騒動前々日
一般社員達の移動は主にバスと船だ。
一から作るのではなく他社からレンタルし、ヴェルサスとフォートレスがチェックして使用に耐えうると御墨付が付いている。
盗聴器や隠しカメラ、爆弾といった類は皆無だ。外からの襲撃に備え、周囲に露見しないようカモフラージュした装甲板が付いている。
見かけは普通の専用バスだ。故に周りからも注目を受けず、船がある地点にまで無事に到着することが出来た。
「それにしても、港の一部を借りるって……」
船まで徒歩で向かいつつ、鳴滝が呟く。
そういったサービスがあっても不思議ではないが、港の一部を借りるだけでも様々な許可が必要だ。日本であればその許可を取る為に長い時間が掛かってしまう。
仮に実験機の完成前から交渉をしたとして、こんなタイミング良くは準備出来なかっただろう。
だが、その疑問に対しては傍で付添人をしている彩斗が答えた。
「今は何処にも旅行しようと思う人が居ません。 同時に、海が危険であると報道されたことで漁業も制限されています。 なので港は何処も暇なんですよ」
「だからそれを利用して?」
「ええ。 勿論多額の使用料もありましたが、交渉の段階で彼等は快く承諾してくれました。 誰だってこのままでは餓死すると解っていましたからね」
如何に怪獣を倒したとて、新しい怪獣が再度姿を見せる。
出現場所は基本的には海か地中。地中に関してはどうしようもないが、海であれば少なくとも遠ざかることは出来る。
よって、船を利用した旅行客は昨年と比較してあまりにも低下した。政府からも漁業の制限を受け、海に出ている人間は近年の中では最も少ないだろう。
今や漁業組合は瀕死だ。後一押しすれば、海を管理する者達が死にかねない。
だからこそ、此処でフォートレスが港の一部を借りたいと電話が来た時、彼等は九死に一生を得た気持ちだったろう。
多額の使用料もあったことで交渉は交渉としての形を成さず、双方が納得する状態でスムーズに話は終わった。
そこに誰かが介入する余地は無く、例え横槍が入っても相手側は拒絶した筈だ。
折角上手く回ったのに、それを邪魔される訳にはいかない。トップを含め、この件は口外しないことを社員達に言い含めてある。
だからか、彩斗は自身が視認する限りにおいて異常は一切見当たらない。
他のメンバーの目から見ても異常らしい異常は確認されず、手を出されずに船は無事な状態でそこにあった。
未だ監視の目は何処かにあるだろう。
国外からも潜水艦に潜んで監視している可能性はある。妨害ではなく監視に留めたのは、無人島で起きる出来事を彼等は見たいからだ。
そこで何が起きるかを知り、突破口としたい。
少しでもヴェルサスの技術を多く手にしたいが故に、彼等も慎重に事を進めることを決めていた。
そんなことを知りもしない面々は、期待に胸を膨らませて船に乗る。
目的の無人島までは約三時間は掛かるとのことで、その間は自由活動を是としていた。
付添人である彩斗もこの時ばかりは自由だ。
事前に入ってはならない場所を説明した後、彼はその足で船上で海を見ているモザンとイブの下へ向かった。
「どうですか、調子は」
「大丈夫! ちょっと遅いなって感じはするけど、それ以外は概ね楽しいよ。 さっき軽くナンパされたけどね」
「私もだ。 この体型で誘ってくるなど変態にしか思えないな」
二人の言葉に彩斗は苦笑する。
確かにモザンと比較して、イブの身体は幼い。中学生程度のボディに欲情する人間も一定層は存在するが、やはりそんな女性に欲情する人間は変態というレッテルを貼られてしまう。
甲板部分には無数の人間が居る。今後も付き合いが多いだろう社員達に見られてでもナンパをするというのは、ある種勇気が居る筈だ。
