つまり、何事において時間が掛かるのだ
「今日は御三方を御呼びしてしまい、申し訳ございません」
応接室で渡辺社長は座りながら頭を下げ、対面で座るヴェルサストップ三人の内のレッドが気にするなと口にする。
「上位組織であるとはいえ、移動は我々の方が容易だ。 お前の方が東奔西走している以上、此方が動く程度は些事だろう? ……それに我々の将来のメンバーが随分と迷惑を掛けてしまったようだからな」
「ははは、いやまさかトレーニングルームが全壊するとは思いませんでした」
渡辺社長は苦笑を顔に浮かべているが、その内心は決して明るくはない。
今も復旧作業中のトレーニングルームは奇跡的に上下階に致命的な損傷を与えない形で崩壊した。
理由は熱が入り過ぎた彩斗と蓮司の模擬戦だ。
手加減無用の本気の殺し合いにまで発展し、蓮司も容赦無く能力を使い続けた。
物質の形状変化に素材そのものの変更。中でも空気を爆発させたことが一番の問題であり、壁の迷宮全ても燃料に変えたことで見事に部屋が壊れた。
アントが居なければ少なくない負傷者が出ていたことだろう。実際彩斗もギリギリで危険に気付き、子供組の盾となって爆風と炎に正面から衝撃波を叩き付けた。
強化されたFMCは変換効率も速度も増している。普段よりも明らかに強い攻撃に蓮司は対応しきれなかった。
とはいえ、根本的な原因は彩斗である。
彼が本気になったからこそ蓮司も本気にならざるを得なくなった。事態を収めてからは厳しい説教と反省文を書くことになり、追加で一ヶ月の戦闘禁止令と謹慎が言い渡されている。
蓮司の場合は説教と反省文だ。流石に手にしたばかりの品で無茶をし過ぎだとモザンから激怒され、彼も素直に謝罪している。
FMCを制限していないのは、理由が理由だからだ。それに怪獣との戦闘において早くFMCを習熟させておきたいという思惑もある。
彩斗も各部署を土下座で謝罪して回り、社員からは幾つか小言を貰いながらも許された。……が、唯一フローだけが今でも怒りを抱えて小言を放っている。
「彼については此方でもよくよく――ああ、よくよく注意を徹底してもらう。 でなければ拘束も辞さない」
「……それは厳しいと言いたいですが、流石にあの状況を見てしまうと頷くしかありませんね」
『解っているよね?』
『はい』
男彩斗。中性であるとはいえ女性体である澪の言葉には従う他無い。
拘束するという意見は彩斗を隠す恰好の手となるだけだ。レッドとして動けば問題は無く、さりとて澪からの監視が暫く厳しくなるだろう。
ちなみにバゼルはトレーニングルームの修理人員と一緒に来て、この事態を遠巻きに楽しんでいた。
完全な部外者であるが故の愉悦。もしも彼と彩斗の精神が繋がっていれば、喜悦の感情が流れ込んでいたに違いない。
「さて、では本題に。 日本政府との協議が一先ず落ち着き、更に各国とのテレビ対談にも一応の決着が付きました」
「その顔色から察するに、反応は上々であると?」
「上々かどうかはこれからのお話次第だと思われます。 ですが、私としては目標の一歩を踏めたのではないかと」
場の空気を一度整え、渡辺社長が忙しなく動き回った結果を口にする。
顔色は明るく、少なくとも話をしていて胃が痛くなるような類の情報を持ち帰ってはいないのだろうと三人に思わせた。
先ずは日本。此方は最も怪獣が出現し、相応に被害も大きい。対怪獣組織の設立には賛成的であるが、自衛隊を組み込もうとする動きがある。
これは権力的な側面が含まれているだろう。日本はこれだけ人類に貢献しているぞとアピールし、同時に組織の上層に関わりたいのだ。
これは他国も変わらない。軍部を組織に混ぜ、彼等は彼等なりの派閥を作り上げたいのだ。
そこには人権問題を引き起こしたドイツ政府も居る。
此処で参加を表明せねば流石に不味いと思ったのだろう。様々な国が無数の質問を投げる中、ドイツはほぼ無条件での参加を表明した。
