空から来たる者
――――太陽だ。
誰しも、落下するそれを見て同じ感想を胸に思う。それが火球であると解っていてもなお、錯覚として太陽の印象を抱く。
触手が動いた。先程までの攻撃と異なり、複数の触手が束ねられて粘性の盾を構築する。
巨大な円盾は分厚い。何枚も用意するのではなく、全力を掛けて一枚の性能を高めて防ごうとしているのだ。
普通の攻撃であれば盾の内部で停止する。そして一気に酸で溶け消える。
物質であれば問答無用だ。水によって吹き飛ばすにしても、粘体が対象を受け止めて逆に材料にされてしまう。
この粘体を倒すのであれば、やはり蒸発を狙うしかない。サイズを縮小させ、その上で内部の核を破壊する。
ただ、そんな道理を蹴り飛ばすのが彩斗の作った火球だ。
青い炎が円盾に触れ、瞬間蒸発が始まる。
球体が崩れることはない。逆に円盾の中央が凹み、どんどんと炎は内部に入り込んでいく。そのまま盾の両端で包み込んで炎を消せれば最上であるが、彩斗がそれを想定しない筈がない。
沈み込む炎が消える気配は無かった。逆に盾は勢いよく蒸発していき、消火にまるで間に合っていない。
消えていく盾を修復する為に触手が更に本体から伸びる。己の身体と本体に接している海水を用いて補給を続けるものの、炎は知るかとばかりに諸共全て吹き飛ばしていく。
「レッドさんッ。 こっちも準備完了です」
「ならやれ。 俺のに被せるなよ」
「解りました――落ちろッ」
一息。
収束して放たれた彩斗の火球ですら拮抗は出来ていない状況で、今度は赤い小太陽が落下を始める。
彩斗と同様に腕を振り落として進ませた大火球は、青い火球のほぼ真横で盾によって止められた。
二つ分の大火球。粘体からすれば地獄と表現する他無く、僅かな余裕とてある筈もない。全てを消費するつもりで触手を増やすも、拮抗が完全に崩れた現在ではどれだけ足掻いたところで先に蒸発する。
消えていく。消されていく。凝縮された二つの火球が一気呵成に攻め立て、これまでの人形達の仇を取らんと食らい付いた。
粘体の機能は数多くが制限されたままだ。本当ならば身体を弄って別の形になることも、海に溶け込んで逃げることも出来た。
それら全て、選択しようにもエラーが出る。
無理矢理に選択をしようにも、ロックは硬く突破は出来ない。パスワードが掛かっているから突破出来ないのではなく、単純な防壁が難解に過ぎた。
全てを解析するには時間が掛かり、一日や二日で終わるものではない。それを何重にも展開されてしまえば、先にヴェルサス側の攻撃始まるのは当然だろう。
逃げる素振りを見せない粘体に、彩斗はあの二人組に感謝する。
どうやって成したのかは解らないが、お蔭で逃がすことなく倒すことが出来ると。
余計な時間を浪費しなかったお蔭で火球に全力を注ぎこむことが出来た。
完成した一撃はそのまま円盾の九割を吹き飛ばし、遂に本体へと直撃する。僅かに伸びていた触手が痙攣を起こしているようで、粘体は声にならない悲鳴を発していた。
痛みなど皆無であるが、喪失感だけは残る。
上書きされたAIにどれだけの感情が残されているかも定かではない。しかし焦燥を感じさせる動作をしている以上、やはりある程度は元のAIも流用されているのだろう。
あるいは、変えられてしまった部分は極僅かだったのかもしれない。
国をも呑み込む粘体が中心から消え、高温が身体全体にまで行き渡る。沸騰した熱は核を焼き、そのまま停止へと追い込まれた。
「終わったな」
短く彩斗が告げると同時、マスクからは核の反応が消失したことを文字で告げられた。
探されることはないだろう。仮に粘体を集める理由で各国が回収に来たとしても、その大部分は火球によって蒸発させられている。
分析されても問題は無い。所詮、あの身体は殆どは水分だ。酸も火球の熱で分解されて消えている。
生態系に変化は訪れるが、その影響は極々少数に留まるだろう。何かあれば、澪が技術的に浄化作業を行って解決する。
