死の宣告
――また面倒な奴等が舞い込んで来た。
それが彩斗と澪の正直な感想だ。本日もロボットの製作を行う為に秘密裏に他のメンバーと格納庫の製作に入っていたのだが、彩斗だけは抜けることになってしまった。
土曜日の今日も工場の騒音が響いている。大量に自動生産が可能となった現在、ついに生産数の方が供給率を上回った。
依然として需要はあるとのことだが、生産は近い内に停止させた方が安定して次の商品に乗り出すことが出来るだろう。
次の商品はテスト販売したパーカーと、発電機付き多機能ライトの二種。
怪獣への脅威によって災害用の商品は飛ぶように売れ、その流れはアウトドア向けの商品にまで及んでいる。
少し前までであればマイナーであった非常食も、今では一家に一つ以上は必ず常備されているとテレビは報道している。
パーカーの温度調節機能や高速発電を可能とした多数の機能を備えるライトであれば、最初のバッテリー同様に多くが売れるのではないかとフォートレスは考えていた。
勿論、その次の商品案も企画されている。二つが見事売れたのであれば、次々に彼等の会社は製作を続けていく。
そして、そんな製作によって工場内に騒音が起き続けているからこそ、格納庫を作る際の騒音も隠れる。
なるべく早めに完成させたい身として、邪魔が入るのは心底不快だった。
故に、彩斗は胸に小さくない苛立ちを持ちながらパーカーを纏ってレッドになる。フォートレスへと一直線に飛んで行き、屋上で着地した彼はそのまま内部へと入った。
約束の時間は昼。五分前に社長室に集合していれば良いと告げてあるものの、彼が部屋前に到着した三十分前には全員の姿がそこにあった。
「あ、レッドさん……」
「早いな。 さっさと入るぞ」
蓮司の緊張の声に軽く答え、レッドはノブを回して挨拶もせずに入室する。
マスクは入室前に内部の状況を事細かく伝えていた。既に社長室では二人が待機しており、入ってきた者達に微笑みを向けながら迎え入れる。
片方はこの部屋の主である渡辺。そしてもう一人は、急遽の参加を命令された斉藤だ。
斉藤の方は僅かに疲れが滲んでいるようで、目の下に濃い隈を作っている。
明らかに睡眠不足であり、この日まで出来る限り情報を収集したのだろう。それがどれだけの密度であれ、レッドが悪く言うつもりは一切無い。
「皆早いな。 ……いや、それだけ緊急だと思っているということか」
「確定情報ばかりではないですが、確率の高い推測を口にしてしまった以上は俺達も急ぎます」
「そうだな。 我々としても予定を少しばかり後回しにしなければならなくなった。 ――まったく、どうしてくれようか」
微笑みのまま放たれる圧は嘗て指揮官だった頃のものだ。
直属の上官だった鳴滝は無意識で姿勢を正し、他の子供達も恐ろしさでぎこちなく姿勢を改める。
渡辺社長は今、明らかに激昂していた。
周囲に放たれる威圧に優し気なものは微塵も残らず、それが本気であるのが手に取るように理解出来てしまう。
楽しみで楽しみで仕様がなかったロボット開発。それを止めるのは彼にとって苦痛で、しかし状況を考えれば停止させなければリソースが足りなくなる可能性がある。
憤懣やるかたないのは仕方無いだろう。その怒りは彩斗自身持っている者で、同時に斉藤が酷く疲れている理由についても察することが出来てしまう。
この怒りに当てられて必死になって情報を探ったのだ。きっと大した情報でなければクビになるかもしれないと焦りも抱いていたに違いない。
それは間違いであるが、もしかすると間違いではないかもしれない。
気分次第で切り捨てることはしないとしても、本当に必死にならねばならぬ瞬間に死ぬ気になれない者をヴェルサスもフォートレスも受け入れない。
「兎に角、先ずは情報の精査だ。 ……斉藤、どれだけ集まった」
