アンバランスボディ
通常、FMCによって展開される物は全て鎧だ。
瑠璃の軽鎧。黄金のフルプレートアーマー。属性に合わせて作られる鎧は蓮司の想像するものではなく、故に今回もそうなるものだと考えていた。
FMCが光を放つ。鮮やかな赤に染まり、液晶から漏れ出るように炎が噴き出す。
勢いのある炎は蓮司の身体に次々と張り付き、そのまま服としての形を成した。
ヴェルサスのパーカーに酷似した暖かみのある外套。ズボンや靴も全て統一され、蓮司自身の顔が露出している。
炎に包まれた手は、確りとそれが手であると解るように整えられていた。
何度も掌を開閉し、肌を焼かれる感覚を確認し、彩斗に向かって親指を立てる。その顔に不安の色は無い。つまりは問題無しであるということだ。
『おお、その姿。 正しく……』
「これ、レッドさんみたいですね」
オムニックは感動していた。
新生したFMCに炎と氷、大地の力が宿っていることは知っている。周知された事実であるが故に、然程大きな驚きは持たない。
けれど、その姿。鎧ではなく彼の姿を模した事実に全身から喜びが滲み出ていた。
オムニック達がそうだと思ったように、SUNRISEの姿はレッドを模している。
本人としては少々不満ものだが、やはり力の根源がレッドであるという設定は活かしたい。
特別な三人。その力を使うのであれば、やはり普通の能力者との違いを設けるべきだ。
全身から全てを熱する炎を纏い、ヴェルサス隊員の服を着る。
それは蓮司の夢だ。あるいは理想と呼んでも良い。原初の憧れを疑似的であれ再現され、彼の胸には興奮が湧き起こる。
「俺の力をある程度与えているからな。 他と異なるのは、まぁ力の質だろう」
『貴方様は頂点に座する方。 その力が他と異なるのは至極当然です。 寧ろ他と同じであれば、私は不敬な機械を破壊したでしょう』
「……」
おお、おお、と。
感動しながら発したオムニックの発言に彩斗はマスクの内側で頬を引き攣らせた。
盲信が過ぎる。確かに唯一無二の存在となりはしたが、それでも彼は自分をそこまで大層な人間になれたとは思っていない。
オムニックの敬愛は素晴らしいものの、それを素直に受け取ることまでは出来なかった。最初期の設定通りであればもう少し物静かである筈なのだが、やはり狂いを見せているのだろう。
蓮司は逆に、オムニックの発言にそこまでの行き過ぎを感じなかった。
そこには初対面からの印象がある。唯一無二の人間である男だからこそ、姿形すらに違いが出るのは当然だ。
「下らない評価はそこまでにしろ。 それよりも――使い方は解っているな?」
「ッはい。 使用方法については他と変わりませんから」
「よし。 では俺達で粘体を蒸発させる。 オムニック達には俺と蓮司に届き得る妨害を全て防げ」
『畏まりました。 この命に代えても』
「命を粗末にすることまでは認めていない。 ……誰であれ、生きている限りは生を繋げることを第一としろ。 良いな?」
『――っは!』
この戦いに遊びは無い。故に、澪が手間を掛けて作った人形を無駄に消耗することを彩斗は望まない。
特にオムニックのように予想外の性格を手にした個体であれば、尚更死なせる真似を許してはならない。彼等の消滅は、そのまま普通の人間と変わらない死であるのだから。
レッドとしての言葉に、皆が威勢の良い返事を送る。
その言葉に暗いものはない。総じて信頼と、彼等なりの愛が込められていた。
今この瞬間において、彼等の仕事は最も重大。であれば、全力にならない道理など一切在りはしない。
「熱波の展開と維持。 制限時間が許す限り、お前はそれで粘体を焼け!」
「了解!!」
横に並び、炎を操作。
蓮司はFMCに思念を伝え、彩斗は自力で無数の大火球を構築する。二つの青と赤は収縮と増大を繰り返し、離れた位置に居る粘体に危機感を抱かせた。
このままでは死ぬ。そうAIが判断したのであれば、緑の液体は排除に動く。
消火して移動し始めていた身体の向きが変わる。粘体からは無数の触手が生え、全てが上空で炎を生み出す二人に向けられていた。
あれを倒さなければならない。あれの存在を許してはならない。もしも居続ける限り、あれは絶対に己を殺そうとするだろう。
であれば、先ずは奴を倒す。――幾分か機能は使えなくなったが、人間の身体が脆いことを上書きされた情報で粘体は知っている。
「来るぞォ!」
