学校帰りによく、採れたてのトマトをくれた先先代から続く農家さんだ。


「クゥちゃん、久々だねぇ。どうだい?都会暮らしは」

「見るもの全てが新鮮に感じます。目移りし過ぎて困るくらい」

「そうかい、そうかい。ナウなヤングはそうでなくっちゃねぇ〜」


黒松さん……それ、もはや死語……。

私は突っ込んでいいのか否か悩んだ末、そっと心にしまっておくことに決めた。



◇◇◇◇◇



山1つを超え、田園地帯を抜けた先に見えてきたのは懐かしの故郷。

都会で兄と暮らし始めてからは、何だかんだと帰る機会も無く約10年振りの帰省だ。


小川に架けられた整備もされていない苔だらけの古い石橋、無造作に置かれた今にも壊れそうな錆びた農業用機具、朝と夕方に1本ずつしか発車しない路線バスのバス停、廃校になった小学校。


何もかも懐かしい。


私はこの集落で10代のほとんどをココで過ごしたのだ。

物珍しい物も何も無い場所だから、小学生の頃、春にはホトケノザやオドリコソウの蜜を吸い、夏にはセミやアゲハチョウを追い、秋にはアケビや栗を取って食べたり、冬には氷に穴をあけてワカサギ釣りをしたりしたものだ。

高校生になり、いざ都会へ行ってみるとそのギャップに戸惑ったりもした。

普段使っている言葉が方言で訛っていて、標準語で何と言い換えていいのか分からなかったり通じなかったり。


上京して最初の頃は、


〝都会おっかねぇ(恐ろしい)〟


と夜通し兄と語ったものだ。


「そうだ。ちょうどお盆で、みっちゃんとキョウちゃんも帰ってきてるけぇ。ひと足早く帰ってきて、昨日も集会場でじじばばに囲まれてどんちゃん騒ぎよ。クゥちゃんが帰って来たって知ったらま〜た騒がしくなりそうねぇ〜」

「2人も帰って来てんだね。懐かしいな」


みっちゃんとキョウちゃんは私の幼なじみだ。

といっても2人とも私より2歳上で、私は皆んなの妹みたいなものだったけど。

どちらかと言えば私の兄の方が、その2人とやんちゃをしていたイメージだ。


「荷物置いたら集会所に行ってみぃ。私も後で向かうかんねぇ」


黒松さんに家の前まで送り届けてもらい、私は黒松さんと分かれた。

久しぶりに見る表札は〝細倉〟の文字が少し欠けていた。

兄が脚立を運んだ時にぶつけてついた傷だ。懐かしい。


私はそっと文字をなぞるそうに表札に触れ、10年振りに家の敷居を跨いだ。


「ただいま」


返ってくる声は無かったけれど、それでもよかった。



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