栄光の影で潰れる者
フォートレスが何かを作っている。
その情報は瞬く間に世界中に拡散し、大小様々な推測を立てることになった。
無理もないだろう。彼等は逐一見られている存在で、その行動には重大な意味を持つと常に考えられている。
今回の土地買い上げから始まった動きも実に迅速で、外様の企業に任せていないからこそ誰かを間諜として紛れ込ませることも出来ない。
彼等に出来たのは遠目から監視することだけ。フォートレスやヴェルサスが許容するラインの外側から建物が出来ていく過程を見届け、その内容についてを研究者達を交えながら予測していく他ない。
だが、外側から見えるのは所詮は外観だけ。
見た目は他と変わらないビルであり、ガラスの窓から見える機械群も生産工場を知っている身からすれば見慣れた物ばかりだ。
では外からやってくるトラックの持ち込んだ荷物で解るかと言われれば、やはりどうしても中身が確かめられないので解らない。
不自然な点は外側だけでは見受けられず、けれども荒れ地に立っているのは三つのビルと舗装された道路だけ。
荒れ地の酷さをまったく改善せず、ビルだけを作って稼働させている様子は不自然にも感じられた。
『何を考えている? 本当にただの生産拠点なのか?』
とはいえ、工場だけで他は田んぼや畑だけという場所は日本にも幾つか存在する。
企業は利益を求めて設備を作るのだから、それ以外まで整備するような真似はしない。道路を整えるくらいはするであろうが、買い上げた土地を近代化しては無駄に資金を浪費するだけ。
必要最低限。これは何処の企業でも一緒であり、ならば何故これほどまでにフォートレスの工場は不自然なのか。
見た目だけならばその他の生産拠点と変わらない。発表された理由も納得出来るものであるし、これで現在流行している高額転売も抑えられるだろう。
基本的にフォートレスの発表には賛成出来る部分が多い。
その裏側にあると思わしき影は一度も表に出ず、出てくる顔は善良な企業のものだけ。一時はフォートレスを批判する者も多かったが、反ヴェルサスの事件が起きた所為で批判をした者は逆に肩身の狭いをすることになる。
それが意図したものかは誰にも解らない。解ったとして、その流れを操作する術は有りもしないだろう。
所詮は噂だが、中々にその手の話は消えはしない。ましてや信憑性の有無など、ヴェルサスの前ではその殆どが意味を成しはしなかった。
「…………」
とあるビルの一角。
新聞を広げ、フォートレスの生産拠点についてを大々的に載せた一面を一人の女性が睨み付けていた。
真木・陽子。
気の強い彼女の周囲には誰も居らず、彼女自身今の自分を誰かに見てもらおうなどとは考えていない。寧ろ逆に、彼女は今の自分を誰にも見てもらいたくなかった。
彼女の親が経営している会社は、嘗ての勢いを既に喪失している。
未だ売り上げは維持されているとはいえ、話題性に富んだ商品は彼女の会社にはない。新鮮な商品ばかりが並んでいるものの、ライバル企業だって似たような商品を展開しているのだ。
そのライバルは積極的に格安の値段を提示し、徐々に顧客は奪われていた。
このまま五年も経過すれば売り上げの低下は加速する。話題性の無い企業に明日は無く、本来であればその話題性を空我で補おうとしていた。
その空我も今や使用していると思わせないよう秘匿せねばならない。深夜の時間に船を動かし、空我を動かし、日中は粗末な倉庫の中で隠されていた。
「なによ、なんなのよ……ッ」
新聞を握る手に力が入る。
空我によって保たれていた社長の座は揺れに揺れていた。家族会議でも父母は荒れ、祖父はせっせと資金を蓄え始めている。
委員会の会議には常に社長交代が議題に上っており、このまま業績低下が続けば親は社長の座を喪失するだろう。
その前に真木には会社存続の為の生贄として結婚させられるかもしれない。この時代でも政略結婚と呼ばれる前時代的なものは存在し、上流階級の人間であれば続いていた。
