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マッチポンプで世界が変わる!?  作者: オーメル


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進む変化に、惑う子供

「どうしたもんかな……」


 頭を掻く。

 蓮司はラフなシャツ姿で閉まった扉の前に立ち、どんな言葉を言うべきかを悩み続けていた。

 扉のノブにはピンクのカバーが付いている。この家で扉のノブにカバーを付けているのは妹である奈々だけで、普段から誰かが自室に入って来ることをあまり歓迎していなかった。

 その扉は何時もなら難なくノックしていただろう。けれど今、この時においては扉を開ける行為が酷く躊躇われた。

 理由は決まっている。レッドとフローのヴェルサストップ二名による、Gシリーズ搭乗資格の喪失だ。

 未だ数日しか経過していないが、この決定を覆すあらゆる言葉は意味を成さない。


 残酷で、しかし現実的。

 彼女自身の感情を無視するのであれば、これ以上無く最良な結果だろう。

 奈々の動きは訓練時と比較してあまりにも稚拙だった。それが感情によるものだと理解していても、フォートレスの技術班の中で不満が出ない訳がない。

 当たり前だ。仮に操作が覚束ず、怪獣の攻撃を受けてしまうとしよう。

 それを修理するのはフォートレスの技術班だ。現在の戦闘間隔では満足に修理をしていられる時間が足りず、時には二機のみの出撃になる事もある。

 

 そんな時に中破か大破になったら、元通りになるまでに一体どれだけの時間が掛かるだろう。

 ヴェルサスが協力してくれるとはいえ、全てが全て彼等に任せきりになる訳にはいかない。おんぶに抱っこのままでは依存も同然。

 それは即ち弱さであり、未熟と痛烈に批判されても文句は言えない。

 故に上層部の判断は正しいものだ。大事な妹の精神に傷が付いても、それだけは蓮司も素直に納得出来る。


「どう? 出てくれそう?」


「……母さん」


 奈々はそれを言われて以降、半ば引き篭もりになった。

 鍛錬に参加しなくなり、学校にも暗い顔で向かう。彼女の人生において現在の生活が決して正しいものではない筈なのに、やはり早乙女・奈々の中でヴェルサスやフォートレスに関わる道は運命にも等しいのだ。

 心配気な顔で息子に語り掛ける母親に、蓮司は困ったと頭を再度掻く。

 

「何言えば良いのか解らないんだよ。 ……慰めるだけなら出来ると思うんだけど」


「それは怒らせるだけね。 ――だってあの子が抱えているのは、悔しさだわ」


 母親の静かな言葉に、蓮司も同意を示すように頷く。

 彼女の心は折れていない。暗い顔をしていて、半ば引き篭もりになっても、その胸の炎は喪失してはいなかった。

 故にこその悔しさ。情けない自分に対する嚇怒の念は、内側に向かって常に放出されている。

 持前の明るさすらも怒りに変換しているのだ。己の持ち得る全てで、彼女は己を責めて責めて責め抜いている。

 

 情けない。なんと情けない。

 これであの人達の弟子と名乗れるのか。蓮司の妹であると豪語出来るのか。

 恐怖すらも怒りを抱く原因だ。そのような感情を抱いてしまっている時点で、もう自分は負けているも同様だろう。

 フローは切り捨てた。レッドもその意見に賛同した。

 暗い部屋の中でベッドに転がる彼女は、二人の決定に否を挟めない。だってそれは、公人としての冷静な言葉だったのだから。

 

 扉の前で何事かを話す兄と母にも申し訳ない。

 父も間違いなく心配していて、実際に学校に向かう玄関で気遣う声も掛けられた。

 それが嬉しくて、同時に余計に怒りが募る。

 そして思い出すのだ。嘗てヴェルサスと出会う切っ掛けになった、瓦礫に潰された時の事を。

 意識は朦朧としていて、周囲がどうなっているのかを気にする余裕は無かった。

 全身に激痛が巡り、もういっそ殺してくれとも内心思っていたのだ。


――きっと自分は助からない。このままゆっくりと痛みの中で死を迎えるのだ。


 そう思い、その時は素直に死を受け入れた。

 だってどうしようもないのだから。足掻いた所で少女の手など誰も取ってはくれぬと解っていたのだから。

 だが、現実は変わった。力ある者による手で、確かに彼女の身体は再生した。

 涙が出る程に嬉しかったし、同時にこの時始めて恩と呼べるものも抱いたのだ。それをどうにかして返そうとして、期待外れの判決が下された。

 

