強きを求めるが故に
端的に語るが、新生FMCには通常モードが存在しない。
常にマキシマムが維持され、それが普通となる。ドーム内で次々と見慣れた鎧が姿を現し、レーザーによる誘導を行わずに自分から近付いて嵌め込まれた。
ドームが晴れた先に居たのは普段と変わらぬ幻想幻夢のマキシマム状態。瑠璃色のライトアーマーを纏い、緑のデュアルアイは仄かな輝きを宿している。
『あれ、マキシマム?』
「これからはそっちが標準だよ。 エネルギー消費速度はマキシマム前の状態と一緒だから、単純に継戦能力は上がっている」
『!へぇ、凄いですね』
遠くからの彩斗からの呼び掛けに感心しつつ、身体を動かす。
先ずは手始めに走り始めるが――彼の想像よりも速い。一瞬で景色が変わる様子は初めてマキシマムを使った時と同じものだが、それよりは幾分かマシといったところ。
これは彼自身がマキシマムでの戦闘に慣れたからだ。慣れる前にこれを使っていれば、適当な壁に激突して転がっていただろう。
力を少し込めて跳ねると、容易く天井に手が届く。この部屋は横幅はあるものの縦幅は然程ある訳ではないので、前の状態でも手が届くのは当然。
違いはやはり到達までに掛かる時間だ。具体的な時間は計測してはいなかったが、体感的には一秒から更に半分程度に感じていた。
着地し、今度は細かい動きを確認。
構えからの拳を放つ瞬発力、放った後の足技へと繋げるまでのタイムラグ。自身の身体に異常が起きるかを確認しながら軽く動作を確認し、スムーズに動き過ぎている状態に目を見開く。
イメージ通りに動くことは解ってはいたが、予想を超えて次への動作に繋がり続けている。これは彼が考え、FMCが思考伝達から補助し、身体に意識を巡らせる前に鎧が動かした結果だ。
「見える?」
「いいえ、まったく」
「私もです。 目も強化されているんですが、それでも解りません」
徐々にギアを上げていくと、もう鳴滝やクルスといった実戦経験者でも目で追うことは不可能だ。奈々は序盤から見えていない。
Gシリーズによる補助があればもしやといった程の超速運動を果たし、彩斗も目を細めて新生FMCの動きを確認する。
スーツによる補助のお蔭で目で追えているが、素のままなら彩斗でも目で追えない。最早普通の人間程度では彼を止めることは不可能だ。
そのまま十分程動きを確認し、最後に正拳突きを放って動きを停止。
放った拳圧だけで床材に罅が走り、壁にも亀裂が走った。人間が受ければ骨折では済まされないだろう。
「どうだい。 中々だろう?」
『とんでもないですね、これ。 ちゃんと調整しないと軽く小突いただけで人をミンチに変えてしまいそうです』
「ははは、まぁ手加減の感覚はこれから覚えてくれ。 ――そんじゃ、一発どうだい?」
スーツのネクタイを緩めつつ、彩斗がステージに足を向ける。
普通の人間を相手にしたら現在のFMCでは容易く肉塊に変えてしまう。それを承知で彩斗は挑戦を提示し、蓮司もお願いしますと頼んだ。
何時の間にかステージの周囲にも人が集まり始めている。彼等は遠目でFMCの更なる強さを目の当たりにし、それに挑もうとしている彩斗に興味を持ったのだ。
今や子供組の師匠の一人となった彩斗だが、FMCの状態で戦うのはこれが初めて。
新しく強化された以上、仮に負けたとしてもそこまで馬鹿にされることはない。寧ろよく挑戦したと讃えられるだろう。
「……嬢ちゃん達、あの小僧はどれくらい保つ?」
「生身での状態で十分でした。 ですがそれは手加減をされた上で、です」
「今の兄貴ならもしかしたらじゃない? 一緒に鍛えてた時よりも今はずっと速いよ」
「どうかな。 ――あの人は人類最強かもしれない人物だ。 こうして挑んだ以上、勝てる算段はあると思った方が良い」
観客となった鳴滝の横で土方と立花が首にタオルを掛けた状態で語り掛けてくる。
女性三人としては蓮司に勝ってほしいが、男二人の予想は彩斗だ。確かにFMCは強力で、彩斗は全力を出してもアントの本気には届かないと最初の模擬戦で明確に示している。
