子供会議
「厄介なことになった」
放課後、蓮司は護衛を帰らせた奈々を含めて四人でファミレスに寄る。
食事を摂らず、注文は全て飲み物やデザートばかり。学生特有の姿ではあるものの、この四人でファミレスに寄る機会は思いの外少なかった。
蓮司自身もファミレスに個人で寄った回数は片手で数える程だ。ましてや学校に共に登校している者達となれば、初めてと言っても過言ではない。
集められた子供組は総じて彼に視線を向けている。
真剣な蓮司の顔というのは比較的見慣れたものであるが、それでも内容は常に子供の手に余るものばかり。
大人を、もっと言えばヴェルサスの手を借りねば解決出来ない物事ばかりが蓮司の口にする厄介なことだ。
故に、今回もその手の類だと思っていた。最初に子供組に情報を共有しようとしているのは、一緒に各所に連絡をしてほしいからだ。
クルスはオマケであるが、鳴滝はフォートレスに連絡してもらうことが出来る。
奈々は家族に伝えてもらい、蓮司はヴェルサスに連絡するつもりだ。一度に全員に伝えることが出来れば、情報の齟齬が発生することはないだろう。
「また政府に関わることですか?」
「もしかすればな。 鳴滝は真木・陽子の名を知っているか?」
「……同じクラスですよ。 それに私は事前に貴方の周りを調べてから入学したのですから、あの問題児を知らない訳がありません」
当然と言い放つ鳴滝の言葉に、蓮司もそうだったなと懐かしさを感じながら納得する。
鳴滝も最初の頃は半ば敵だったのだ。軍での出来事が無ければ、恐らく永遠に彼女とは敵のままであったろう。
ここまで来るまでに彼女が死んでいた場合もある。彼女の生は奇跡的なものであり、しかして今はその事実に感慨を覚える暇は無い。
咳払いを済ませ、唯一首を傾げる奈々に概要を説明する。
奈々が知る真木と言えば、蓮司を虐めていたという事実のみ。それ以外についての素性は一切知らず、それでも兄から説明されればされる程に怒りよりも呆れの方が先行した。
「……なんていうか、率直に言って馬鹿?」
「同感だよ。 なんというか、上流階級に居るような人間には思えないよね」
真木・陽子を一言で片づけるのならば、ただの馬鹿だ。
己の理想のみを追求し、その為ならば手段は問わない。悪逆非道な行いも是とし、問題が起きれば親がもみ消していた。
今はその親の会社が傾いているので鳴りを潜めている。本人も精神的に追い詰められ、そのお蔭でクラス内は平和の風が吹いていた。
とはいえ、平和であるのはクラスだけだ。蓮司にとっては今の状況の方が質が悪く、彼の想像通りであれば時間も多くはない。
「そんな彼女に、まぁ、襲われた訳でして。 こう、性的に?」
「……逆レ?」
「奈々さん、いけませんよ。 こういうのは強姦と呼ぶべきです」
「それもどうかと思いますよクルスさん……」
突然のワードに奈々の思考が停止したのは間違いない。
思わず湧き出した言葉を口に出してしまい、クルスにそれを咎められる。
女だらけの中でこういった話題を出すのは微妙な空気を作る原因となるが、正直に言わねばこの後を続けられない。
一先ず疑問は後回しで聞いてくれと蓮司は頼み、昼休みの屋上で起きた顛末を全て短く説明した。
各々の反応は、実に様々だ。
純粋に驚愕した者、嫌悪を剥き出しにした者、思案している者。
この場で裏側の思惑のみを考えたのは、やはり鳴滝だ。元自衛隊に所属していたからこそ、上層の黒さは身に染みて解っている。
「政府が一枚噛んでいるという意見は、正直否定は出来ませんね」
「そう思うか?」
「相手は大義名分を求めていますから。 世の中適当な情報から有名人を炎上させることもありますが、ヴェルサス相手に同じ手は使えません」
「報復が恐ろしいからな。 適当な情報で燃やして、実は間違いでしたと証明されればただでさえ求心力の低い政府の力がますます弱まる」
