配信説明会②
「――以上がアラヤシキに備えられた機能の一部になります。 他にも様々な設備を有していますが、全てを説明すると一日は必要となりますのでご了承ください」
ミンがステージの中央で頭を下げる。
片手で小型端末を横に持ち、アラヤシキの3Dデータを空中に投影していた。場所毎に縮尺を変更し、彼女が解り易く説明をしたお蔭でコメント欄で解らないと口にする者は殆ど出ていない。
疑似的な生活エリア。各種生産施設に、急造されたGシリーズを収容する格納庫。
ブリッジや技術開発室まで見せ、されど核心と呼ぶべきエンジン部や超能力関係の部屋は出てきていない。
説明を聞き、それもそうだろうと渡辺社長は内心首肯する。
どんな組織でも見せられぬ部分はあるもの。それが後ろ暗いものであるか、単純に機密情報であるかは組織によって異なる。
技術的な秘匿は危険性の高い物であれば隠して当然。ましてや超能力に関係するのであれば、この配信で態々説明するのは自殺も同然だ。
ミンは強気な口調ではあったが、怒りの一線を踏み越えないようにもしていた。自分が大勢の人間に見られていることを意識し、幾分かセーブしているのだろう。
気遣いの気配を彼は感じ取りつつ、話は進行していく。
東京での振り返り。機体や地下基地の説明。そして突然現れたアラヤシキについてを終え、残るは最大目標。
「――さて、皆様。 ここまで説明をしましたが、私には一つの目標が御座います」
ミンに脇に退き、代わりに再度渡辺社長が中央に移動する。
そしてあたかも夢を持つ少年の如く、声に力を込めて発言した。基地を作り、機体を作り、秘すべきヴェルサスの本拠地を晒す。
それらは全て一つの目的の為に。予め決めていた通りに、渡辺社長は滑らかに言葉を募らせる。
「人の悪意は無くなることはないでしょう。 こうして怪獣の襲撃を受けている今でも、自身の利益のみを追求する者が後を絶ちません。 ――例えば、我が社と共同で何かをしようと接触を図る企業がそうです」
聞いている皆の脳裏に浮かぶのは、一つの企業の終焉だ。
大企業とは言えないまでも名が知れ渡っていた企業は、官僚の一人と共謀してヴェルサスの力を奪おうとしていた。
それを自分の利益の為に使い、莫大な富を築こうとしていたのだ。許されるものではないし、当時発表された時には多くの批判をその企業は受けた。
今では件の企業は完全に倒産している。悪意ある行動を制限されたことで社長やその娘に直接的な被害は来ないが、もしもそれが無ければ誰かが殺していたかもしれない。
「我々の闘争は永遠です。 人が絶滅するまでに怪獣と和解出来れば状況は変わりますが、現状では不可能と言わざるを得ません。 ――故に、世界規模で対策をせねばならないのです。 あらゆる垣根を取り払った、対怪獣組織を」
国の垣根、人種の垣根。もっと言えば、価値観そのものの垣根。
人が壁と感じるものの全て。それらを敢えて無視し、完全なる協同対策組織を作ろうと渡辺社長は宣言する。
当然それは誰もが困難と思うものだ。コメント欄でも厳しい意見が頻発し、風向きも悪い方向へと加速していく。
SNSでの発言も怪しいものが増えた。誰も彼もが無理だと断じ、現実的な意見の数々が巨大な壁となって立ち塞がる。
――――だがそれは、最初から解っていたことだ。
「勿論、これが困難であることは百も承知です。 如何に手を取り合って共に戦おうと言ったところで、皆様には独自の正義がある。 それを歪める行為が正しいとは私も思いません」
世界全土の人間を洗脳すれば、或いは平和は直ぐに訪れるかもしれない。
悪意を抱かず、隣人にも手を伸ばし、誰かが誰かを救おうと奔走する。美しき愛だけが世界を満たし、そうなれば星も介入を止めるだろう。
