将来の選択権
「蓮司さん」
学校。
若干の疲れ顔をしている鳴滝は隣で同様に疲れた顔をしている蓮司に声を掛ける。
掛けられた本人は緩慢な動作で首を鳴滝に向けつつ、鞄に荷物を入れていた。
「その、FMCの修理は終わったんですか?」
「いいや、まだだ。 そもそもあれは個人製作品だから色々とエラーがあったらしい」
二人が疲れた顔をしている理由は単純だ。
先の一件によりヴェルサスから話を聞きたい者は最初よりも倍に増えた。フォートレスには引っ切り無しに取材の電話が訪れ、果ては外で食事を摂っているヴェルサスメンバーに突撃で取材を申し込む者が現れた。
それら全てに対してフォートレスもヴェルサスもNOを突き付け、けれど諦めきれない者達は学校に居る蓮司達に矛先を向けたのである。
最近は鳴りを潜めていた取材班がここぞとばかりに正門に集まり、カメラやマイクを三人に向けて質問をぶつけ続けた。
それが一日二日程度であればまだ我慢も出来たが、十日も経過すれば流石に疲れる。
はっきりと説明は出来ないと語れど、彼等は聞く耳を一切持たないのだ。欲しい情報が出て来るまでは諦めないと毎朝姿を現し、学校側もそれとなく三人に話しても良いのではないかと説得をしていた。
「FMCがあれば空から逃げられるんだがな……。 まぁ、有事の時以外の使用は厳禁だけど」
「あの記者達の行動は明らかな有事だと思います。 護衛を付けても良いと私は思いますよ」
「ははは、そうは言っても俺達三人はあの記者全員を生身で返り討ちに出来る。 特にクルスは生身なら一番強靭だ」
「はい、体育の成績も一番です」
残念ながら彼等三人にはもう護衛は居ない。
彩斗からの指摘、レッドとの特訓。時折御試しとばかりにフローやバゼルが乱入し、彼等は幾つもの死の気配を感じ取った。
敏感になった五感はフォートレスの軍人達の動きを正確に読み取り、逆に圧倒する始末。一社会人としての業務もあるとはいえ、それでも鍛えていた社員達はその事実に戦慄を覚えた。
これがレッドが鍛えた子供達。鳴滝やクルスは最近からだが、それでも凌駕されるとは想定していない。
多対一であればまだ勝てはする。しかし、そもそも一対一で勝てない時点で子供達の実力は他よりも抜きん出ていると証明しているようなもの。
故に護衛は不要だと判断されて今に至るのだ。
奈々も学校には一人で赴き、記者団から回避する為に態々学校側面の壁を登って登校している。
「最近はクラスの連中にも話し掛けられるし、もう面倒臭い……」
「我慢してくださいとしか言えませんよ。 私も我慢しますから」
「いっそ吹っ飛ばしますか、蓮司さん?」
「それが出来たら苦労しないよ、本当」
三人揃って溜息を吐き、彼等はゆっくりと帰路に付いた。
途中で鳴滝と別れ、蓮司とクルスは家の前にあるポストの蓋を開ける。中からは大量の封筒が現れ、開けられた衝撃で幾つかが地面に落ちた。
拾い上げ、差出人を見る。どれもこれも見知らぬ住所と名前が書かれ、封筒を一つ開けてみると三つ折りの紙が出て来た。
内容は応援だ。
今後激化する戦いに自分は何も出来ず、こうして応援することしか出来ない。
それが口惜しく、せめてこうして応援させてくれ。迷惑かもしれないが、それでも気持ちだけでも受け取ってはくれないかと。
「封筒は幾つある?」
「三十枚はありますね。 今日も山盛りです」
「……取り敢えず家に入るか」
ただいまと口にしながらリビングに向かうと、そこには二人を見つめる母親が居た。
机には幾つか開かれた封筒が存在し、母親の手にも一枚の紙が握られている。
あの一件以降、蓮司の家には大量の手紙が届くようになった。最初は報道局や新聞社が親達に相談を持ち掛けてきたのかと警戒していたのだが、実際はその殆どがエールだったのである。
今や蓮司も英雄扱いだ。直接的に力を持った彼は実際に京都で戦ったし、その前にも幾つか戦闘をしていた。
その時の映像がお茶の間に流れ、日本人の誇りだと紹介されたのである。明らかに政府側が株を上げようとした行為だったが、人々も挙って彼を誇るべき人間と讃えた。
「凄いわね、もうアイドルなんか目じゃないわよ」
