現実と理想に挟まれて
――学校と呼ばれる場所は、もう既に蓮司にとっては不要な場所にしか思えなくなっていた。
学歴が必要であることも、一定の学力を身に付けなければならないことも、今後の人間関係を構築する手段を学ぶことも理解はしているが、少なくともこの学校に住まう学生達と良い関係を築くつもりは彼には存在しなかった。
朝、起きた彼は朝食を済ませてから携帯で連絡を見る。
子供組に任せられる仕事はあまりないが、それでもまったくないとは言えない。特に現在秘密裏に進行しているG計画と称されたロボット開発計画について、彼等の内の何名かはパイロットになるかもしれないとされている。
勿論、フォートレス側はそれを歓迎していない。
蓮司も自分は乗るつもりは無く、出来れば妹が乗ってほしくはないと思っていた。
けれども、蓮司以外の子供組はパイロットになることに賛成的だ。皆一度は怪獣、人間問わずに戦った経験がある。
前に出ることに嫌悪は無く、寧ろ積極的に出たがるのが彼女達だ。
止めるのは難しいだろう。兄として妹のしたいことは出来る限り応援したいが、こればかりは適正が無いことを祈るしかない。
近い内に適正のある者達に秘密裏にテストを行い、パイロットを正式に決めるつもりだ。
テスト方法は空我の時と一緒で、コックピットを再現したデモ機内で戦闘を行ってもらうということ。既にデモ機の製作は始まっており、コックピットは使い易さを考慮して空我と同一の規格に合わせている。
この点は澪がスキャンしたからこそ出来たことだ。そうでなければメカニックを担当していた者達と意見を擦り合わせる必要が出てきてしまい、余計な情報流出が起こる懸念が残る。
「ほら、行くぞ」
「はいはい、解ってますって」
「それでは、行ってまいります」
同居人となったクルスと共に三人は通学路を歩く。
三人は既に有名人だが、流石に毎朝通学路を通っていれば慣れる人は慣れる。それでも視線は多く、途中で奈々が別れた以降は彼女の傍に遠くから護衛していたフォートレスの数人が付いた。
普段はヴェルサスの誰かが付いていたのだが、最近は皆忙しい。
ロボットの製作に関わる業務に大部分が関与し、残りのメンバーも新たに出現したとされる怪獣の調査に乗り出していた。
今は怪獣達は休眠状態であるが、何時覚醒するかも定かではない。警戒はしておくべきだとフローからチャット経由で伝えられ、全員がそれに肯定した。
「……この注目は減らないのですね」
「難しいな。 俺達の職業がやっぱり特殊だから、芸能人みたいな扱いは避けられないんだ」
「ええ、それは解っているつもりです。 あの頃からもう自分は普通ではないと思っていますから」
「ごめんな」
好奇、嫉妬、羨望、色欲。
様々な視線に宿る感情は、そのどれもが気持ちの悪いものだ。そんな目で見て来るなと言ったところで避けられる筈も無く、変に騒いではSNSで大炎上しかねない。
彼等の振舞いは即ち、ヴェルサスやフォートレスの評価に繋がる。
学生の身分でありながらも彼等は看板を背負っているのだ。だから自由な行いは出来ないし、感情のままに意見を口にするのも難しい。
それを実際に渡辺社長やレッドに言えば気にするなと笑って返されるであろうが、だからこそ蓮司は己の行いを律していた。
迷惑を掛けたくはない。未だ見習いであるとはいえ、己もメンバーであるのだから。
「今日は、男子と女子で体育内容は別だっけか」
「男子はサッカーで女子はバスケですね。 今日も挑まれますよ?」
「そっちこそ。 あんまり本気を出してやるなよ」
自身のクラスに到達し、席についた二人はそのまま談笑に移行する。
敢えて学校の授業について彼が口に出せば、クルスもその思惑に乗って微笑を交えながら軽く言葉を紡ぐ。
周りの目は此処の方が強い。嘗ての蓮司を知っているが故に、何処かに付け入る隙があると思っている面々は未だ居るのだ。
