いざ、二泊三日のバカンスに!
夏も本番も七月。
うだるような暑さが訪れ、容赦も無く人肌を焼いていく。殆どの者達は屋内のクーラーが効いた部屋へと避難し、猛暑の季節を何とかやり過ごしていた。
そんな中で、ちらほらと目立つ格好の者が世間に見え始める。
季節外れの黒パーカー姿の集団。纏まっている訳ではないが、東京でも千葉でも多く散見するようになれば嫌でも目立つ。
それはフォートレスが現在販売している温度調節機能を持ったヴェルサス風のパーカーだった。
夏でも冬でも問題無く過ごすことが出来るパーカーは、着ているだけで猛暑の中を悠々と歩くことが出来る。
フードを被れば汗を流すことも無しに外を歩き回ることが可能で、故にニュース番組でもこの服は話題の種としてお茶の間に流れた。
見た目は少々暗いし、不審者感は否めない。お洒落には相応しくなく、謂わば機能だけを有した服だ。
色違いも販売されはしたものの、別色は白。これもヴェルサスの制服をモチーフにしたものであり、コスプレ界隈では特にこの色を求められていた。
「すっごい。 あれ売れてるんだね」
「話題の最先端、だそうですから。 多少恰好に怪しさはあっても、これがそういうものだと解っていれば誰も気にしません。 それに、ファッション界隈があの服で似合う物を模索しているようですよ」
フォートレス前の正門で、奈々と鳴滝は普段とは異なる装いで人を待っている。
今回の無人島への実験については機体完成とほぼ同時期に説明され、子供組は安全性を鑑みて参加出来ないことになった。
とはいえ、それでは子供組は納得出来ない。せめて見ることくらいはと考え、それを言う前に渡辺社長より無人島への社員旅行に誘われた。
鳴滝はアルバイトの身分とはいえ、会社に所属はしている。本来社員旅行とは文字通り社員相当の人間達が親睦を深める目的で用意されているのだが、彼女の功績は下手な社員よりも大きい。
フォートレスの始まりは紛れもなく彼女だ。
アルバイトであっても軽視をしてはならない。そして奈々や蓮司はヴェルサス所属であるし、クルスも将来はヴェルサスに入る可能性は十分にあった。
今の内に他の人間と関係を深めようと彼等が参加したとして誰が不信がるだろうか。
二泊三日の旅行中、最終的に出された実験日は三日目だ。
他国からの監視の目を逃れる為、今回の行事はあくまでも社員旅行という体で進ませようと限界まで遊ぶことを選んでいる。
態と子供組の恰好も普段よりも遊びの入った物にし、奈々は太腿辺りまでを覆うジーンズに橙のTシャツ、白のワイシャツ姿である。鳴滝もベージュのチノパンに薄い青のブラウスを纏い、二人は共に旅行用のボストンバッグを片手で持っていた。
「そういえば蓮司さんとは一緒ではないのですね」
「あー、兄貴はクルスさんの面倒見てるから。 朝もちょっとお母さんと騒いでたし、巻き込まれる前に先に出たの」
「ははは……成程」
鳴滝には容易に想像出来る光景に、思わず苦笑が零れる。
助けたのは彼だから、きっと責任感でクルスに手助けをしているのだろう。旅行とて彼女はきっと初めてだろうし、道具を一から揃えるだけでも手間だ。
特に女性用の物となれば、彼では手が出せない。母親が巻き込まれるのも必然と言えた。
――と、彼女達の近くで足音が聞こえる。
振り返ると、そこには二人の男女。ロングの茶髪をそのままに、黒のすっきりとしたワンピースに暗色系の緑の上着を纏っている。
暗めの服を選んだことで白い肌が強調され、艶やかな髪と合わせて夜会の女を彷彿とさせた。
「うわ、すっごい綺麗」
「貴方のお母様が決めたのでしょうね。 非常に似合っていますよ」
「――すまんな、待たせた」
蓮司はチャコールのカーゴパンツに白シャツ。更に薄手の黒ワイシャツを羽織っている。
そこにはお洒落をしたような気配が無く、常と同じものを適当に選んだのだろう。