「……」


 抱き枕を握り締めるように抱え、奈々の眦から雫が落ちる。

 別にヴェルサスを辞めるように言われた訳ではない――――解っている。

 このまま戦場に出ず、情報発信者としての職務を遂行していれば良い――――解っている。

 あるいはオペレーターや技術班を目指したって良い――――解っている。

 解っているとも。道とは一つではなく、複数に分岐して今も存在していると。

 だが、少女が駆けたい道は一つだけだ。

 それは誰かと隣で走り抜ける地であり、空中を駆ける空であり、何の引け目もない対等な関係のまま子供組と付き合いたい。


 勿論、パイロットでなくなったからといってあの面々が見下すことはないだろう。

 励ました上で己に出来ることをすれば良いと言ってくれる筈だ。女性二人は女子会でも開催して慰めてくれる可能性がある。

 だが、違うだろう。そういうことを彼女は求めてなどいない。


「……ん、携帯?」


 着信を知らせるバイブ音が鳴る。

 長い音はメールやチャットではなく電話だ。彼女の電話帳には友人や職場の人間など実に多数存在するが、電話をされるとなると酷く限られる。

 端末のスリーブを解除すると、彼女は目を見開いた。

 何せ相手は彩斗。現在謹慎中の彼が、唐突に連絡を寄越してきたのだ。

 慌てて通話ボタンを押して耳に当てる。何時もなら挨拶と共に話が始まるのだが、今日はその最初の一歩で彼女の口が躓いた。


「こ、こん、ばん、は」


『こんばんは。 突然このような電話をしてしまい、申し訳ございません』


「い、いえ。 私は構いませんが……」

 

 冷静で落ち着いた大人の声に彼女は自然と身を起こして整えた。

 何と言ってもヴェルサスの協力者の中でも特級の人物。同時に師匠の一人と呼んでも過言ではなく、丁寧な対応は必須の男性だ。

 そんな男性が突然どうしたのかと思うが、密やかな相手の声で理由を察した。


『私が謹慎中にどうやら、その、とんでもない事になったようで』


「――ああ、そう、ですか」


 なんてことはない。ただの状態確認であり、慰めだ。

 急速に自分の心が冷えていく感覚を彼女は抱く。声の人物相手に失礼極まりないが、例え彼相手であっても少々の素っ気無さは出てきてしまった。

 しかし、相手もそれは予測していたのだろう。彼女の呟きを気にせず、言葉を募らせた。


『私の方でも抗議をしましたが、御二人は首を縦には振りませんでした。 この状況で余らせるパイロットは居ないとしても、人死にを出す訳にはいかないと』


「すみません、御力が及ばず」


『何を言いますか』


 冷たい心のまま、本心でもない謝意を口にする。けれど、実のところ彩斗本人も彼女を慰めるつもりは到底無かった。

 

『貴方の道に本来戦いなどありませんでした。 ただの学生として生きて、就職や結婚を経験しながら寿命で死ぬのが順当な道だったでしょう。 いきなり戦いが出来る方がどうかしているのです』


「でも、兄貴や鳴滝さんは……」


『彼等には戦いに赴くだけの大きな理由がありました。 襲い掛かる恐怖や不安を逆に踏み潰す、巨大で強大な理由が』


 蓮司は初の戦闘時、妹を何がなんでも助けねばならぬと覚悟していた。

 鳴滝に関しては国家権力によって強引に戦いを参加させられた。今でこそ全力で戦うようになったが、自衛隊の頃はとても全力ではない。

 クルスに関してはそもそも血生臭い現実を突き付けられ続けた。確実に死ぬだろう世界の中で、彼女は必死に生にしがみついていたのである。

 この三人は普通の人間の中では中々送れない日々を過ごした。その故に構築された常識や倫理は歪み、戦いに然程の苦痛も抱えずに飛び込めたのだ。


 対して、奈々には特に大きな理由はない。

 兄の手助けをする為、他の家族や友人に劣らない自分である為。

 挙げた理由は極々一般的だ。誰しもが社会に至る過程で抱えそうなもので、だから恐怖や不安という極当然の感情に二の足を踏んだ。

 

『事情はある程度把握しています。 その上で、私は貴方に提案があります』


「提案……?」


 彩斗からの提案の二文字に、オウム返しで呟く。

 

『今度の土曜日にこれから送る地図の場所まで来てはくださいませんか。 ――貴方を強くする手助けをします』


「…………!?」


 その情報に、彼女は確かに目を限界まで見開いた。

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