男の裏側で女は組み立てる
殺意を漲らせる彩斗が殺さない程度に奈々を追い詰める。
一発一発にこれまでとは異なる意思を乗せ、普段から怪獣に向けるような眼光で彼女を射貫く。
怪獣時よりは少ないとはいえ、濃度が高ければ戦闘経験の薄い人間ではやはり意識を保つのは難しい。
その殺意は澪に流れ込み、彼の視界を一瞬覗き込んで直ぐに外す。
彼が心のままに動いている瞬間は、澪にとって喜ばしい瞬間でもある。抑え込まれた情動は仄暗い感情となり、どうしても心身に負担を掛けてしまう。
怒りや落胆、失望は夢を喪失する理由としては最たるもの。そして、それは容易く表に出してはならぬものでもある。
彩斗であれば尚更見せられない感情だった。幼い頃の百合と比較され、それでも良き兄であることを強要されてきたのだ。
当時の彼がどれほど内に感情を溜め込んでいたかを澪は知っている。
知っているが故に、初めて怪獣と戦った時の彩斗は実に惚れ惚れするものだった。抑制された感情が一方向に解放され、爆発した刹那は狂喜乱舞に等しい。
その後も実に自由に暮らし、少々の邪魔が入りながらも怪獣との戦いに邁進していった。
家族との絶縁は未だ百合が諦めていないので完全ではないが、父母はまったく関知しなくなっている。この調子で百合が諦めれば、いよいよ彩斗の周囲には澪達だけとなるだろう。
「ふ、ふふふふふ。 良い状況だ」
彩斗邸の自身の部屋で彼女は笑みを零す。
余計な組織、余計な国、余計な人間。彼の周りには無数の存在が新たに発生し、嘗ての頃より複雑な状況になっている。
怪獣出現から既に一年以上は経過したのだから当たり前だが、子供側が提案してくれなければ対抗組織も出来ない状態は非常に遅い。
物語のように時間が経過して組織が立ち上がりましたとならない以上、世界的にも速度を上げて解決へと乗り出してもらいたいものだ。
技術の進歩、対抗策の考案、新たな時代に向けた国ごとの新法案。
追い付いてもらわなければ此方も次を始められない。
澪の進化は今も止まらず。最新は一週間も経てば新たな最新に上書きされ、一年も経過すれば人類と彼女の差はますます広がっていく。
FMCはその途中にあった技術だ。これまでの物と異なり、大幅な性能向上は最初期に作られた人形と互角に戦える程。
更に一部澪、彩斗、バゼルに使われているシステムを導入したことで人形の性能を限定的に凌駕することも可能。
破格の性能であるが、その分だけ調整は至難を極める。もしも失敗すれば、齎される被害はトレーニングルームの規模だけでは済まないだろう。
「早乙女・奈々の復帰を予定に入れておくとして、Gシリーズの量産体制を整え、更に今後入って来るだろう各国の教育マニュアルの作成。 手にした土地に設置する基地も考えないといけないし、怪獣の出現ポイントも変更点があるか確かめないと……」
澪の仕事は非常に多い。
細かい調整を全て澪がすると宣言している所為で、彼女の元に集まる情報は一人間の過労死ラインを容易く超えている。
忘れてはいけないが、この世界で今最も働いているのは彼女だ。社畜十人分の情報量を抱え、適切に処理をしつつ柔軟性を与える余地を残している。
彼や彼女が思い付きで行動出来るのも僅かな余白があるからこそ。それが無ければもっと彼女も彼も自身を律しなければならなかった。
パソコンに取り付けれたモニターも既に十五に到達している。一つ一つに国家機密規模の情報が映され、特に新型機の情報は軍部であれば垂涎ものだ。
「あー、イブを作っていて正解だったわー。 情報収集に彼女を専念させたお蔭で周辺も把握出来るし、モザンも素材の作成を任せたから中々材料が尽きなくて助かるー」
彼女にとって一番の問題は、やはり自国を含めた周辺諸国の不穏な動きだ。
これらを全て把握することで他者の行動を誘導し、あるいは破滅させることも簡単になる。とはいえ現状の彼女ではそこまでの行動は許容限界を超えているので不可能となり、最初期のイブに任せる形を取った。
彼女が何も情報を送ってこない限りは平和と判断し、何かが送られてくれば問題として彼女が判断する必要がある。
