環境の激変と虐げられる女王
学校と呼ぶべき場所は、本来学業を受ける為に用意されている。
その内容、その規模。全ては将来有望な者を生み出して輩出し、社会に貢献することが求められていた。
教え教えられる以上、そこには人間関係が深く関与する。
彼等との関係が後々にまで影響することも多々存在し、教育機関内は小規模な社会であると表現しても良いだろう。
能力に優れた者や、親達の資金能力によって他者を従わせる者。勝ち組は総じてそれに相応しい魅力を有し、社会における富裕層に位置付けられている。
蓮司の居る学校には、以前まで全てを支配するような圧倒的な勝ち組が居た。
誰も彼女の命令には逆らえず、幾多もの男を美貌と金で従え、人生の格差を感じさせる役割を担っていたと言えるだろう。
高校在学期間は成績不審者でなければ三年。よって、同時期に入学した者達はこの三年を良いものとはならないだろうと考えていた。
けれども、その予想は今正に崩れ落ちている。
真木・陽子の会社は倒産が確定した。父親は会社の整理に奔走し、人々は次の就職先へと動き出している。
「……どうします? あれ」
鳴滝が僅かに視線を向け、次いでその目を昼食を食べる蓮司に向ける。
クルスは視線で問いかけ続けているようで、無言のまま彼が口に出すのを待ち続けていた。
二人の視線を受け、蓮司は目をそっと机の一角に向ける。
そこには、ボロボロな姿を晒す真木の姿があった。机には刃物を用いて罵倒が刻まれ、花が入った花瓶が机の隅に置かれている。
椅子は登校時には無くなっていて、現在彼女が使っている椅子は真新しい。
髪は登校までの間にペットボトルでも投げ付けられたのだろうか。濡れた髪はそのままで、その様をクラス内の女子生徒が嘲笑している。
周りに群れていた者も遠巻きに彼女を見るだけだ。助けるつもりは皆無のようで、寧ろ我が身を守ることを優先している。
「こうなった以上、アイツがああなるのは想像していた。 俺達が態々助ける義理はない」
「それはそうですが……」
「クルス。 もしもあのまま放置したとして、アイツは過激な方法で俺と既成事実を作ろうとした筈だ。 それで事態を重くさせて、あの人達に余計な負担を与えていたら――――それを知った上で許せと?」
「……ごめんなさい」
蓮司の口調は厳しい。
普段は優しく語る声には怒りが宿り、その声を聞いてしまえばクルスでも黙らざるをえなかった。そもそも、クルスにとっては外野の話だ。
同じ家で暮らす者同士であったとしても、彼女にはこの問題に割り込む資格が無い。
真木・陽子の人生は――少なくとも学生生活は終わりだ。手を差し伸べれば、今度は彼女を敵視する集団を敵に回すことになる。
この学校は彼女が生活的に死ぬことで漸く穏やかになるのだ。その邪魔を蓮司が積極的にする訳にはいかなかった。
「クルス。 世の中には許しちゃいけない奴も居る。 お前は自分を実験した博士達を許せるか?」
「……許せはしません」
「それが俺にとってアイツだったというだけの話だ。 だから、これでこの話はお終いなんだよ」
クルスの脳裏に映る博士達は、皆総じて厭らしい顔を隠しもしなかった。
好き放題に身体を弄り、尊厳を奪い去り、そんな彼等に憎悪を覚えなかったことはない。殺せるチャンスがあれば絶対に殺すと胸に秘め、しかし結局それは達成されずに終わった。
件の博士達はもう生きてはいないかもしれない。表では逮捕されたことになっているが、ヴェルサスではより詳細な情報を得ている。
余計な口を開ける前に既に何人も銃殺刑に処されていた。その中には全員とは言わないまでも博士達の名前が並び、悉く彼等は死出の旅に出ている。
蓮司にとって真木がその対象であるのなら、成程確かに口を出すべきではない。
クルスは初めて虐めの現場を目にしたのだ。正義感のある者であれば、助けたいと考えるのも不思議ではない。