ならば、今の超能力者も同然となった蓮司には勝てない可能性は十分にあった。
二人は互いに顔を合わせ、距離を一定に保って構える。
合図は彩斗だ。声と同時にスタートし、どちらかが戦闘不能になるか降参を口にした段階で終了となる。
「全力で大丈夫だよ。 なるべく耐えるから、ソレの性能をなるべく引き出してくれ」
『勝つつもりでいきます』
「当然。 そうじゃなきゃ強くなんてなれないさ――――始め!」
刹那、二人は拳を互いに激突させた。
胸部を狙った右拳と左拳が激突し、その場で膠着。彩斗は即座に右足で胴を狙い、蓮司は膠着を解除してステップで回避。
円を描く形で左側面へと蓮司は移動し、それを目で追っていた彩斗は頭部を狙った拳を紙一重で避けて突き出された右腕を掴む。
そのまま力任せに投げようとするが、蓮司は咄嗟に能力を発動。足裏の装甲と床を一体化させ、投げられぬように接着した。
一瞬だけ出来た隙に蓮司は唯一空いている左拳を固めて彩斗の脇腹を穿つ。
全力でと最初から言われていた通り、手加減無しの一撃は確かに彩斗の身体を吹き飛ばした。
壁に叩き付けられ、壁面が凹む。彼を中心に広がった亀裂は今にも崩壊を生み出しそうで、スーツの緩衝機能だけでは抑えきれない衝撃が肉体にダメージを齎す。
澪が最新の技術を使っただけあり、パーカー未満の性能しかないスーツでは怪獣戦の時のようにはいかない。
直撃に口から血を吐き出し、彼の中の炎が燃え上がる。
「……咄嗟の能力選別が良いね。 その調子でどんどん自分の中に選択肢を作り出すんだ」
『ッ、はい!』
初めて明確な一撃を叩き込めた。
その事実は蓮司に少なくない自信を付けさせることになる。同時に観客となった者達の蓮司を見る目も変化していく。
子供だからと別段彼等を侮った覚えはない。実際に蓮司は一戦士としての覚悟を持ち、怪獣の撃破も達成しているのだから。
だからこれは、そう、先へ行こうとする者への羨望だ。
至高の頂に近付く若人を見る、凡夫達の焦がれる目なのだ。
――だから、彩斗は脳裏で五月蠅く心配する声を遮断した。
今だけは彼女に邪魔されたくはない。漸く次を任せそうな人材が完成し始めているのだから、全力で勝たねば不作法というもの。
やはり性能が高まれば自然と脅威度は上がる。彼女の武器と戦う以上、下手に手を抜けば待っているのは死だ。
全身全霊。アントやモザンと戦うように、殺す気で挑まねば彼には勝てない。
「……殺す気でやる。 耐え切ってくれ」
はい、と蓮司が言う暇も無かった。
次の瞬間には蓮司の身体は壁にめり込む。遅れて衝撃が襲い掛かり、装甲の一部に亀裂が生じる。
突然の出来事に蓮司は目を白黒とさせながら、何が起きたのかとステージに目を向けた。
先程まで自分が居た位置には足を振り上げた彩斗の姿。靴先からは白煙が上がり、床がクレーターと化している。
崩壊を懸念してこの施設の床材は相当堅固にしている筈だった。しかし今の一瞬の前には無駄だったようで、フォートレス全内にまで轟いた音に皆が驚く。
近くで様子を見守っていたアントが咄嗟に社長に連絡をしていなければ警報が鳴り出していたことだろう。
『――まだこんなにッ!』
「喋っている暇は無いぞ」
再度認識外から鎧が殴打される。
叩き付けられた先は反対の壁。防御も認識も出来ず、右肩の装甲が粉砕された。
まだ致命的なダメージには至っていないが、装甲を破壊され続ければ何れ直撃を受けて気絶させられかねない。
その前に対処をと脳内に無数の壁をイメージし、その通りに床や壁から鉄の壁が生えてくる。
複雑に絡み合った迷路のような空間では全速力で動けず、先程の理不尽も無くなるだろう。
一先ずはこれで。そう思った次の瞬間に、一直線に鉄の壁に穴が開いた。
「――鉄程度で俺を止められると思っているのか?」
『は、はは……冗談ッ』
複雑に絡み合った壁の層は一つや二つではない。重なり合った鉄の塊は超能力者でもなければ突破は不可能で、それを拳だけで突破してくる時点で異常極まる。
本気も本気だ。背中に冷や汗を流しつつ、しかし蓮司は獰猛な笑みで彼へと駆けていった。