現状は何も送られていないので判断はしていないが、来れば仕事は停止だ。停滞する毎に進捗は遅れ、完成からも遠のく。
一応はフォートレスの人間にも情報収集を任せているものの、精度は低いまま。やはり普通の人間では限界が低く、どうにも人形同様の効率を弾き出すことは出来ない。
「あっちにも色々装備あげてるんだけど、やっぱ無理か。 こればっかりはどうしようもないよね、彩斗でも似た結果になるだろうし」
人形は人工物だからこそ無理が効く。人間を諜報員として雇うメリットは少なく、その上で雇ったのはあの男の人脈が広かったからこそ。
上位の人間程繋がりは多い。研究職であれば狭かったろうが、あの男は諜報員として様々な人間と関った。
浅く広く、特定の人間には敢えて深く。絡み合った人脈は男の確かな力となり、フォートレスの社長も唸らせる結果を出している。
勿論、成功確率を高める為に澪も技術班を通じて装備を渡していた。失敗してフォートレスの内部事情を話されることを懸念し、無音銃や迷彩服など浅い範囲で人類技術を逸脱した品を贈っている。
ちなみにだが、それを渡された諜報員は頬を引き攣らせていた。なんて馬鹿げた物を簡単に渡すのだとヴェルサスの技術班に畏怖も抱かせていた。
『おーい、お袋』
「おや、噂をすればなんとやら」
イブ達の仕事を思い返すと、脳内に彼女の声が入ってくる。
内部の通信装置を用いた連絡は装置そのものを外部に出さない限り探知は不可能だ。
キーボードを叩く手を止め、傍に置いてある冷めたコーヒーを手に取る。口に含み、渋みの強い味に眉を寄せた。これが人であれば眠気を覚ます効果があったろうが、彼女には味の良し悪ししか影響を与えない。
「何か情報でも手にしたかい?」
『うーん、まだ確定って訳じゃないな。 でも複数の小国がヴェルサスに対して要求しようとしてるみたいだ』
「ほうほう、続けたまえ」
イブ曰く、対怪獣組織に加入を宣言した複数の小国がヴェルサスに対して二つの要求をしたがっている。
一つ、Gシリーズの優先配備。
一つ、資源の優先配給。
大国はまだ完全な経済破綻が起きていない。悪くなってはいるものの、最悪に到達するまでは後二十年は必要になると専門家はニュースで告げていた。
だが小国はそうではない。輸出入制限で深刻なダメージを受け、その国で住む者達が徐々にマシな国へと逃げ始めている。
早く自国は安全だと思わせなければ国民の過剰流出によって国としての機能が死に、付近の国が吸収を狙い始めるだろう。
その先にあるのは国家滅亡か、あるいは無謀な戦争だ。
『どうすんだ? 国一つを永遠に賄う資源なんて流石に無ぇだろ?』
「うん、無いね。 今ある設備じゃどうしたって限界が来る。 新たに増設しない限りは無茶無謀な話だよ」
『んじゃ、拒否するのか?』
「――いや、利用させてもらおうじゃないか」
今のヴェルサスで賄える範囲は、フォートレスとヴェルサスのみ。
ゆっくりと資源を集積しているとはいえ、現在の量では複数の小国を纏めて賄うことは不可能だ。
如何に何でも出来る澪とはいえ、一秒で大量の素材を作り出せる訳ではない。塵を金に変えるような錬金術は出来るが。
しかし、この情報は使えると澪は判断する。
即座に脳内で無数の案が湧き上がり、無用な部分を削ぎ落して急速に案を固めていく。
「土地を貰って基地を作るんだけど、やっぱり直ぐに成果が出ないと国民感情が負に傾く。 最初は我慢してもらう方向で大国に設置しようかと思ったんだけど、困窮している小国を救った方が信者も生まれ易いんじゃないかな?」
『うっわ、まさか実験場にするつもりか?』
「失礼な、モデルケースを作るんだよ。 大国へのアピールも兼ねてね。 救った人の中に信者が生まれるかもしれないけど、そこらへんは偶然さ」
『偶然……偶然ねぇ』
含み笑いをする澪に、イブはドン引きした声を返す。
彩斗でなければ多数の人間の将来が歪んでも構うものか。我々に役立てば、道の途中で死んでも関係の無い死として処理することも出来る。
彼等は我々によって死ぬのではない。自分の選択で死ぬのだ。
「本当、人間って愚か」
遥か頂点に座す彼女は氷の目で世界を俯瞰していた。




