追加人員・斉藤
「G計画とは、また何とも誤解を生みそうな名前ですね」
「狙ってやっているからな」
社長室に顔を出した斉藤は、自分が活動している間にフォートレス内で起きていた出来事を渡辺社長より聞いた。
何処かで見たような計画名に室内では笑いが起きるが、直ぐに場は真剣な雰囲気に支配される。
斉藤は佇まいを正し、座っている渡辺の前で一枚の封筒を差し出す。
茶封筒の表面には辞表と書かれ、それを受け取った渡辺は封を切って三つ折りの一枚紙の中身を読む。
そして読み終わった後に、直ぐに手紙を破り捨てた。
「取り敢えず、政府からは離れました。 流れはそこに書かれている通りですんで、これで一応は無職のフリーターです」
「此方に所属することは敢えて隠すのか?」
「態々隠し通すつもりはありませんけどね。 言われれば答える程度なんで、ぶっちゃけ察している人は察しているでしょう」
「適当だな」
「臨機応変に動けるってことですよ。 ……で、今後の動きについてですが」
複数の機密を抱えている斉藤が政府から離れるのは難しい。幾つもの契約をして、それでも暫くは監視の目が付く筈だ。
本来は監視されている立場の人間がフォートレスを訪れるなど避けるべきなのだが、寧ろどうどうと彼は正面から入っている。
監視をしている者を通して脅しているのだ。俺に手を出すなら、フォートレスが関与してくるぞと。
それはつまり、最終的にはヴェルサスのメンバーの誰かが出てくることにも繋がる。
そんなことは避けたい監視者達は、無言の脅迫に何も出来ずに上へと報告するに留めた。
数ヶ月が経過しても政府は安定していない。荒れ模様な国会に更なる爆弾を投下しない為にも、内調の総括をしていた白髪の老人は指を噛んで放置を選択した。
完璧な安全が保証された訳ではないものの、少なくともフォートレスの近くに居れば即座に殺されるようなことはない。
斉藤は自身の住まいをフォートレスの居住エリアに移す許可を渡辺から貰い、情報共有を終えてからビル内を歩き出した。
「此処が今日から俺の職場か……」
感慨深く呟き、首からぶら下げている身分証カードに視線を落とす。
見るからにプラスチックな塊にしか思えないカードは、紛失すると十数万の再発行代を請求される大変貴重な代物だ。
この中には個人の情報に加え、カードを持っている場合に限りフォートレス内のセキュリティに引っ掛からないようにすることが出来る。
勿論持っている人間の正誤も認識しているそうで、もしも彼のカードを使って別の人間がフォートレスに入れば即座に警報ものだ。
間違っても悪戯目的で使用してはならない。GPSで位置も特定しているそうで、立ち入り禁止区域に足を踏み込めば簡単に露見するだろう。
政府でもそこまでの対策は施されてはいなかった。精々警備員と監視カメラによる普通の警戒に留め、特定の個人をリアルタイムで追跡することは不可能だ。
これで後は電子マネーが使えれば完璧だったが、流石にそこまでは搭載するつもりはないようだ。
あくまでもカードは身分を保証する為のもので、一々誰かに見せるようなシステムを採用しては紛失する可能性を高めるだけ。
採用しないのも当然だなと納得しながら、思考は自然と情報共有で知った部分に移り変わっていく。
「対怪獣兵器、ねぇ……」
「――気になりますか?」
短い呟きに、しかし真横から反応が返ってきた。
彼の居る位置は十字の道で、声は右横からだ。視線をそちらに向ければ、壁に寄り掛かって斉藤を見つめている楓が居る。
身体を壁から離した彼女は静かに歩み、斉藤の真横に立ちながら先に進む。
突然の登場に彼は困惑するも、ゆっくり歩きながら顔を後方に向ける彼女の姿に、足早に身体を動かした。
「そりゃ気になるってなもんでしょう。 日本を守る兵器は政府が喉から手が出る程欲しいもんですから」