気遣う必要がないと判断したのか、クルスに時間を取られ過ぎたのか。鳴滝は後者だろうなと思いつつ、その着飾らない姿に好感を覚えた。
ここで女の目を気にする恰好を選択したのであれば、きっと彼女は少々の落胆を感じたことだろう。
彼が女とのあれこれを求める質ではないと知ってはいるが、無意識でそうしないとも限らなかったのだから。
「時間はまだ余っているから大丈夫だよ。 他の人も休憩室とかで待ってるし」
「そうか、なら良かった。 じゃあ彩斗さんの所に行こうか」
蓮司の声と共に全員で正門を潜る。
道中でクルスの服装を褒めつつ、照れる彼女の姿に一同は胸を暖かくさせていた。
初心な反応は見ているだけで心が安らぐもの。普段から人の醜悪な部分を見ているからこそ、暖まる一時は大事だ。
休憩室への道を避けるように進み、上階の居住スペースに足を運ぶ。
奥まった場所にあるヴェルサスメンバーの部屋をノックすると、直ぐに扉は開かれた。
「お、来たね来たね。 皆で待ってたよ!」
「おはようございます。 そちらはもう全員?」
「早朝からね。 今はリビングでお茶してたところ」
モザンの明るい声を聞きつつ、皆で入る。
短い期間ではあるが、彼女の部屋は既に見慣れたものだ。何処にどんなものがあるかも把握してしまった現在、女の部屋に訪れる事実に羞恥心は無い。
そもそも彼女の部屋は女の部屋ではないのだから羞恥心など感じる筈もなく、リビングの机で茶を啜っている彩斗とイブを皆は視界で捉えた。
二人の恰好は普段のもので、新鮮さはない。
彩斗は黒服であるし、イブは最初に会った頃と一緒の改造制服じみたものだ。
「まさかイブさんが来るとは思いませんでしたよ。 モザンさんは予想通りでしたが」
「まぁ、彼女は子供のような性格だからな。 遊びに出れる機会があれば逃さんだろうよ」
「誰が子供だ誰が」
蓮司の素直な言葉にイブは片方の口の端を歪めて告げる。
その内容にモザンがツッコみを入れるものの、裏表無く一番子供っぽいのはモザンだ。他の面々はフォートレスで待機であり、この旅行に付き合うつもりは皆無。
イブは彼が傍に居るから付いて行くだけであって、そうでなければこの旅行に態々付いて行こうなどと考えてはいなかった。
だが、それを今目の前で言う訳にはいかない。取り繕った理由として、事前に実験の情報管理を彼女が担うことになっている。
「おや、レッド達に泣きついたのは何処のどいつだったかな。 確り休みをあげていたというのに、報酬を支払うべきだと旅行に行く許諾を半ば無理に取ったのは」
「結構盛ったね!? 僕そこまで酷い姿は晒してないよ!」
「モザンさん……」
「ちょっと! 可哀想なものを見る目をしないでよ!!」
今この場において、イブの言葉の方が説得力としては強い。
確かにモザンが参加する予定は無かった。レッドこと彩斗も呆れた態度で許可を出し、澪を少しは困らせもした。
イブ本人にとって、あまり二人に無理な要求を通らせる真似はさせたくない。そこから破綻が生まれた場合を考え、防ぐ手間を想像したからだ。
だからこれは、所謂彼女なりの意地悪である。あまり馬鹿な要求をするようであれば、これよりも酷くなるぞと彼女は暗に言っているのだ。
そして、その意図を汲めない彼女ではない。
半目を向けながらも、その顔には怒りはなかった。
確かに建造中には休む時間はあったし、何ならそちらの方が多かった。この旅行を所望したのも純粋に海で遊ぶ感覚を味わいたかっただけであるし、二人が駄目だと強く言えば潔く諦めもした。
「ほらほら、もう喧嘩は止してください。 あんまり騒ぎ続けるようですと――置いて行きますよ?」
「アイサー!」
けれど、二人は苦笑をするだけで許可を出している。
ならば何を言われようとも文句は無い。彼女は前向きにそう判断し、何かを言う前に彩斗によって強制的に黙らされた。
恐る恐る彼の顔を見て、頬をひくつかせる。神父が如き優しい笑みには、得も言われぬ圧が静かに流れていた。