政府にとってすれば、やはりヴェルサスの力は印象的だ。
良い意味でも悪い意味でも放置はしたくない。未だ国内からの排除と吸収の双方の派閥が存在し、二つは常に意見を激突させながら策を考えていた。
何か隙はないものか。どうにか排除は出来ないか。――あるいは、その力を我が物とすることは出来ないか。
際限なく高まる欲に突き動かされ、その最中に蓮司と真木の関係性を知ったのだろう。
それを利用して不祥事を起こせば、ヴェルサスを炎上させることが出来る。真実であるからこそ向こうも否定はし難く、自国民に不信を抱かせれば操作権はあちらのものだ。
「真木さんの親はこの事を知らないと思います。 それもやっぱり、蓮司さんが仰る通り切り捨てる為でしょうから」
「兄貴、真木さんにこのことは?」
「話してはいない。 まだ推測の段階だし、聞いたアイツが何を仕出かすか解ったもんじゃないからな。 不必要に不安を煽って暴走させる訳にはいかない」
「そう、ですね。 言わない方が良いと私も思います。 施設に居た経験ですが、人は不安を過剰に与えられると何も考えられなくなりますから」
蓮司は彼女から話を聞いて、その上で解決策を提示しなかった。
誰かに相談する旨も、真木自身を助けるような発言もしていない。ただ無言で助けを求める彼女を無視し、そのまま教室に帰った。
この行為で彼女が暴走を始める可能性は大いに有り得る。しかし、結局彼が何を言ったところで彼女は暴走する可能性は残り続けるのだ。
ならば何も言わない方が良い。全ての証拠が揃った後に、ヴェルサスも彼等への対応を考えるのではないだろうか。
クルスも彼の行動には賛成的だ。そして同時に、誰も真木を助ける意見を口にはしなかった。
元から嫌われているのもあるが、今回の彼への行動はあまりにも選択として最悪だ。――特に彼を好いている者達からすれば、憎悪を向けられても不思議ではない。
「また事は大きくなりそうですね。 では、今回も全体に流して意見を仰ぎましょう。 ……十中八九あちらは碌な末路を辿れそうにありませんが」
「そうなるだろうなぁ。 奈々も厄介な奴が居たら相談するんだぞ?」
「解ってるよ。 兄貴みたいに私は排他的じゃないからね。 危なそうな奴等には距離を置いてあるし、接近してくるようなら一人にはならないようにしてるよ」
この中で実は一番確りしているのは、実は奈々なのかもしれない。
妹を除いた皆がそう思う中、一先ずとして子供組の意見は固まった。冷えた飲み物を口に運びながら端末を取り出し、各々の連絡先へと情報を送る。
一番最初に返信が来たのは、やはりというべきかレッドだ。
またかという呆れを滲ませた文面の後に、次の休みにフォートレスに来いとだけ彼は告げた。
フォートレスも暫くの後に社長自ら返信し、事情の確認をしたいのでフォートレスに来るようにと命令する。
そして奈々は、親達から心配気な言葉が送られた。実際の被害者は蓮司であるが、今後似たような出来事が奈々に及ばないとも限らない。
「兄貴、家帰ったら家族会議っぽい」
「げ、するのかよ。 学校やクラスメート絡みだからか?」
「私に聞かれても困るよ。 まぁでも、自分に出来ることは手伝いたいんじゃない?」
早乙女家の親達はどれだけ二人が強くなっても心配している。
家族なのだ。どれだけ二人が特別になっても、態度を変えることも愛情の増減が発生することもない。
二人にとって今の学校生活が苦しいのであれば引っ越しだって視野に入れる。その為に休みを取ることに否はない。
強欲な者と無欲な者。双方の違いはあまりにも明瞭で、故にクルスは目を細める。
彼等が真っ直ぐであるのは、両親達も真っ当であろうとしているからだ。
――そんな彼等の生活を破壊するのであれば、一切の慈悲も掛けはしない。




