騒がしくも穏やかな日々
大きな出来事の後にも小事は起こり続ける。
ドイツは怪獣の襲撃を受け、更には澪による広範囲凍結によって元通りになるまでに多大な時間が求められた。
資源、予算、人。全てを揃えるには今のドイツはあまりにも敵を作り過ぎてしまい、数十年の月日が必要となるだろう。
一時的にその街の住人を別の街に避難させはしたものの、日本で起きたような抗議デモが今度はドイツでも発生した。その規模は日本の比ではなく、暴力と炎が吹き荒れる戦場の様相を表してしまう。
結局はドイツ軍の鎮圧作業により三日で収まりはしたものの、国民内に多大な火種が残ったことは言うまでもない。
「ドイツも酷いが、日本も酷いな」
全ての出来事が終わった後、沢渡は国外逃亡の準備をしていたところを内調によって捕縛された。
反ヴェルサスの主導者と世間に公表され、ヴェルサスと日本の関係悪化を加速させた人間として正式に処刑が確定。同時にドイツの実験にも協力していた別の議員も捕縛されてしまい、そちらも処刑が決まった。
無理もないだろう。ドイツの実験については日本のニュース番組が大々的に報じている。
死者の数まで正確に表記されてしまっては、人権による生命の保護も不可能だ。
「最早政府はその機能の内の四割を停止せざるを得なくなった。 この間に企業達が裏で暗躍するのが目に浮かぶよ」
この出来事の中で唯一の勝者は、当然ながらヴェルサスだ。
彼等だけは明確な被害が無く、下部組織であるフォートレスも致命的な損傷は負っていない。爆弾を複数放たれたことでビルの一部が破損しているが、その修理もモザンによって当の昔に終了している。
国家に巣食う癌の一つを潰したことで、総理と天皇より正式な感謝状が届いた。
金や物は流石に準備に時間が掛かるとのことだが、これを渡辺社長は拒否。自分達は何も被害を受けていないのだから、この感謝状だけで十分として結果的にフォートレスの株を上げることに成功する。
「例のザルヴァートルも元に戻しておいたぞ。 あれを元に戻したと言って良いのであればな」
反ヴェルサスの被害者・ザルヴァートル。
蓮司が自分の意思で救うことを決めた実験体は、フォートレスに運ばれた段階では死ぬのも時間の問題とされていた。
内臓の五割を消失し、四肢の接続も強固。迂闊に取り外し作業を行えば、神経接続によってショック死しかねない。
表皮の再生も元々の肌が無い所為で不可能となり、どんな医者に見せたとしてもザルヴァートルを元の人間に戻すことは無理と判断する他なかった。
当初、その事実を聞かされた蓮司は壁を殴りながら悔しさに身を焦がした。
助けると言いながらも、自分には本当に助けられる力など無い。ヴェルサス頼りであるのは言うまでもなく、しかしモザンの口から元の身体情報が無いままでは復元は不可能だと断言されてしまった。
仮に人工物で復元するとして、出来た身体に本人が納得するかどうかも解らない。
ザルヴァートルは喋る力を有しておらず、ただ動きで会話をするしかないのだから。
せめて特徴が解れば似たような顔には出来たかもしれないが、準備する時間もあまり残されてはいない。結局、澪達が幾つかのデザインを用意してその中から目線で選んでもらう形となった。
ザルヴァートルが選んだのは女性の身体。身体スキャンの段階で女性であるのは解っていたので、その中から更に彼女は一つの顔を選ぶ。
ボディについては残っている肉体部分から完成予想図を3Dモデルで作り、以前に奈々に飲ませた復元薬に情報をインプットさせる。それを飲ませ、二日の時間を掛けて栄養素を補充しながら再生を完了させた。
「いやぁ、流石は俺の親。 見事な再生技術だ。 その道の権威になることも可能だろうよ」
