第62話 離島を守る勇者
【ロインの視点】
俺は、鬼の王を撤退させ、アンドリュー達のいる最前線へ向かった。
そしてすぐ、森を抜けたところに見える海辺へ出た。
最初に見えたのは、血だらけの鎧を付けた数名の兵士。
そしてそのほとんどが、倒れたまま、動けずにいた。
俺は彼等の手当てに回ろうとした。
ただ、その考えはすぐに消えた。
更に奥で、それ以上に大事な仲間が戦っていたからだ。
その立ち姿は、黒髪は、右手に掴む杖は、見覚えしかなかった。
相変わらずの屁っ放り腰で、情けない背中ではあるが、何故か期待を持たせてくれる、そんな雰囲気を放っていた。
……そういや、背中に見覚えのない剣が刺さってるな。
なんて懐かしく思いながら、俺はアンドリューと対面する、巨大な怪物目掛けて猛進する。
「うらああああぁぁぁぁぁーーーーー!!!」
叫び声を上げながら、アンドリューが火球を放つ。
怪物はそれを物ともせず、のっさのっさと近づいてくる。
「チッ……止まらねえ!」
「任せろ!!」
そう言って、年季の入った大男が、剣を盾に猛突進する。
そして、怪物の体に剣が触れた瞬間、男はピタリと止まった。
「重てぇ………」
あの怪物を動かすには、力が足りてないらしい。
怪物は、呆れた顔で男を見下ろし、トドメを刺そうと拳を握った。
「うぐっ………!?」
しかし、その鈍い声をあげながら後退したのは、怪物の方だった。
それはもちろん、俺がやつに腹パンをくれてやったからだ。
「………なっ!?いつの間に、誰だあんた!?」
怪物に抗っていた大男が、驚いた様子でこっちを見る。
助太刀に来てやったのに、そんな態度はひどくねえか…
「闘気を纏う感覚……それを剣に……」
闘気を纏わせた剣は、ずっしりと重かった。
けど、これでもまだ、大陸王には遠く及ばない。
俺は剣を、薙ぎ払うように大きく振った。
剣に纏わせた闘気は、剥がれるように勢いよく飛んでいく。
刀身の形を保ったまま、斬撃の如く、怪物目掛けて斬りかかる。
「ちっ……」
怪物はぶつかる前に、前腕を前に出して防ぐ構えをとる。
そしてぶつかると同時に、怪物は後ろへ跳んだ。
衝撃を減らそうと自分から跳んだのか。
まぁ、こっちに来るのが遅くなるのは好都合だ。
俺も、最優先にしたいことがあるしな。
俺はすぐに、後ろの人物に近寄る。
「久しぶりだな、アンドリュー!」
「な、なんでロインがここに!?」
アンドリューは、目を大きく開けていた。
「元気そうでよかった」
俺がそういうと、アンドリューは笑っていた。
アンドリュー、やっぱお前は笑ってたほうがいいよ。
シェリアの事は………またいつか話そう。
「それにしてもロイン、すげえ強くなったな!今まで何してたんだよ!」
「そりゃ、お前を守れるように修行をつけてもらってたのさ。大陸王に」
「あー、あのまずい飯のおっさんか。あれに修行とは、お前もすげえな」
「慣れたらあの飯、案外うまいぞ」
「おい、待てって!よくわからんが、ここは戦場だ!話は後に……」
大柄のおっさんは、真剣な顔でそう言った。
そして、それとほぼ同時に、海側からとてつもない殺気を感じた。
やばい、これはすぐに向かってくるな。
「話は後だおっさん!奴が来る!」
「おっさん、静かに!」
呼応するように、アンドリューも言った。
「それはこっちのセリフだよ!!」
そんな話をしてる間に、怪物は大きく跳んだ。
あの跳び方だと、着地場所はあそこら辺だな。
俺は剣を抜き、前に出た。
「アンドリュー、強くなった俺を、見ててくれよ」
隕石が如く勢いで、怪物が落下している。
その真下で、ロインは剣を構えている。
そして、ほんの一秒程度が経った。
キィン……
金属が擦れるような、痒い音がした。
ロインと黒馬の、天変地異でも起こりそうな勢いの衝突は、たった一瞬、それも微かな音で、幕を閉じた。
そして両者は再び、地上にて戦を始める。
落下のスピードを利用した黒馬の拳を、ロインは剣だけで受け止めた……
たった数年で、あいつはどれだけ成長してんだよ。
俺は、関心してしまった。
見惚れてしまっていた。
彼らの、とてつもない強さに。
そんな俺を誘惑した二人は、余裕そうに立ち上がった。
そして、じわじわと距離を詰める二人だが、そこでふと、黒馬は問うた。
「名は、何だ?」
ロインは動揺したのか、足を止めた。
だが間髪入れず、すぐに答えた。
「ロインだ」
「……ロイン?血筋は?」
そう聞かれると、ロインはため息を吐いた。
「それは言えねえ」
「……そうか、事情は人それぞれだ。さあ、戦いを続けよう」
黒馬は、戦闘を楽しんでいるかのように言ったが、眉間にはずっとしわが寄っていた。
「そうだな!」
ロインは再び、斬撃を飛ばした。
だが、次は簡単に腕で弾かれた。
「いくぞぉ!!」
黒馬はそう叫ぶと、とてつもない速さでロインへと突っ込んでいき、一瞬でロインの間合いへと入った。
途端、黒馬の姿が消えた。
本当に、視界から消えた。
戦いを眺めてる俺の位置からでも、奴がどこにいるのか、全くわからない。
そして遂に、見えた。
奴は、いた……ロインの後ろに。
姿が消えてから、一秒も経ってないように思う。
その一瞬で、背後へと周りこんだというのだ。
そして最悪なことに、ロインはまだ、気づいていない。
もはや、取り返しはつかなかった。
黒馬は、ロインの背中に一撃を入れた。
ゴギギッ!と骨に異常をきたす音が響く。
更にもう一発。
次は回り込み、腹へ一発。
そして首を掴み、叩き落とす。
おそらく、どれも闘気をフルで纏わせた絶大な一撃。
たった数発でも、死にかねない。
「やめろぉぉぉ!!!」
俺は火の玉を乱射した。
とにかくロインを守ろうと、無我夢中で打っていたような気がする。
「バカ………来るな…」
ロインは弱々しく叫んだ。
すると、黒馬の口が大きく横に開いた。
笑顔とは違う、不気味な表情をしていた。
何で急に、そんな顔をする?
