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マッチポンプで世界が変わる!?  作者: オーメル


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孤独など、彼には似合わない

「おはようございます」


「あ、ああ。 おはよう」


 最近の蓮司の一日は同居人との朝の挨拶から始まる。

 普段であれば誰も起きない早朝の時刻に起き出し、適当に水やスポーツドリンクを持ってランニングに精を出す。

 その後に公園で軽く身体を動かし、そして家に戻って朝食を食べてから学校に向かうのだ。

 そのサイクルに、今では一人の少女も加わっている。

 ザルヴァートルと呼ばれていた少女――クルスは今日も彼と同じ時間に起きて支度を手伝っていた。

 

 彼が彼女を助けてから、未だ三週間程度しか経過していない。

 ヴェルサスによって復活を遂げ、蓮司の傍に居たがった事で早乙女宅に居候。家族は皆被害者であるクルスのことを快く歓迎し、彼女は暖かい陽だまりのような生活に幸福を感じていた。

 とはいえ、それでただ何もしないということを彼女は選ばなかった。

 率先して家事の手伝いを行い、学業に参加出来るとなってからは自己勉強に励み、言語に関しても今は機械を用いているとはいえ、ゆくゆくは自分の口から発することが出来るように学んでいる。

 

「無理はしなくて良いんだからな?」


「いえ、私は私がしたいことをしているだけです。 大恩ある貴方様のお手伝いを、どうかさせてください」


 元は外国人である彼女は、日本人のような静かな動作で頭を下げる。

 これは日本文化を学んだ結果なのだろうかと彼は思うが、それよりもこの状況をどう改善したものかと最近は悩みがちだ。

 蓮司は確かに彼女を助けた。そこには同情だけしかなく、他意が挟まる余地は無い。

 徹頭徹尾最後まで。苦しんでいる者を純粋に助けたいと行動し、相手がその結果どう思うのかについては二の次としていた。

 だから、助けた相手が明確な好意を持って接してくると彼は困惑してしまう。


 今まで恋愛のれの字も体験していなかった身だ。今後も誰かと付き合うつもりもなく、きっと一度も大した恋愛をせずに終わるだろうと思っていた。

 それ自体に不満は無い。夢に向かって邁進出来るのであれば、逆に恋愛感情は邪魔だとすら言えた。

 己にとって必要なのは強さ。レッド達に頼らずに周囲を黙らせるだけの圧倒的強さがあれば、家族を不用意に危険に晒さずに済む。

 その想いは今も変わらず、だからこそ困ってしまうのも事実。

 好意を向けられ、しかし彼女は明瞭に推し進めようとはしない。あくまでも恩を返すという形に留め、一歩を踏み出すつもりはないようだった。


「それじゃあ、今日も行くか」


「はい」


 着慣れたトレーニングスーツを纏い、シューズを履いて外に出る。

 クルスも彼と同じ黒のスーツで横に並び、共に走った。彼女の身体はまだまだ構成されたばかりだが、それでも元の状態と遜色は無い。

 いや、実験を受ける前と比較すると明らかに肉体性能は向上している。これは残された肉体から修復した為、無くなっていた手足すらも実験による影響を受けているのだ。

 大元の身体情報が存在しないのであれば、やはり既存の肉体情報を参考にするしかない。今の彼女は形としては人であるが、中身は完全に人外に近いのである。

 だから走ったとしても息切れの一つもない。それは蓮司も同様で、自己鍛錬とヴェルサスからの指導によって今の彼の肉体は実に頑強だ。


 同年代と比較しても突出した身体能力を誇り、オリンピックに参加しても十分に渡り合える。

 公園での軽い運動も彼やクルスにとってのもので、他の人間から見れば過剰運動と取られるだろう。彼も自覚していることではあるが、レッドや彩斗の指摘は効率良く肉体性能を向上することに役立ててくれた。