彩斗の叫びと同時、触手は一直線に二人へと伸びた。
その速度は暫く戦い続けた蓮司が目を見開く程だ。遅くはなく、けれどこれまでの戦いの中では最速ではない。
最も速いのではないなら、人形でも対処は出来る。
粘体に派遣された人形には各々対酸の武器が用意されていた。能力者であるという理由で遠距離武装は少ない。
基本的な武器は硬質ブレード。更に個人個人に与えられた機能を使い、自然現象を操れる者はそれを用いて触手を弾き、切断する。
身体能力の底上げを再現する者は空を駆けながらブレードで切り裂いた。
その中で、特に派手なのはオムニックだ。手に持つハンマーを振るい、その一撃で太い触手を弾く。
ハンマーからは煙が出るものの、耐性のある武器は僅かに溶けた程度。
オムニックは二人の前を陣取り、最後の防衛線として立ち塞がった。
本人も解っているのだ。此処は屋内ではなく、広い屋外。小回りの利かない身では、壁として立ち塞がるしかない。
『――結構』
結構、結構、総じて結構。
ハンマーを振るう。触手は弾け、その拍子に飛び散った体液がオムニックの服を溶かす。
構うものか。二度、三度と大小異なる無数の触手を剛槌が破壊する。
オムニックに与えられた能力は極めて単純。何かを操作するのではなく、何かを起こすのでもなく、己を強くすることのみ。
オムニックにだけは人形すら持てないハンマーを澪は与えた。馬鹿力による強引な解決は、ある種彼女が最も望まない力だろう。
暴力的で、乱暴的で、理性的でない。野蛮と表現しても良い力を、けれど澪は多様性を生み出す為に与えた。
それを使ってどのような結果を出すか。長い長い時間の中で、オムニックは技術部門におけるトップの役職を与えられながらも別の役目を求められた。
弾く、弾く、ただ弾く。
背後では極大の熱が発生している。着ている全身服を溶かしかねない温度に、疑似脳が警告を発して止まらない。
警告音はオムニックが傍に居続ける限り鳴るだろう。五月蠅いことこの上ないが、しかして本人は喜んでいる。
『熱い。 茹る。 汗が出そうだ』
服が溶けていく。
前方百八十度全てに触手が迫り、それをハンマーを振るった風圧だけで折る。
正に壁にして盾。己が全てのダメージを受けながらも、決して怯まずに武器を振るった。
蓮司はその後ろ姿に尊敬の念を覚える。
酸の液体を浴びながらも武器を振るうには、己の死と常に向き合わねばならない。如何に本人が死をも厭わず仕事に徹すると宣言しても、実戦の中で萎縮することは往々にあるだろう。
だからこそ、オムニックは本当に己の消滅を正面から見据えている。
故に強者。あの姿を見て、臆病者だと言う者は居ない。仮に居たとしたら、それは何も知らない馬鹿だけだ。
状況は刻々と変わっていく。
乱舞する触手達を人形達は確かに捌いていた。その身が溶かされることも想定済みで、絶対にあの二人に近付けてなるものかと挑んだ。
だが、何事においても限界は存在する。溶かされ続ければやがて武器は消滅するし、身体は動かなくなる。
パーカーや全身を覆う防護服が有っても、時間経過で耐久性は消失してしまう。
早く早くと蓮司と彩斗は頭上の火球を構築していく。
残り一分もしない内に大火球は完成する。しかして、その一分が何時間にも感じられる程に長い。
迫る触手にまともに防御の構えも出来ないことも焦りを助長させる。
いっそ手放してしまいたいと心が叫ぶ。その弱音を、二人は強引に口を閉じることで抑えた。
耐えろ。信頼しろ。あの子達ならきっと大丈夫。
触手が更に増加し、幅も増える。一部は人形達に攻撃を仕掛け、彼等の勢いを削ぎ落した。
必然的に二人に襲い掛かる量も増え、最後の防衛線としてオムニックが問題無く全てを叩き落した。――その身に大量の酸を浴びて。
上半身の防護服が溶け落ちる。無事だったのは二の腕から先と下半身のみ。
露出した先には細い身体があった。あのハンマーを振るっていたとは思えない程、女性らしさのあるラインを保っている。
風でオムニックの薄紅の長髪が靡く。その瞳もルビーが如き輝きを放ち、肌は病的なまでに白い。
美しい顔立ちをしていた。まだ年若く、二十歳に到達しているかどうかといった女性と少女の中間に居る。
「防護服が無くなったか。 気を引き締めねばな」
紡がれる声も静かで、されどよく響く。
巨大なハンマーを持った若き女性。そのアンバランスさは、正に幻想の存在だった。