あの頃のような真似を誰がするかと蓮司は内心唾を吐くが、人の評価とはどれだけ現在が強烈でも中々変わらない。
やがて鳴滝が教室に入り、今日も彼等は三人で固まって学業に精を出していた。
「――少し、良い?」
体育の時間。
男子と女子で別れ、蓮司は一人グラウンドで他のチームと混ざりながらサッカーをしていた。
彼はサッカーには詳しくない。ルールも技術も素人同然で、チームプレーなど最初から望めるべくもない。けれども、それを補って余りある程に素の身体能力がトップへと独走させている。
日頃から課せられている鍛錬リスト。模擬戦に、極僅かな実戦。
それらによって彼の身体は飛躍的に進化し、一人間の出せる限界値に近付いてる。まだまだ鍛える余地は残されているものの、二十代の前半になれば肉体的進化はそこで止まるだろう。
彼を目の敵にしている男達も、その肉体には敵わない。悔し気に睨む視線を彼はスルーし、一番最初に教室への道を進む。
その道の間。廊下の横で壁に背を預けていた真木が、勝気な雰囲気を微塵も感じさせずに蓮司に声を掛ける。
またかという彼の呆れた視線は無視し、出てくる言葉だけを彼女は求めた。
「今度はなんだよ。 また仕事の話か?」
「違うわよ。 個人的な話」
彼女の個人的な話。その話題に嫌な予感を覚えた彼は、露骨に眉を寄せて不快を露にする。
彼女はその顔に文句を言いはしなかった。どだい、そのような顔をされるなど最初から承知の上だ。
「昼休みにまた屋上に。 あの女達を連れて来るんじゃないわよ」
「おい、俺の返事は……ったく、勝手な女」
真木は彼の言葉を聞かず――聞くだけの余裕がないまま踵を返す。
普段は他所で浮かばせていた笑顔も、この日だけは一切の笑みを浮かばせていなかった。
胸を支配しているのは虚無。親の言い分に反論をしたかったが、実際問題として会社を救うには大きな組織の後ろ盾が必要だ。
例え強制的であれ金を出させることが出来れば、関係の悪化をも彼女の親は受け入れる。
その為の既成事実。フォートレスではなくヴェルサスに責任を払わせる為、彼女の親は真木の女としての部分に着目した。
幸いと呼ぶべきか、彼女は身体を許した男はいない。
恋愛的な意味での男女の付き合いも存在せず、万が一蓮司が彼女の身体に溺れてくれれば多くの金を搾り取れるだろう。
もしも切り捨てられても慰謝料という形で早乙女家に借金を背負わせることが出来る。一家の未来を暗黒に落とす手段であるが、彼女の両親はそうすることを是とした。
「……しゃあない。 無視したら五月蠅いだろうしな」
致し方無しと、蓮司は溜息を吐き出した。
そのまま止まっていた足を教室に向け、昼休みまでの授業を受ける。
昼の時間になった後、彼は少し用があるからと二人と別れて屋上を目指した。その手には護身用のFMCと、腰のポケットに連絡用の端末一台。
使う機会があるとは思っていない。彼女一人を御するのは暴徒を相手にするよりも簡単だ。
扉を開くと、彼女は先に待っていた。
屋上の真ん中で空を見上げ、両手はブレザーのポケットに突っ込んでいる。
見慣れぬ姿だと、彼は感じた。普段の彼女は空を見上げて何かを考えるような女ではなく、その場その場の享楽を考える女だった筈だ。
彼が姿を現したことで真木も空を見上げるのを止め、振り返る。
彼女の表情は無だった。真剣でも、憤怒でも、悔しさでもなく、ただただ無だった。
「次はどんな用件だ。 悪いけど、もう話を付けるのは無理だぞ」
「――ええ、解ってるわ」
単刀直入に切り出した蓮司の言葉に、解っていると抑揚に真木は頷く。
そのままゆっくりと蓮司の元にまで歩み出す。急速に近付く彼女の姿に自然と彼は身構えるが、そんなことも関係無しに行動する。
そして目と鼻の先にまで近付いたところで、彼女は突っ込んでいたポケットから手を引いて彼に抱き着いた。
「……お願い。 何も言わずに私を愛して」