 未だアルバイトの身ではあるものの、何れは正式にメンバーにも加入して更に実力を磨く所存だ。

 彼の将来設計は変わらず、そうなればクルスも付いてくることになるだろう。


「学校はどうだ? 同じクラスだけど、ずっと一緒じゃないからさ」


「……そうですね」


 運動の後、クールダウンがてら帰路を歩きながら雑談を振る。

 学校はクルスには縁の無いものだった。孤児として残飯を漁るような日々を過ごし、時には強盗や殺人にも手を染める。

 過去の記憶は激痛によって朧気ではあったが、幸せなものではなかった。一日一日に余裕は無く、自分は一体どれだけ生きていけるのか不安に暮れることもあった。

 だから、当たり前のように学校で勉学に励める日々は新鮮だったのだ。脳味噌に無理矢理学習させられた記録によってある程度は付いていけるものの、それでも完璧ではない。

 学ばねばならぬ部分は多く、中でも文系の授業は難しい。母国語ですら文字で書けない状態では、ヴェルサスの用意してくれた翻訳装置が無ければ満足に意思を伝えることも出来なかっただろう。


「楽しいですよ。 学校に居る方々も親切にしてくださいますし、蓮司様の御家族も優しいですから」


「あー、そう思ってくれたなら幸いだ」


 黄色の目を細め、淑やかに微笑む彼女に蓮司は顔を逸らしながら言葉短めに告げる。

 両親は新しい家族の登場を了承していた。娘のように扱い、今では当然のように敬語も無しの会話を繰り広げている。

 奈々もクルスのことを姉のように思い、ファッションや最近の女の子が好む話題についても共有している。

 だが、クラスについてだけは蓮司は裏の思惑を知っている。突然現れた超絶美少女に蓮司が関わっていると知り、何か裏があると考えているのだ。


 下心も当然あるが、彼等が気にしているのはやはりクルスが何者なのか。

 反ヴェルサスの一件もあって特にヴェルサスに関係する話には皆敏感で、記者団も彼女にインタビューをしようとチャンスを伺っている。

 その度に正門近くで待っているモザンやアントなどがガードするのだが、校内では蓮司が守ってやらねばならない。

 クルスもヴェルサスに関する話題は無闇に言ってはならないと知っているので話はしないが、知らずに口を割ってしまうことも十分に有り得る。

 世の中、絶対という言葉は無いのだ。どんなところから情報が流出するかも定かではない以上、蓮司は彼女と常に動向を共にしなければならなかった。


「蓮司様は……あまり学校は好きではないのですか?」


「……正直な。 俺は少し前、虐められてたから」


 微妙な蓮司の言葉に何かを察したのだろう。少し声を潜めての質問に、隠す必要も無いと彼は懐かしさを感じながら答える。

 同時に、今は随分と変わったのだなとも思った。少し前の自分は怯えていて、強者との戦いを望まない単純な弱者だ。

 あんなに鍛える機会があったのに何もしなかったことは後悔の対象であり、だからこそ気付かせてくれたレッド達には感謝している。

 世の中、結局最後は暴力なのだ。それが純粋な武力であれ、権力であれ、殴ってこそ己の我を通すことが出来る。

 

 クルスは目を見開いていた。目の前の男には気弱な気配は無く、男らしい逞しさに溢れている。

 こんな頼りになるような男が虐められていたなど、一体誰が想像するだろうか。

 だが、彼がクルスに無意味な嘘を言う筈もない。それに学校生活中の彼はフォートレスの女性以外とは話をせず、周りも話し掛けようとはしなかった。

 つまり、あれは虐めが起きた結果だ。彼は力を付け、虐められていた環境そのものを覆した。

 人間として強者であり、その有様は正しく漢。

 そんな彼にクルスはますますの好意を抱くことになるが、それを蓮司自身が覚ることはない。


「御強くなられたのですね。 御立派です」


「やめてくれ。 なんだか擽ったいぞ」


 二人の会話は短いが、間に流れる空気は温和なものだ。帰宅した後も二人の空気はそのままで、そんな姿を見ていた奈々は嬉し気に綻んだ。

 ――ようやく、兄にも春が訪れたのだと。

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