「復元自体は生きてれば大丈夫だからね。 個人的に、そんなに難しい技術じゃないよ」
三日の後、髪まで完全に再生した彼女はフォートレスの医務室で目覚めた。
肌は死人のように白く、目は黄色。再生の影響で腰まで伸びた茶色の髪は、不自然な艶やかさを持っている。
全体的にスレンダーな身体だが、それは栄養素がまるで足りてないからだ。肉も満足についていないボディは早急に栄養を補充しなければと、忘れ去った空腹を伝えてくる。
それを最初、彼女は解らなかった。
身体は泥沼に嵌まったように動けず、しかし四肢の感触は確かに感じている。武器との接続によって発生した疑似的なものではなく、人間が本来持つ自然な感覚を彼女はやはり最初の内は自覚しきれなかった。
それでも、時間が経てば彼女も自覚する。
自分の腕がある。自分の足がある。空腹を伝える腹があって、呼吸に痛みを伴うことはない。口を閉じれば歯がぶつかり合い、それがどうしようもなく涙を誘った。
雫ですら、彼女の心を刺激する。以前まで持ち得ていたものが帰ってきた事実に、胸中は晴れやかな輝きに満ちていた。
「今じゃあの子は蓮司君にべったりだ。 確か肉体年齢は彼に合わせたんだっけ?」
「元々の肉体が近かったからね。 喋れるようになったお蔭である程度の個人情報は獲得したけど、それでも彼と同年代にしておいたよ」
「近々学校に編入すると聞いたが、やれるのかね? 心配するのは俺の柄ではないが、あの様子では騒動の一つや二つは起きても不思議ではない」
元に戻った彼女は、先ず最初に部屋に入室した蓮司に特大の感謝を伝えた。
感謝の言葉に、キスの嵐に、永遠のハグの三コンボだ。流石の蓮司もここまでの愛情表現は受けたことが無く、どうすれば良いのかと慌てながら対処することになった。
その後に澪とモザンが現在の彼女の状態を伝え、普通の人間として生活出来るレベルには回復していることを二人は知る。
その上で今後の彼女の人生を考えねばならず、ザルヴァートルが出したのは蓮司との共同生活だった。既に彼女は蓮司に多大な恩を感じているようで、それが莫大な好意に変換されている。
地獄の底から助けてくれた瑠璃の騎士。
物語風に言えばそんなもので、恋に落ちるのも自然と言えば自然だ。自分だけの為に手を差し伸ばしてくれる彼を、彼女はもう特別な存在としか認識出来ない。
故に、ヴェルサスは政府に突き付けた。
ドイツの実験体。その被験者の戸籍を。元の国の戸籍は孤児であったが為に存在せず、どうにか用意するしかなかった。
国としてもその程度ならばと喜んで発行し、こうしてザルヴァートルという名前から元のクルスという名前に戻った。
そんな彼女は早乙女宅で居候となり、学校生活を送っている。
彼女の容姿が抜群なのは言うまでもなく、今や注目生徒の一人として蓮司は頭を悩ませているようだ。
言ってしまえば美女と二人も親密な関係を築いているのである。嫉妬される数も膨大になったのは言うまでもあるまい。
「何、彼には役得がある。 これくらいは笑って流してもらわないとな?」
「っふ、然りだな。 では我々も楽しい計画に精を出そうではないか」
最上宅。
リビングに集まっている三人は、机を囲んで一枚のタブレットを眺めていた。
暫くは怪獣を出すつもりはない。予定外の出来事が起き過ぎたので、暫くは休息期間を設けようとなったのである。
しかし、ただ休むだけでは勿体ないと考えるのが澪と彩斗である。
その間に何か面白いことは出来ないかと考え、澪は一つだけ提案した。
「そうだね。 じゃあやろうか――僕等の本拠地作りを」
タブレットに表示されたのは巨大空中戦艦。
超巨大であるが故に避けていた物体を、彼女は記憶から引っ張り出した。