「ざっと内部情報について幾つかってところですね。 ちょっと強引な手段にも出ましたが、足を残してはいませんよ」
「当然だ。 そうでなければ早々に切り捨てている」
「怖い話ですね。 では、答え合わせをしましょう」
最初の報告の段階で蓮司達が話すべきことは全て話してある。
早速斉藤は手に持っていた紙束を各々に渡していく。表紙には調査報告書という文字が黒く書かれ、一枚捲ると詳細な情報が端から端までを埋め尽くす勢いで記載されている。
整理するまでの時間は流石に無かったのだろう。少々読み辛いものの、それでも集中して読んでいけば内容は理解出来る。
「経営が傾いていたのは事実のようです。 昨年末に起きた怪獣と空我の戦闘以降、極端に売り上げは落ちています」
「原因はやはり空我の敗北だろうな。 ああまであっさり倒されてしまえば折角の税金が無駄になったと市民は思うだろう。 出資者が居た所為で空我開発が加速したのも事実であるし、関係者が口を開ければ情報が広がるのも一瞬だ」
「今では空我は人目の無い深夜に稼働し、陽が出ている間は簡易な倉庫に押し込まれているようです。 整備士の数も少なく、冷遇が酷いことも把握しています」
「栄枯必衰……というには早過ぎる終わりだな」
少々の悲嘆を込めた渡辺社長の溜息は、嘗て空我を指揮していたが故だ。
初めてそれが出て来た時は人類の将来について多少なりとて考えたが、今となってはどうしてそのようなことを考えていたのか彼には解らない。
どう見たとて、空我では怪獣に勝てないのだ。その事実に最初から気付いていれば、恐らく取れる手段は他にあったろう。
今では開発者の一人である矢部とも連絡は取れない。彼だけは軍に残って空我の末路をその目で見ているのだろうが、こんな様ではきっと明るい顔はしていない筈だ。
「そして一月ですね。 販売利益が落ちたり上がったりを繰り返していますが、月末に支出額が極端に増えています」
「資料だと福利厚生費と書かれているが、まぁ十中八九違うだろうな」
「はい。 相手は不明ですが、その日に会社の役員達が宴席を用意しています」
相手が誰であるか、何処の組織の人間であるか。
その部分についてまでは判明していないが、状況的に対象は絞られる。これで蓮司達が語った内容が憶測ではなく、半ば確信にまで到達した。
蓮司自身もやはりといった顔だ。社長を生贄に捧げ、役員達の誰かを新たな社長に据えて利益を手に入れようとしている。
真木の家族達がどのような末路を辿るのかなどどうでも良いのだ。それは此方側も同じであるが、それでもこうまで残酷に切り捨てはしない。
率直に言って真木が地獄の責め苦に合っても構いはしないのだ。虐めの主犯格であった彼女に彼は慈悲を掛けないし、死んでくれた方がいっそ清々するかもしれない。
それでも、個人の問題の域を超えるのであれば話は別だ。
会社に影響を与える以上、蓮司だけで全てを決定することは出来ない。寧ろこの場合、最終的な決定権を有しているのはレッドだ。
彼が決めたことが、そのまま真木達の末路になる。
「情報収集を続けろ。 重視すべきは当日の宴席の場に居た面々だ。 ――少年、例の娘に連絡を取れるか」
「え? ……っと、流石に連絡先は交換していません。 休日明けであれば学校で会えると思いますが」
「それならこう伝えておけ。 ――レッドがお前に会うと」
レッドが会う。
その言葉にどれだけの意味があるかを、彼はよく知っている。
間接的に彼と彼女は会話をしたことがあるが、実際に会ってはいない。会うに足りる人間性を有していなかったのだから当然だが、それがこうして変わった以上は顔を合わせて会話をするだけの価値はあると判断したのだろう。
ならば、その邪魔をしてはならない。彼の下した結果を、蓮司は素直に飲み下すだけだ。――例えそれが、どれだけ不服なものになっても。




