異なる人格の可能性
『怪獣出現! 場所は××火山麓です! 蜥蜴型の四足歩行生物が街を目指しています!』
『太平洋沖に怪獣が二体出現中! 内一体は鯨に酷似した見た目をしています! もう片方は鮫の近似を確認!』
『アマゾン北部に高熱源反応! 粘性の物体を確認しました。 現在核を探査中!』
約二週間。
あれやこれやと多国間で情報のやり取りを行っている間も怪獣が世界中に出現している。
対処は基本的に三機で行い、数が足りなくなればヴェルサスを派遣。フォートレスが敗北した場合でも派遣はさせる予定だが、現状は問題無く討伐が成功している。
約二週間の間で出現した怪獣の総数は三十五。一日か二日の間隔を設けた上で複数体の襲撃を行わせ、様々な国家の警戒レベルを引き上げさせている。
民衆達の間にも積極的に怪獣の情報を流れさせ、世界全域に白い少女の発言に一切の嘘が含まれていないことを証明した。
三十五の怪獣討伐の内、フォートレスが担当したのは二十五。パイロットは三回出撃する毎に疲労でダウンし、別の候補生が搭乗することで業務を回転させていた。
つまり、子供組も出撃したことになる。
初の実機での出撃に鳴滝と蓮司は落ち着いていた。クルスも死線を抜けた影響で多少の緊張がある程度だ。
問題だったのは奈々である。彼女は初の実戦で可哀想になる程緊張し、いざ怪獣をモニターに捉えた際には小さく悲鳴も零していた。
当然だ。確かに彼女は一度死に掛けたが、それは震災による致し方ないもの。抗える類の対象ではなく、故に諦めもつく怪我だった。
しかし今回は悪意を持った生物の襲撃だ。地震や津波で一撃で生命を刈り取る存在とは異なり、怪獣の嗜好によって甚振られるかもしれない。
散々に痛みを受けた上で無残に食い殺される。
そんな未来を想像しては如何に操縦技術が向上しても意味は無い。その時は共に出撃していた蓮司と鳴滝で対処するかと判断していたのだが――事態はおよそ予想外な方向に転がった。
最終的に怪獣を撃破したのは奈々だ。彼女は比較的安全なG-02に搭乗し、焦りながら射撃を続けていた。
精神的に追い込まれた状況では狙いは正確にならない。距離があればある程に命中精度は落ち、やがて遠くからの攻撃に業を煮やした怪獣が彼女を標的に定めた。
普段であれば仰ぎ見るような相手が、たった一個人に対して殺意を向けたのだ。
それを直接受ける恐怖は顕著で、腕の震えは最高潮になってしまう。自然と機体を動かすことも止めてしまい、怪獣は接近戦を仕掛ける二機を無視して最初に奈々を潰してしまおうと接近した。
狙いは一直線にコックピット。如何に分厚い装甲に守られているとはいえ、何の手段も講じずに直撃を受けるのは危険に過ぎる。
させるものかと二機はブースターを吹かすが、相手の方が初動が早かった。
そのまま頭部を用いた突撃を行おうとし、直後一発の弾丸が事前に知らされていた怪獣の核を撃ち抜いた。
まともな狙撃の構えもせず、極端に接近された状況で、もう動けないだろうと判断された奈々の機体が動いたのだ。
一体どういうことかと通信を繋げると、蓮司は驚愕を露にする。何せ彼女の顔には何時の間にか怯えが消え、誰かを想起させられる酷薄な顔が表に出ていたのだから。
『私に触れるな、塵風情が』
言葉も荒く、普段の彼女からは信じられない危険な雰囲気が流れ出る。
沈黙した怪獣は既に死んでいた。戦闘は終了し、本来であれば誰しもが手放しに喜ぶべき結果だったろう。
しかしこの時は誰もが沈黙を貫いた。無闇に口を出すことは憚られ、勇気ある誰かが話し掛けることを待ったのだ。
そしてそれは、彼女の兄である蓮司以外には有り得ない。
『な、奈々?』
『……なに、兄貴。 今ちょっと気分が悪いんだけど』
普段の明るさなど無い、棘だらけの言葉。
兄にも向けられるソレに、向けられた張本人である蓮司は何となく既視感を覚えた。