緑の身体は全体の殆どが消えながら、僅かに残った部位が海の中へ溶けていった。その様を遠巻きに皆が眺め、蓮司が惚けた表情で息を吐く。
「終わり、ましたよね?」
「ああ。 これで四体目。 あの時観測された個体達は全て撃破された」
人形の一人がアラヤシキへと報告を飛ばしている姿を一瞬だけ見て、次いで彩斗は溜息を零す。
疲れた。パーカーは依然として無事なままであるが、残りバッテリーは多くはない。着ている物にはダメージも少なく、防御性能が低下していることもないだろう。
四体はこれで終わった。普通に考えるのであれば、これより先は後始末に精を出す時間だ。
――だが、そうはならない。
そうなるには、最後に残した個体を倒す必要がある。
『澪』
『……彩斗』
脳内で澪に意識を繋げる。返った声に力は無く、記憶を覗いたことは瞭然だ。
彼女が気落ちする気持ちが解るとは彩斗には言えない。結局のところ、彼女は最終的には己が大事だと言っていた男を殺していたかもしれないのだから。
出生の秘密。己が役目。諸々全て、彼女にとっては衝撃的だろう。
『僕……どうすれば良いかな。 君と離れた方が良いと思う?』
『思わんな』
彼女の迷いは、つまるところ彩斗に被害を及ぼすかどうかだ。
人類を滅ぼすことなど最初から彼女は願っている。その上で、自分が認めた者だけが輝ける世界になってほしい。
そうしたいのであれば、やはり己は不要だ。今は大丈夫でも、何かの拍子にバグった意識が修正されないとも限らない。
しかし、彼女の不安を彩斗は即座に否と断じた。
お前がそうなることは先ず有り得ないと。
『そもそもお前がバグった原因は俺だろ。 意味はよく解らんが、お前と俺が接触した時点で向こうの想定からは外れた』
情報処理システムは彩斗と澪が接触したことで狂いを見せたことを語っている。
であれば、離れることは逆に問題だ。バグによって現在の澪が形成されているのであれば、このまま傍に居続けることが正解となる。
『傍に居ろ。 これからも色々起きると思うし、それになんだかんだ夫婦になるって誓っただろうが。 これで居なくなられたら最悪だぜ、まったく』
『……』
澪から言葉は返ってこない。少しくらいは何か反応をくれないかと暫く待つと、彼女の感情が突如として彩斗の胸に流れ込む。
それは喜びと狂気。二つの感情が混ざり合い、それらは共に膨大にして深い。
徐々に全身へと広がっていき、暖かくも沼へと引き摺り込まれるような感覚に彩斗は喜びだけをぶつけた。
複雑な言葉を語るよりも、己の感情を解放する。澪と語らう上でこれが一番有効であることを彩斗は知っていた。
伊達に長い付き合いではないのだ。疑問や不安を感じられる前にどうすれば信じてもらえるのかなど、当の昔に気付いている。
『うん。 ……なんかあんなものを見て、ちょっと不安に思っちゃったみたい』
『何も不安に思うなとは言わない。 あれがまだよく解らない存在なのは確かだしな。 だから、まぁ』
妙な照れを感じつつ、澪に放つ。
『これから二人で探れば良いだろ。 お前さんの仲間も居るんだしさ』
『……そうだね。 うん、じゃあお終い! テンションの低い僕は僕じゃないしね!』
彼女は常に彩斗の為に、自分の為に行動する。
それが彼女で、そうでなければ彼女ではない。故に彩斗も彼女に同意だ。
そして、互いに揃って前を向いた段階でソレは来た。
マスクから警告が流れる。ミンからの緊急通信が届き、繋げた瞬間に彼女の焦った表情が網膜に映った。
『先程デブリに紛れ込ませていた個体が地球を目指し始めました。 既に大気圏に突入し、落下地点は演算の結果九十%の確立でそこです』
『ま、そうだろうな。 ……ミン、この場に居る面々を今から退避させる。 それと同時に、此処に誰も向かわせるな』
『御一人で戦うのですか!?』
『一人で戦うつもりはない。 それにこれからの戦いはきっと、お前達でも追い付けない』
マスクの警告音が時間経過と共に甲高いものになっていく。
頭上を見上げれば、天高き場所から何かが落ちていく姿が見えた。