だが、その気持ちは男である彩斗には解る。
彼女達に自覚はあるかどうかは兎も角、二人の見た目は高嶺の花だ。
方向性は異なれども、付き合えれば生涯の自慢話とすることも不可能ではない。
結婚までいければ最早人生の勝ち組だ。浮気の恐怖に怯える必要はあれど、仕事には身が入るに違いない。
モザンもイブも、自分の役割には従順だ。そうなるように設定されているのもあるが、彼女達は自分の存在理由を理解している。
舞台役者、物語の華――神の玩具。
使って使って使い続け、壊れてしまうまで踊り続ける。彩斗にその意思は無いにせよ、澪はその目的で彼女達を作り上げた。
仮に結婚しろと言われれば、彼女達は結婚するだろう。献身的な振舞いで旦那に理解を示す、理想通りの妻を演じることも二人であれば容易だ。
だが、澪はそれをしない。そうする必要が無いのもあるが、第一に彩斗が嫌悪しているからである。
幸福では無い結婚に何の意味があるだろうか。
幸福に浸っていたいからこそ彩斗は動いているのだ。そんな男が、女の本心を無視した結婚に肯定的になる筈もない。
「……しつこいようでしたら、此方で対処しますよ」
「おお、怖い怖い。 大丈夫だよ、自分達で対処出来ることは彩斗さんなら知っているでしょ?」
「最悪処刑だ。 なに、海に沈めれば生きて帰ることも出来まい」
「物騒な真似は勘弁してくださいよ。 穏便でいてくださいとまでは言いませんが」
思わず噴出する怒りに、女二人がやんわりと止める。
その内心は焦りだ。目の前の男が本気を出せば、シナリオなど簡単に歪む。澪にまで彼の怒りが伝播すれば、最早どうしようもない程に事態は変化を見せるだろう。
直ぐにその怒りも露散し、笑顔の質も暗いものから元に戻る。
ヴェルサスが友好的であらねばならないのは大事だが、だからといって悪人相手にまで忖度をする必要は無い。
悪には悪を。刃を向けるのであれば、その手に銃を持って襲撃を掛けるのが彼等だ。
フォートレスがメンバーにとって悪になるのであれば、彩斗は容赦しない。
そのスタンスを忘れないからこそ、メンバー達も彼には不安を抱かないままだ。
最強は常に不変。己が求める狂気の舞台を求め、あらゆる人間も道具も利用し尽くす。
二人の目から見ても、彩斗は異常者だ。それは変わらぬ認識で、けれどそんな彼にこそ二人は安心と好意を抱いている。
変わることが決して良いことになるとは限らない。変わったからこそ悪くなるような事態も当然ある。
ならば変わらないままで居てくれ。我等の主として、誕生の父として――偉大なる救世主よ、どうか御身に尽くさせてはくれないか。
海は穏やかなまま、船は着実に無人島に向かう。
その上を不可視の物体が三機通過した。僅かな駆動音一つ立てることもせず、実験場へと急速に進んでいる。
船が到着する頃には機体は隠されていることだろう。無人島内にある侵入禁止エリアの森に隠し、パイロット達は別の場所で休息を取る。
暫くは会えないものの、最終日には僅かに会話をする機会もあるだろう。当日の騒ぎを想像し、彩斗は無人島がある方向に静かに顔を動かす。
『水龍は完成したよ。 今はそちらに向かわせている最中』
『解った。 監視している奴等はどうだ』
『全部で四国。 二つは潜水艦で、もう二つは近くの島に隠れているよ。 向こうは向こうで近くに別の国の人間が居ると察知しているみたいだから、そっちで警戒し合ってる』
『なんだそりゃ。 ……まぁ良い。 それじゃ、この後も予定通りに』
『OK。 ――それと、アラヤシキ用の人員も何人か出来たから会ってあげてね』
『早いな。 流石は澪』
脳内で澪の声が響く。新たな報告は、彩斗という人間の歓喜を容易く引き出した。