「母さん。 あれはただの誘導だからね? 政府が批判されたくないからって許可も取らずに勝手に株上げをしているんだよ」
「ですが、蓮司様が努力していたのは事実です。 戦果も出しましたし、讃えられることは間違いではないと思います」
「止してくれ。 ……俺は自分一人で全部解決出来たとは思っちゃいない」
女性陣二人の手放しの称賛に、しかし蓮司は複雑な表情を浮かべる。
実際、全てを自分一人で解決した訳ではない。寧ろ彼は一戦闘員として活動しただけで、それ以外の全てを別の者達が担当していた。
そして、そちらの方が重要であるのは事実だ。戦いで勝つことは当然で、後始末の方が余程大変である。
それに彼の脳裏には少し前の敗北があった。
尾を引く程ではないものの、後をレッドに任せる形となったのは悔しい結果だ。あの瞬間にFMC側で防御をしてしまったことも後悔の対象である。
右腕ではなく左腕で受ければまだ戦う機会はあった。
選択ミスは戦場では許されないものであり、少なくとも彼はまだ胸を張ってレッドの背中が見えたとは思っていない。
修理には時間が掛かるとチャットでフローからは伝えられてある。ソフトウェアのチェックに、本体強度の上昇、バッテリーの増加と見直すべき部分は多く、その全てが終えた時にはFMCの性能は大幅に上昇すると教えられた。
「あんまりその手の手紙を真に受けないでくれ。 ――俺はもっともっと強くなりたいんだからさ」
蓮司の強い言葉に母親は微笑む。
一年前の暗い顔はそこにはない。虐められていたと知ったのは随分遅れた後だが、その当時から蓮司は前を向こうとしていた。
今ではヴェルサスのメンバーと共に怪獣を撃破し始め、フォートレスから送られる戦果情報に夫と共に喜んだ。
勿論心配の念も絶えはしない。何時死ぬとも知れぬ世界に居るのだから、怪獣が出て来る度に母親も父親も子供達の無事を祈っている。
夢を追う子供を邪魔したくはない。親が抑え付けて屈折させてしまうくらいなら、そのまま突き進んでくれ。
夢破れてしまうかもしれない。死んでしまうかもしれない。嘆き悲しむ結果になったとしても、彼等の選択を止める権利は本人以外には無いのだから。
リビングに着信音が鳴る。蓮司は端末をポケットから取り出し、送られてきたチャット文を読み進めた。
顔はどんどんと真剣なものになっていき、最後まで読んだ段階で鳴滝に顔を向ける。
「怪獣出現だ。 場所はハワイ近海に三体。 これから迎えにメンバーの誰かが来る」
「ッ、急いで準備します!」
怪獣は此方の都合など関係無いということだろう。
疲労は蓄積されているものの、彼等に向かわないという選択は無い。メンバーが来るまでの間に私服に着替え、更に蓮司は自費で購入したパーカー擬きを身に付ける。
クルスも白い方を羽織り、一斉に外に飛び出した。
外にはメンバーの姿は無い。まだ発見されたばかりで大騒ぎとなっている最中なのだろう。
今の内にと奈々にも連絡を入れ、数分後には空からモザンと楓が降ってきた。
高高度からの落下にも関わらず彼等は無傷のまま着地し、二人を視界に収めて互いに顔を頷き合う。
アントは別れ、楓が二人を片腕ずつで腰に抱えた。
足に力を入れて宙を動く。恐るべきは楓の移動方法だ。何も無い場所を蹴ると身体は前に進み、蹴る度に速度が上昇している。
足場も無しに前へと進むなど不可能だ。一体どうやってと疑問に思っていると、上から楓が言葉を投げ掛けた。
「アントが奈々さんを迎えに行っています。 既にフォートレスは戦闘体勢に入り、各パイロット達も機体に乗り込み中。 万が一を考え、能力資質の高い蓮司さん達も準備をしておいてください」
「了解しました。 奈々はこのままフォートレス本社に?」
「まだパイロットが足りない状況ではないですからね。 先に情報発信をお願いさせます」
音速に至らない程度の速度で彼女は急ぐ。
この前よりも遥かに短い間隔で敵は現れた。ならば、今後学校に行き続けることも難しくなるだろう。
漠然とした不安が胸を掠める。それは直ぐに風に流されるように消えていったが、どうにも心中に残り続けているような気がした。