それが誰かとなった時、蓮司の口は自然と動く。
『なんでフローさんの真似なんかしてるんだ?』
言われ、通信を聞いていた皆も気付く。
彼女の口調はフローにそっくりだ。冷気を感じる口調は幾分か温いものの、雛として考えれば妥当である。
彼女が強い女性を想起した時、先ず真っ先に浮かぶのがフローだ。しかし、この状況で自身を偽る意味は無い。
それよりも腕を動かす方が先で、更に言えば恐怖を抑え込むのが先だ。当然の彼の疑問に、返ってきたのは彼女の気絶だった。
慌てて二機で連れ帰り、医務室に搬送。
極度の精神的な圧迫に耐え切れずに意識を断った結果とし、彼女を乗せる行為は避けるべきだと医者は判断した。
そのまま丸一日が経過した後に彼女は起き、子供組が見ている前で自身の無事を肩を抱き締めなが確認したのだった。
「考えられるのは一つ。 お前自身の防衛本能によるものだろう」
怪獣との戦闘が一旦の落ち着きを見せ始めた休日。
応接室にて奈々が広いソファに座っている対面で、同じく椅子に座っているフローが簡潔に結論を口にした。
異常の原因調査が終わるまでは出撃を無しにしたお蔭で彼女は情報発信のみに意識を割くことが出来るようになり、医務室で起きた直後の恐怖を抱くことも今は無い。
その分だけ他の子供組に負担が乗ることになってしまったが、その点については三人共に力強く胸を叩いてカバーし切ってみせた。
「防衛本能、ですか?」
「人の本能は無意識で身体を動かすだけの能力がある。 例えば殺されそうになった際、自身を守る為に対象を意図せず殺してしまうことがある。 これは防衛本能が攻撃に特化された結果だ」
「特化された……」
「ただ自身を守る為に防御するのではなく、対象を排除することで安全を取る。 超攻撃的な本能は本人のポテンシャルを強制的に引き出し、あの戦いのように正確な一撃を放つことが出来た」
似たようなものとして反射がある。
突然の出来事を前に咄嗟に身体が動く現象。生命の危機に近ければ近い程に普段は出来ない動きを可能とし、後で酷使した分の支払いを求められる。
「性格まで変わるのは流石に予想外だったが、あの一瞬で人格の一時変更が起きたと考えるのが辻褄が合うな」
「人格の変更……二重人格ということですか? ですが私はあの時のことを覚えています」
「別に人格が複数存在していても記憶が共有される例はある。 お前が望む戦闘に適した性格に変わり、本能的に暴れたのだろうさ」
淡々と口にするが、彼女のような例が存在する確率は低い。
先天的に人格が複数存在する彩斗と澪と異なり、彼女のそれは二重人格と呼ぶには片方の人格があまりにも確立されていない。
生まれたばかり、あるいはそもそも人格が変わったように見えるだけの本能的行動に過ぎないのではないか。
人間の精神は未だ完全解明には至っていない。様々な事例から近いものを引っ張り出し、当て嵌めて納得するしかないのが現状だ。
「シミュレーション時には問題は無いな?」
「はい。 そっちでは普段通りに戦えます」
「となると、やはり戦闘時に今後も表に出るだろう。 真剣な殺し合いで恐怖を抱き、自分を追い込めば最適な行動を取れる自分になれる」
フローの説明をそのまま受け取るのならば、戦闘時に追い込まれれば自然と防衛本能が別の人格を引っ張り出す。
そちらであれば彼女自身のポテンシャルを限界まで出すことが出来るだろうということ。無論精神的なものであるので、最悪自我崩壊が起きる懸念がある。
フローとしては乗せないのが最適解。不安定な人間を乗せて予定外な動きをされては彼女達も困るのだ。
「……少し、考えます」
席を立ち、彼女は頭を下げてからゆっくりと部屋を出ていく。
その後ろ姿を見た後、彼女は意識を通じて彩斗に言葉を投げる。――奈々は脱落。このまま後方に就けようと。