けれど、それは根本的な解決にならない。何時か洗脳が消えた時、人々はやはり元の争いを引き起こす。
ならばどうすれば人は団結するのか。何を準備しておけば、人は見知らぬ他人と手を結ぼうと思えるのか。
「……純粋な感情だけで人同士が繋がり合うには私達の心は貧しくなり過ぎました。 経済不況が様々な人間に悪影響を及ぼし、上級国民とされる者達は犯罪の事実を握り潰して被害者を不幸に陥れる。 善良であることが悪とされ、悪が善と見做される時代。 現代を表現するならば、正しくこれこそが適当でしょう」
今の時代は暗黒時代と表現しても良い。
不況加速は歯止めが効かず、上層の人間程多くの金を貯め込んで我欲を満たすことに使う。循環の輪は途切れ、犯罪が真に裁かれる機会も減った。
過去の時代を見返せばそんな暗黒時代は度々起きている。為政者が無能であったり、生活に必要な物資が限りなく足りない状況であったり、条件は異なれど大規模な悪化が起きた後には心の損耗が起きていた。
「故に私は、そしてヴェルサスは、皆様を助けます。 その生活を安穏としたものに変える努力を一生続けます。 そうすることが皆様の心の安寧に繋がると考え、私が立ち上げたい組織にも参加者の援助を行います」
皆の心が翳る原因は明白だ。
それと反対の結果を与えれば、必然的に状況は幾分か改善する。完璧な復活は望めなくとも、人類全体の数割にまで及べば十分に社会に貢献したと言えるだろう。
臆さずに言い切った渡辺社長は実に堂々としている。そこに嘘も不安も無く、誇りを胸に高みを目指す挑戦者としての顔をしていた。
成程、その顔は信じられるかもしれない。
成程、それを言える勇気は称賛に値する。
成程、そうまでして組織を作りたいのだろうという強い意志は伝わった。
けれど、けれど、けれど――そんな言葉に皆は裏切られてきたのだ。
詐欺師が騙し、企業が騙り、国家が理想を叶えない。
夢見た世界は常に虚空に消え去るばかり。だから現実に唾を吐く人間が出てきて、誰もが期待を寄せなくなったのだ。
どうせ目の前の男も同じである。耳障りの良い台詞を口にし、自社の商品でも買わせたいのだろう。
辛辣なコメントが加速する。SNSは大炎上に匹敵する勢いで悪意塗れに転じ、流石の蓮司達子供組もこれは不味いと手を交差させて何度も×を作る。
それら全てをレッド達も見ていた。
静かに、ただ静かに。この一回で状況が変わる筈もないだろうと解っていたから、胸に宿る激情は小さなものだ。フローに関しては冷めた気持ちでコメント欄を眺めている。
実績を高らかに宣伝するには機体達の出撃回数が足りていない。フォートレスも立ち上がってまだ五年も経過していない若い会社で、社会的信用度という点では今一つ足りていないのも事実。
ヴェルサスが居るからフォートレスは成り立っている。その認識は根強く、如何に年数を重ねても消え去りはしない。
渡辺社長も子供組の反応で大体の想像は付いている。自分の意見はまったく受け入れられていないだろうと判断し、今回はこれで取り敢えず終了にするかと終わりの言葉を口にし掛け――――
「今少し、時間をもらえるだろうか」
――割り込むバゼルの声に皆が顔を彼に向けた。
言葉少なく、静かに足を一つ前に。顔はかつてない程に真剣味を帯び、遊びではないことを無言で告げている。
予定にはない出来事故に彼を止めることは容易だ。レッドもフローも渡辺社長が指示すれば即座に静止の声を発するだろう。
けれど、レッドはバゼルの顔に内心面白いと感じていた。
「構わない。 喋り過ぎなければな」
「無論だ。 十分はもらおう」
渡辺社長は静かに中央の位置を譲る。何を発するかと皆が視線で問いかけつつ、バゼルはそれら悉くを無視してカメラを見据えた。
「さて諸君。 いや、この言葉は正しくないな。 ――負け犬共、俺の話を聞け」




