贈り物
配信が終わったその日、人々の意見は大別すると二つに別れた。
一つは肯定派。人は変わらねばならず、前を向く為に世界そのものをより良くすべきだというものだ。
これは経済状況の改善や対怪獣組織の設立にも関係している。人の悪意が無くならない限り永遠に戦いが終わらぬというのなら、ヴェルサスと協力して事に当たる方が希望を持ち易い。
もう一つは否定派。
肯定派とは真逆であり、人の世の終焉を素直に受け入れるべきだというものだ。下手に抗ったところでこのまま貧困は加速し、経済状況の改善を画策したところで怪獣が辺り一帯を破壊すれば全て零に戻される。
努力を無駄とし、諦観を友とする派閥だと言っても良い。今のままでは人類が継続を続けることは難しく、ならば早々に命を絶った方が賢明だ。
「やはりこういう時はSNSは便利ですね。 それが世界中の人の本意ではないとはいえ、大多数の方達の意見を聞くことは出来ます」
「各国家からも説明要求が来ているそうだ。 お蔭で私の忙しさは増えに増えたよ。 ……暫くまともに寝れそうにないな」
社長室で二人の男が言葉を交わす。
片方は渡辺社長でもう片方は彩斗だ。今日の彩斗はレッドではなくスーツ姿で、素顔のままフォートレスに出社している。
居なかった間も連絡を交わすことはあったが、こうして顔を合わすのは渡辺社長視点では暫く振りだ。
子供組の鍛錬では彼のまま顔を出すことはあっても、社長室に直接顔を出すだけの理由は存在しなかった。互いに説明をする必要は無いので居ない間の擦り合わせはせず、そのまま二人は会話を重ねる。
「基地の方は今も技術班達と一緒に進めさせている。 レールは完成し、各種施設も稼働を始めた。 まだまだ手慣れてはいないが、直に慣れてくれるだろうさ」
「パイロット達の技能も上がっているようで。 子供達もバゼルさんの言葉に触発されて必死ですよ。 特に蓮司君は熱の入りようがますます高まっています」
「まぁ、施設を稼働させる以上は何れ子供達も指導者になる。 例の組織についての参加表明者も非常に多くてな、そちらの対応も始めていかねば色々追い付かなくなるぞ」
「爆増状態ですね。 過労死しないラインを見極めなければ全員倒れかねませんよ」
疲れた笑い声を互いに漏らす。
バゼルのエールは実に多くの者に影響を与えた。あの時点での配信では組織を作ると宣言はしても、精々が説明会を希望する者が出て来る程度だと考えていたのだ。
けれど、今ではその説明会を省略して入りたいと願う者が多く出ている。その殆どが何の変哲も無い者達だが、逆に背後組織が無い人間の方が大事だ。
今のところ希望者については説明会への参加を絶対とし、大急ぎで会場として使える部屋を基地に準備させていた。
ただし、既存の部屋を使うつもりはない。周りに何も無い土地を購入したが故に、地下の広さも膨大そのものだ。場所を拡充し、出来た所から社員が机やモニター等を設置している。
こうして二人は会話をしているが、この二人にも仕事は山程積まれていた。
特に社長である渡辺はこれから護衛数名と共に国会に向かい、幾つかの説明と承認を得る必要がある。
新組織を立ち上げるだけであれば既存の法律の下で出来るが、事が兵器に関係するとなれば民間だけに任せておくことは出来ない。フォートレスの会社が日本にあることも影響し、先ずこの件で複数の党から詰問を受けることになるだろう。
勿論、それに対する返しも渡辺社長は持っている。今更人間を相手にして怯む精神性は有しておらず、なんとしてでも周囲からの理解を得るつもりだ。
「ヴェルサスからは幾つかの設計図の提供の許可が下りています。 これを餌にすれば幾分か話は通り易くなるのでは?」
「助かるな。 だが良いのか? 彼等の技術は一つでも露見すべきではないと秘匿していた筈だが……」
「フローさん曰く、解析不能であれば問題無しとのことです。 製造もウチでしか作れない状態にしておけば、巡り巡って最終的に此方の利益になりますよ」
「成程……流石に抜け目がないな」
製作に必要な図面は提供しよう。見本が欲しいならば物も準備しようではないか。
だが、解析させてやるつもりはない。出来たら好きにしてもらって構わないが、彼等がその図面の全てを解析するには膨大な時間が求められる。
一年や二年では終わらない。十年二十年でも終わることはない。フローが敢えて渡す設計図の解析必要時間は――およそ七十年。