俺は咄嗟に考えた。
考えた末、俺は、やらかしたと思った。
「魔術士が自分から接近してくるとは、バカだな。貴様らに、闘気の極致というものを見せてやろう!」
これは、危機感だ。
やばい、これはやばい。
何かわからないが、やばい。
俺の体が、今すぐに逃げろと叫んでる。
少しでも遠くへ逃げようと、俺は逆向きに走り出した。
「もう、遅い」
瞬間、爆発音が響いた。
そしてすぐに、耳には何も入ってこなくなった。
最初の一瞬、痛みは感じた。
だけどもう、何も感じない。
何も聞こえない。
そして、何も見えない。
視界に光が返ってきたのは、それからすぐだった。
砂煙の音が聞こえる、耳も、正常だ。
一番驚きなのは、体だ。
痛みは感じたのに、どこも怪我はしてなさそうだった。
癒神の薬、最高だぜ。
効果がきれるまで、あとどれくらいかはわからんが、それでもやれるだけやってやる。
辺りを見渡し、仲間を探しているが、見つからない。
「………無事か、アン……ドリュー」
と、草むらから顔を出して俺を呼ぶのは、ロインだった。
ロインは全身血だらけ、何故生きてるのか疑わしいくらいだ。
「おまえ、あの爆発でよく無事だったな」
「まあ、色々あってね……」
癒神のことは、面倒だし黙っておく。
「それで、エドワードはどこに……」
「俺も無事だ」
エドワードは、ロインの後ろから顔を出した。
「俺はお前らと違って、後方にいたからな。爆発の被害は少なかった。まあそれでも、右腕は動かなくなったが」
見ると、エドワードの右腕は、プランと垂れ下がっていた。
「骨が粉々に砕けたみてえだ。もう、治らねえかもなー。まあそれならそれで、騎士団抜けれてラッキーだな」
なんて気楽そうに言うが、とんでもなく痛いだろ。
「チッ……」
舌打ちだ。
エドワードかと思ったが、やったのはロインだった。
「あー、うぜえ。ちょっと奥の手が刺さった程度で良い気になりやがって。あの馬野郎。絶対ぶっ殺してやる」
顔が赤く染まってるのは、血のせいなのか、怒りの現れなのか、俺には分からなかった。
ロインは、走りながら、剣を抜く。
距離を詰めるのは黒馬も同じ、右腕を引いて、今にも殴りかかれる状態で走っていた。
そして、衝突する。
………ことはなく、黒馬はさっきのように姿を消した。
種は分かった。
視認できないほどの速さで動いているだけ。
そして、それはほんの一瞬しか使えない。
つまりは、相当のエネルギーを消費するということ。
じゃあ、ここを叩ければチャンスだ。
けど、そう簡単にはいかない。
どこにいるのかわからないと、相手を攻撃なんてできるわけがない。
ロイン、やっぱりここは、防御に回るべきだ。
「殺す」
瞬間、爆発音と共に、ロインの周りを巨大な砂煙が舞う。
「何が起こった!?」
「……これ、さっきのと同じ音だ」
まさか黒馬、範囲を絞ってロインだけにあの技をやったのか!?
さすがのロインも、あれを二発も受けるのはまずい。
俺は助けに行こうとして、踏みとどまった。
それは、砂煙が消えた先に、映っていたから。
血を吐きながら、首を掴まれていたのは、黒馬だった。
「げぼっ……貴様、なぜそれを使える!?」
「そりゃ、俺は天才だからな。お前にできて、俺にできないわけねえだろ!」
そう叫ぶと、ロインは黒馬をぶん投げた。
宙に出された黒馬は、体を思うように動かせず、無防備になった。
そしてロインは跳び、黒馬に剣を一振り。
黒馬の体は、宙で真っ二つとなった。
地面に落ちた体は、未だ動きをやめず、声も出せる。
そして、体の一つが、動きを止めた。
もう片方も、動きを止めると、口をパカパカと開け、片言で話し始めた。
「お前達人間は、将来魔族に滅ぼされる……だが、それは自業自得なり……魔族が魔界から人間界へ赴き、理不尽に殺して回るように、貴様らが我々にしたことも、同じである……できれば、貴様らがより苦しんで死ぬのを、願うのみ………」
最後まで俺を睨みつけたまま、黒馬の鼓動は止まった。
「最後くらい、笑えよ」
それは、俺からたった一匹の勇者への、敬意の言葉だ。