勿論対談をした中には断った国もある。イギリスやフランスは特に大きな被害を受けておらず、エジプトも拒否のスタンスだ。
一度襲われた、あるいは襲われるかもしれないと思った国々だけが参加を露にし、逆にこの組織に関与する必要が無いと思った国は拒否や静観の構えをしている。
そういった国は協調性が無いと批判の対象にされるも、やはり様々な利権が絡む問題故に無視出来るなら無視したいのだろう。
「組織を設立・運営する上で他国に求めたのは人員と土地のみ。 金銭も資源も求めないとしたのが多くの参加を引き寄せた最大の要因かと思いますが、それでよろしいのでしょうか?」
「ああ。 人類救済を第一とする以上、不必要な物は削ぎ落しておかねばならぬ。 金も資源も用意しようと思えばいくらでも用意出来るであろうし――そもそも国家が何も支援しない筈もない」
対怪獣組織の仕事は怪獣を撃滅することだけではない。
怪獣によって受けた被害の復興も仕事の内であり、同時に社会的弱者の掬い上げも行うことになっている。
金銭面の不足は心を貧しくさせていくものだ。理由があって一人になりたい者にも手を差し伸ばし、組織からの脱却時には快く送り出す。
そんな真似をすれば民衆は政府をどう見るだろうか。金を出さず、資源を出さず、一般的に要らぬ者とされた者達を多く放り込む政府を。
信用は地の底にあるが、今度は奈落に向かって突き進む。
金を出すつもりがない政府は焦るだろう。何とか信用度の解決を図る為、各国家が独自に救済案を練り始める。
「危ない橋を渡るとしても油断する人間は居る。 特に日本の官僚は自国の危機に然程頓着せず、自身の身を守ることに必死だ。 この状況が不味いと気付いた官僚が居ても同じ地獄に叩き込む為に足を引っ張るだろうさ」
フローの言葉は恐ろしい。
実際にそうであると渡辺社長も思っているからこそ、救済が齎す攻撃は過度になる。
助けなければ国が無くなる。人助けをすることが特に至上とされる現代において、人を派遣するだけで終わりにする組織に信用性は無い。
渡辺社長が思い返すのはアメリカとロシアの会談だ。
両国の使者は質問の中に自国内で雇用数が増加した場合の供給人員についてを盛り込んでいた。
それはつまり、事前に救済案を出して供給と消費を再調整するということだ。
結果的に余剰人員が減り、より必要とされる外国軍人が参入し易くなる。自衛隊だけが世界的に見てあまり必要だと思われていないのである。
「頭の良い人間が居ることは悪いことではない。 最終的に予定される人数より少なくとも、それはそれで構いはしないさ。 説明する回数も減るというもの」
「アラヤシキのような戦艦もそう簡単に作れるものではないしな。 一時的に譲渡された土地に基地を作り、内部でGシリーズのような機体達を作って防衛していくことになるだろう」
「工場・基地の設置。 生産に選抜。 教育も含めると、安定軌道に乗るまでは最低五年は必要になるか」
「人も物も増えることが正しい訳ではありませんからね。 この辺りの調整は非常に面倒なものです」
渡辺社長は参加者を確認するだけでも忙殺された。
にも関わらず、これはまだ序の口なのだ。幾つもの会談を経て、組織の設立はゆっくりと進んでいくことになる。
多くの人や物が動くのだから当然だが、彩斗や澪にとってはあまり良いものではない。遅さは即ち、様々な騒動に発展するもの。
解決に更に時間が掛かるからこそ、澪は態とこの手の話し合いを渡辺社長に投げている。
そうと覚られぬようにしているとはいえ、本当ならばヴェルサスも顔を出すべきなのだ。
「もう暫くすると各国が正式に組織の設立に参加する放送が流れるでしょう。 その後に提供される土地を見に、視察に出てはくれませんか」
そして、顔を出さねばならぬ事態は近付いていた。




