対抗組織を作るにあたって
「随分長い休暇を取ってしまい、すみません」
「いやいや、構いはしないさ」
久方振りの出社は彼に新鮮味を与えた。
変わらない場所ばかりであるのに、明るい社員達を見ているとそこが間違いなく良き場所であることを思い出すように感じ入る。
渡辺社長と顔を合わせ、休んでいる間のヴェルサスの活動についてをある程度共有させてから次にフォートレス内で起きた出来事を聞く。
そこで出て来たのは子供組の予想外の行動だった。
事の発端は蓮司だったようで、突然会社に来たと思ったらモザンの居る場所にまで一直線に向かったらしい。
その後、彼女と子供組は少しの会話の後にモザンの自室にお菓子類を持って直行。
以来、子供組とモザンは何やら秘密裏に会話をしているようで、それは彩斗の知らない出来事だった。
秘密にされていたという事実は、彩斗に少なくない衝撃を与える。
あらゆるメンバーには異常に対する最速報告を義務付けていた。仮に彩斗が聞けない状況であったとして、澪が聞いていないのは有り得ない。
澪自身に脳内で問いかけては彼女も否を告げ、直ぐにモザンへと連絡を繋げる。
もしもの可能性を考慮して、二人は最悪の準備を脳裏に浮かべた。スーツを纏った状態でも戦闘は可能であるが、本気になったモザンでは今の彩斗は負ける。
『――うわぁ! ごめんごめん!! 報告をうっかり忘れてた!』
そして繋げた後に、モザンは見事に慌てた。
その慌てようは嘘には見えず、自然と澪も彩斗も呆れの感情が膨れ上がる。これは本当に純粋に忘れていただけではないかと思いながら内容を聞くと、出て来たのはそれなりに無視出来ない情報だった。
蓮司達子供組が本部について知りたがっている。そして無限に出てくる可能性のある怪獣に対し、フォートレスを使えないか。
二つの情報は会話の流れの中で自然と出て来たもののようで、帰ってきた以上は蓮司から直接の説得が出てくるとモザンは語る。
「お前、そういうのはもっと早く言えよ」
『本当にごめんねぇ。 仕事が忙しくてうっかりしてたぁ……』
社長と別れた後に電話で直々に会話をしているが、モザンは珍しく慌てている。
普段はもう少しふざけた雰囲気を持っている。しかし今回は本当に不味いと判断して謝罪していた。
あまり責めるのはよろしくないだろう。まだ直接の被害は出ていないし、何よりその話に惹かれるものがある。
澪としても面白そうと胸中で彩斗に語り掛けていた。モザンの報告ミスは厳重注意に留め、彩斗達は緊急の会議を彼女の部屋で開くことを決定する。
その夜、皆が寝静まった時刻にモザンと澪に彩斗の姿があった。
室内は明るく、殺風景な印象のある部屋には巨大な机が一台。最近は子供達がよく来るようになって飲み物やお菓子が常備され、キッチンも誰かが使っている痕跡を発見した。
休暇明けに会ったモザンはバツの悪い顔をしていたが、それについては彩斗は怒らない。苦笑しながらもう気にするなと軽く肩を叩けば、それだけで彼女の顔も明るくなる。
「二度としなきゃ怒鳴らないよ。 それに、今回は随分と面白そうな話を計画しているみたいだからな」
「計画という程じゃないよ。 ただ渡辺社長にあの子達が今後の意見を伝えて、なんとかヴェルサスと共同で動けないかって説得するだけ。 判断材料ならこれまでの怪獣の出現数があるし、専門家として私がビビらせば聡明な社長さんはレッドに相談するんじゃないかな」
「実際、レッドには相談するつもりだったみたいだよ? 後ちょっと遅かったらモザンは厳重注意じゃ済まなかったかもしれないね」
澪の黒い笑みにモザンは人工皮膚を恐怖に歪ませる。
注意で済まなくなった場合の未来を想像したのだろう。重大な決断故に判断を遅くした渡辺社長にモザンは内心ナイスと力強く告げ、深夜に寝ている社長は突然のくしゃみで起きた。
「……それにしても、そろそろだとは思っていたよ」