「奮発して約二百年くらいは経過しないと作れない設計図とかを渡すつもりだったそうですが、流石にそれは理解出来なさ過ぎて突っぱねられると七十年後の物にしたそうです」
「七十年後でも十分に理解不能だろうがな。 ……一体何人の技術者がヴェルサスの領域に行けるのか、実に見物だ」
決まりを作るのは上の人間だ。技術者が全ての決定権を握っている訳ではない。
そして、権力者に技術等解りはしないのだ。普通ならば価値ある物かどうかを調査されるだろうが、ヴェルサスの設計図の価値は計り知れない。
奪いたい組織など山の如く現れ、まともに解析する時間すら無い可能性は十分にある。
となれば、厳重な保管を日本政府は意識するだろう。技術内容に目を向けず、そのまま承認を下してしまう目も有り得た。
それが一番簡単な結果であるものの、事は易々と進みはすまい。その辺は渡辺社長の交渉力に任せ、複数の図面データが記載されたUSBを彩斗は机の上に置いた。
「それでは私はこれで。 他にも渡さないといけない人が居ますので」
「何かあるのか?」
「ええ。 蓮司君に修復したFMCを返さないといけないんです」
軽く手を振って彩斗は部屋を出る。
廊下を進み、エレベーターを降り、目指すは子供組が今も鍛錬しているトレーニングルーム。
重厚な打撃音が防音をした筈の扉から聞こえ、その音に彼は相好を崩す。
音を聞いただけで全てが解るとまでは豪語しないが、音の強弱で技の完成率をある程度は推測することは可能だ。
実戦に必要な技術しか教えていないので技というには無骨過ぎるが、何の技術も無い状態からのスタートとなれば必然的にそうなる。
かくいう彩斗も始まりはそんなものだ。技を考え始めたのも鍛錬の後半に至った時くらいで、披露する機会はかなり少ない。
懐から一枚のカードを取り出し、表面を撫でる。
白いカードは粒子となって分解され、直後彼の手に集まってアタッシュケースの形へと転じた。
持ち手を掴み、そのままトレーニングルームに入る。
明るい室内には今日も大勢の人間が居た。彼等は私用のトレーニングウェアを身に纏い、入って来た彩斗に気さくに挨拶を送る。
それに対応しながら奥に進むと、打撃音が最も響く模擬戦用のステージに到達。
「や。 どんな感じだい?」
「彩斗さん? また突然ですね」
「まぁね。 今日は社長と話すことがあったから少し遅れてしまったんだ」
鳴滝に語り掛けると、彼女本人以外に奈々とクルスも顔を向ける。
二人は学校指定の運動着を身に纏い、既に多くの汗を流していた。それだけに留まらず、今日も彼等の顔や手には赤い腫れが見て取れる。
そして蓮司はステージ上でアントに投げ飛ばされていた。拳対拳の戦いで懸命に抗い続けたが、アントに与えられた力は人間一人でどうこうできる範囲を逸脱している。
攻撃をしているのは主に蓮司。しかし、結果としては攻撃の悉くを防がれた上でカウンターをもらってダウンしている。
「今日も随分と投げられたみたいだね」
「相変わらずですね。 最近やっと時間も伸びてきているんですが、どうしても有効打と言えるダメージを与えられません。 私も含めて最後には崩されて、それであんな感じに沈みます」
蓮司は投げ飛ばされた状態で荒い息を吐いていた。
立ち上がることはもう無理なのだろう。全身から汗という汗を流し、放置すれば脱水症状に襲われる。
模擬戦の終わりを誰もが覚り、クルスと奈々は迷わず飲み物とタオルを各々持ってステージに駆け込んだ。
アントは逆にステージから出て、彩斗と軽く挨拶を交わす。
詳しい話は後でと視線で会話し、彼も休憩のつもりで近くの椅子に座り込んだ。
「……話は終わったんですか、彩斗さん」
「ああ、もう終わったよ。 今日も元気に鍛錬しているようで、感心だよ蓮司君」
クルスの肩を借りてステージから出て来た蓮司に彩斗は軽く言葉を送る。
実際、蓮司の追い込み具合は随分なものだ。一歩間違えれば大事故に発展しかねず、アントや楓が担当していなければ彩斗も不安だった。
元気なのは良いが、元気過ぎるのも問題だ。そんな不安を隠し、彼の前にアタッシュケースを差し出す。
「今日の鍛錬はこれで終了。 蓮司君には休憩後にこれの調整をお願いするよ」
「これって……」
「修復したFMCだ。 ついでに強化もしてある」
彩斗からの言葉に、蓮司の瞳は光輝いた。