最早親は彼女に甘い顔をしない。
学校での彼女の評価も徐々に信じるようになり、彼女に怒る回数も格段に増えた。
その度に口論に発展するものの、当たり前だが真木に勝てる要素は無い。全てが正しく、全てが正論になってしまうのだから。
子供のようにみっともなく泣き叫ぶ選択も真木には無かった。それは己のプライドが許さないし、もしも誰かに見せれば弱味として脅してくるだろう。
それは学校でも一緒だ。取り巻きの数は明瞭に減り始め、支配者としての地位は危ぶまれている。
今の学校における支配者は間違いなく蓮司を含めた三人の集団だ。
彼等は周りの全てを無視して授業や行事を受けているが、その在り様をぼっちや陰キャと罵倒する者は居ない。
何故なら彼等は勝ち組であり、将来的にも輝ける場で働くことが出来る。
未だフォートレスに就職する術は存在せず、出来るのは縁故採用のみ。その縁故採用についても厳密な精査が行われると考えられ、それを突破出来た人間は間違いなく勢いに乗った素晴らしい人生を過ごせると思われていた。
何処の企業よりも未来がある。怪獣を倒せるヴェルサスから出資された組織ともなれば、安定性という面は担保されているも同然だ。
「どうしてこうなるのよ……。 私が、どうしてこんな目に合うのよ……」
家族崩壊は直ぐそこだ。
その原因は確かに彼女自身には無いが、彼女には愚痴を吐けるだけの友人が居ない。結局はお金による繋がりしか存在せず、それが無くなれば彼女はただの嫌な女に過ぎないのだ。
そういった連中は容易く鞍替えを起こし、今では蓮司達の潜在的勢力に含まれている。
勿論それを蓮司達は知りもしない。知ったところで興味も無い。逆に嫌悪されて拒絶されるだけだ。
結局のところ、今の彼女は溜め込むしかない。親達が追い詰められる状況をなるべく黙って見守り、政略結婚をされそうになれば黙って従うしかないのだ。
人生は不幸の方が割合として多い。
これまで散々に幸福を享受した彼女に、今度は不幸が舞い込んだだけに過ぎないのだ。それでも、一度幸福に溺れた生活をしていた者に不幸に対する免疫は無い。
故に彼女の精神的ダメージは加速度的に増えていく。僅かな時間に大量に、抑えきれぬ程に、自我を摩耗させて。
彼女は自室の照明に照らされながら、虚ろな眼差しで新聞を見つめていた。
最初の頃は持っていた憎悪も擦り切れ、身体は脱力が支配している。一歩も動けぬような状況で、彼女の思考は脱却の案を模索出来ずにいた。
――――唐突に室内に携帯の軽快な着信音が鳴る。
二度三度と長く続き、鬱陶しさを感じながらも彼女は新聞を手放して着信相手を見た。
画面に表示されている名前は、彼女の父親のもの。
最も話したくない内の一人からの電話に眉を寄せながらも、ここで出なければ後日叱られるだろうと通話ボタンを押して耳に当てた。
『陽子。 今、時間は良いか』
「う、うん。 大丈夫」
『そうか。 ……じゃあ、聞いてほしいことがある』
父の声は真剣だった。
以前であれば娘には向けなかった程、その声には一種の圧も含まれている。
それを聞き、何かが起きると彼女は確信していた。
『父さん、頑張ったんだけど――もう駄目みたいだ』
「……え?」
『後半年。 状況を好転させられなければ、社長の座から退いてもらうってさ。 元々貴方には社長としての資格は無かったと言われちゃったよ』
はははと渇いた笑い声が電話口から彼女の耳に入る。
それを聞き、様子が違うと彼女は父の異常を覚った。こんな状況で怒鳴るでも文句を言うでもなく、ただ笑っている時点で尋常な精神を有しているとは思えない。
『なぁ、陽子。 君のクラスには蓮司君が居たよね?』
「そうだけど……」
『もし出来たらで良いんだけど――――彼との間に既成事実を作ってくれないか』