「……そうでしょうね。 お気持ちは解りますよ」
紺色のパーカーを羽織っている楓の表情は読めない。
基本的に彼女は無表情で、親しい友人を他に作ろうとはしない。それは他のメンバーも一緒で、彼等は常に一定のラインを保ちながら会話を重ねている。
そこにあるのは、ある種の気遣いに近い。不必要に接近するなと言外に告げ、なるべく彼等も積極的に関係を深めないようにしている。
実際、ただの人間が彼等の世界に踏み込めば死ぬだけだ。怪獣とまともに張り合える筈も無く、関係を密にしないのは正解だろう。
「今回の兵器は私達の中でも初めての試みです。 幾つか案は挙がっているみたいですが、そのどれもが成功するとは限りません」
「俺達の身体はそちらのように頑丈には出来ていませんからね。 そちらでは無視出来るようなものでも、我々には無視出来ません」
楓の言葉に斉藤は緩く頷く。
対怪獣用のロボットを作るとのことだが、製作にあたってヴェルサス側が注意しなければならない点は多い。
超能力者であれば元々の基本性能が高いので、コックピットの装甲を厚くする必要は皆無だ。固定金具も必要とせず、損壊が酷ければコックピット付近を破壊して脱出することも出来る。
逆に人間にはそれは出来ない。怪獣の攻撃から身を守る為に分厚い装甲は必要だろうし、衝撃で身体が跳ねない為にベルトも準備しなければならない。
脱出装置も必要だろう。超能力者達が気にしない問題に目を向け、確りと案を練らねば誰もが納得する兵器は完成しない。
「パイロットの選出はもう?」
「そちらは渡辺社長にお任せしています。 取り敢えずは三人程ですね」
「場所は聞いています。 既に俺もそちら側につきましたので」
「では、今後は情報収集をある程度任せても?」
楓の疑問に、勿論と斎藤は軽く答えた。
美女からの頼みだ。断るのは男が廃るというものだろう。
そもそも斉藤の職務は日本を含めた諸外国の情報収集。ヴェルサスやフォートレスに関与する怪しい話を調査し、それが脅威となるか否かを彼が判定するのだ。
幸いなことに、日本は今落ち着いている。正確に言えば強制的に黙らされているのだが、無視出来るのであれば一緒だろう。
他所の国であるドイツも今は政権交代をすべきだというデモが起きている。残りの怪しい国は中国やロシアだが、そちらは今後力を入れて探れば良い。
斉藤の成果に応じてヴェルサス側の負担も減る。
それはつまり、彼がヴェルサスにとってなくてはならない存在になるということだ。高い賃金を払い、贅沢な暮らしを提供し、なるべく居てほしいと思われる存在になってこそ安全は保証される。
先は長い。危険も多い。必ずしもメリットとデメリットが釣り合っているとは言えないが、やるだけの価値は十分にある。
「渡辺社長からは早速仕事の注文が入りましたよ。 例の生産拠点について周辺がどのような推測を立てているのかを全て調べよ、だそうです」
「そうですか。 私はその拠点に向かい、計画されているロボットの製作を手伝う予定です。 既に現地にはイブ様とアントが居るようなので、私の役目は警備でしょう」
「はっはっは。 貴方に警備されるなら安全は保証されたも同然ですね。 きっと鼠一匹逃げ切れませんよ」
「そうでしょうか? ……存外、レッド様のような強者が潜入するかもしれませんよ」
少しだけ彼女は口元を緩ませた。
その顔はやはり魅力的で、斉藤がこれまで見たどんな美女よりも優れている。
美しい見た目に、怪獣を倒せるだけの強靭な身体。これから潜入するかもしれない者達にとって、彼女の存在はあまりにも脅威に映ることだろう。
唯一才能が無いとするなら、それはギャグのセンスくらいなものだ。
楓の言葉に、斉藤は自然な笑い声を廊下に響かせるのだった。