それを諫めるのも蓮司の役割だ。彼女は実験をされていた分だけ感性に狂いが生じているのだから、駄目なことは駄目だと言わねば心の赴くままに行動してしまう。
「そっちに気を取られるよりも、鳴滝。 解るか?」
「はい。 ……見られていますね」
注目を集めていること自体は何時ものことだ。
それでも敢えて彼が尋ねたのは、その視線にこれまでとは異なるものを感じたからである。鳴滝も周囲の目が変わったことは理解していて、真剣な表情で首を縦に振った。
恐らくは、と彼は推測を口にする。
真木という一番刺激してはならない存在が格下となったことで、他の生徒達はある種の自由を手に入れた。これまで出来なかったこともこれからは出来るようになり、より学生生活を謳歌出来る筈だ。
ならば、自由な彼等が先ず最初にするのは何か。この情勢が変化した小さな社会の中で、残りの生活を豊かなものとするにはどうすれば良いのか。
それがこの視線の意味ではないかと彼は考えたのである。つまりは、新たな主と仲良くなろうと画策している訳だ。
一人では人は生きていけない。これは大前提であり、今更否定すべきところはない。
そして同時に、人は群れねば安心出来ない種族でもある。共生して初めて人は大事を成せるのであり、先頭を進む者や先を示す者に人は集まるのだ。
日本を守っている蓮司達であれば、その資格は十分にあると考えられても不思議ではない。英雄は民衆によって誕生するものだ。
「話しかけられても素っ気無く返せ。 どうせ連中の目的なんて知れている。 暴力に出られても今の俺達なら十分に返すことも出来るだろ」
「こっちでも緊張感を持つのですか? ……学校とは大変なんですね」
「いえ、本当はここまで気を張る必要は無いですよ」
三人共に溜息が出た。
何時から学校とは気を遣う場所になったのだろう。世界唯一の組織に所属しているだけで、別に蓮司達には強い特権がある訳でもない。
給料そのものは良いが、言ってしまえばそこだけだ。遣り甲斐を感じないのであれば、あそこで戦い続けるのは苦痛でしかないだろう。
皆、ヴェルサスの一側面しか理解していないのだ。良い面だけを見て、そんな組織に所属している者達を羨んでいる。
厳しい現実に目を向けているのは、この学校の中だけで果たして何人居るのだろう。
「――皆、欲望に塗れているだけか」
鳴滝の小さな呟きは、酷く落胆と失望に染められていた。
こんな場所でも醜い側面は出てきてしまう。否、未だ幼い感性を持っている者達だからこそ容易く見たくないものを見せ付けてくる。
ヴェルサスの努力に一体どれだけの意味があるのだろう。フォートレスの思想に、素直に素晴らしいと褒め称える組織は一体幾ら居るのか。
世界は危機に瀕している。この数ヶ月は出現していないとはいえ、半年も経過していない現状では何時出てきても不思議はない。
実際、ヴェルサスは活動中の怪獣を既に発見している。今はまだ人里から離れた位置で活動しているとのことだが、それも何時まで続けられるのか。
怪獣を探している国は多い。発見次第即座に攻撃とならずも、情報を素直に全世界に通達するとは思えなかった。
皆が利権を求めている。皆がトップを望んでいる。誰もが豊かな暮らしを目指し、欲望に塗れた同族殺しに勤しんでいる。
何たる邪悪だろう。生物の中には共食いをする者も居るが、それらは生きる為に本能的にすることだ。
決して、理性的に他者を殺す訳ではない。
「時々思うんです。 ヴェルサスの活動が、人類に良い未来を与えるのかって」
「それは……俺も時々思うことだ。 怪獣を倒し続けても全滅はしない。 根本を何とかしない限りはきっとどうにもならないんだろうさ」
ヴェルサスは怪獣を倒す組織だ。人の過ちを指摘して、改善させる組織ではない。
その違いが、二人の中で迷いを生じさせた。