「怪獣が複数出て来た以上、世界全土に大量に現れる可能性が生まれる。 その事実から対抗組織を作るっていうのは、まぁ自然な流れだね。 現代の技術じゃ無理っていう点を含めて、僕を絡めようとするのも適当っちゃ適当だ」
ヴェルサスの――澪の技術を使わなければ怪獣を倒すことは出来ない。
子供達もそれは理解している。そしてヴェルサスと社会が繋がっていないので、双方と繋がりのあるフォートレスを利用したいと考えるのも妥当だ。
フォートレスには怪獣との戦闘経験を持つ者も居る。彼等に戦闘力を与えれば、ヴェルサスとは異なる対抗組織として世界に重宝されることだろう。
「で、実際のところどうなの? 賛成?」
「うーん、こればかりは一度あの子達の話を聞かないとね。 僕の持っている力を使うっていうことは、言っちゃえばヴェルサスのようになりかねないってことさ。 特別な人間がどんな末路を辿るか、解らない筈がないでしょ?」
「俺は常時スーツを着てるし、本当に不味ければ澪が突撃してくるからな。 けど、普通の人間が重火器犇めく前に立たされて無事で済む訳がない」
澪が力を与えるのは容易だ。その技術を用いて空我のようなロボットを作るなり、パワードスーツを作るなりすれば良い。
外部装置による強化であれば、人体に余計な処置を施さなくとも済む。
しかしそれは、中身はやはり普通の人間のままだということだ。流石の澪でもフォートレスの社員全員を監視することは出来ず、誘拐でもされようものなら防ぐ手を新たに準備しなければならない。
その手間が一番の問題だ。子供達は将来を見据えて対抗組織を作りたいと考えているが、先ず最初に人の悪意に対する備えを用意しておかねばならない。
「警備部門に新部署を立ち上げる必要があるし、そもそも日本政府に正式な許可を貰わんといけないし、仮にその二つがOKでも土地の購入や対怪獣設備を一から作らなきゃならん。 一体どんだけの金が吹き飛ぶかまったく解らんぞ」
「一企業が持つには過剰な戦力だってことで政府から提供が命じられるだろうね。 社会と繋がるってことは、まぁそういうことだよ」
ただ作るだけで良いならここまで迷いはしない。ヴェルサスという国家の何処にも属さぬ組織が新しい兵器を作ったとしても、問題にはし難い。
けれど、今回はフォートレスも絡むのだ。会社として公式に武力を持つと宣言した以上、それに対して政府は対応をしなければならなくなる。
もしも仮にフォートレスが日本を征服しようとしたらどうする。対抗する武力を持たぬ日本に勝ち目は無く、そのまま全てを支配下に置かれるだけだ。
それが恐ろしいから、作るにしても対抗出来るだけの余地を政府は欲する。それが兵器のデータであり、あるいは兵器そのものだ。
「あー、じゃあやらない方が良い?」
「まぁ、正直に言えば面倒事の方が多い。 全部終わるまでに何ヶ月掛かるかも解らないしな」
「日本政府としては了承したいところだろうけど、何処の国にも無駄に危惧を抱く人間は居る。これが原因で即座に戦争とはならないまでも、水面下で小競り合いが頻発する様子が目に浮かぶよ」
面倒、面倒、極めて面倒。
彩斗達の心境を述べるのなら、正にこれが適当だ。遊ぶ為に積極的に動くのは良いが、だからといって限界がある。
何事も全て上手くいくわけではない。これまでの戦いも合わせ、上手くいかなかったことの方が多い状態だ。
されど、同時に思う。どうにかこれを使うことは出来ないだろうかと。
面白い試みではあるのだ。黒幕である彼等達以外に怪獣に対抗出来る組織を任せたとして、どのような変化を与えてくれるのか。
利権に腐るのか、愛や正義を謳った青臭い希望になるのか、あるいは機械のように事務的な組織になるのか。
やってみたい。是非とも、やってみたい。
疼く好奇心を止めることは不可能に近い。特に澪であれば、更に色々と手を出せる状況に喜ばない筈がないだろう。
「……よし、じゃあこうしよう」
両手を合わせ、澪は輝かしい笑顔で提案する。
悪巧みは早朝にまで及び、彩斗の目の下には濃厚な隈が出来上がるのだった。




