親子の雑談。娘の本音。
「次はあそこだな。 行くぞ」
「了解です、土方さん」
夕方から夜にかけて鳴滝・花蓮は配送業を手伝っている。
完成したバッテリーは最優先で販売店に回されるが、その内の一割は通販サイト用だ。用意された分を車に詰め込み、彼等は日夜購入者を目指して運転を続けていた。
鳴滝と土方は同じチームとして行動することが多く、土方は運転で鳴滝は訪問役として役割を別けている。
最近はバッテリーだけでは寂しいとオールシーズン対応のパーカーが販売され、それがヴェルサスの着ている物とそっくりということで話題になっていた。
勿論性能は彼等の着ている物とは比べられないが、通常使用に関しては何の問題もない。
それどころか夏でも冬でも自動で最適化される服と便利を極め、特にお洒落に気を遣わない層からは支持されていた。
此方は生産数がバッテリーよりも少ない。
半ば実験として作られた商品であり、しかし入荷したと同時に売り切れになってばかりだ。フォートレスの業績は右肩上がりで成長止まらず、社員やアルバイトに与えられる給料も順調に上昇している。
他国からわざわざ購入しに来る者まで居るので、外貨の獲得も問題は無い。
日本が駄目になった可能性を加味して国外に出ることも検討されているが、当面は日本での活動に比重を置くのが良いだろう。
「……そろそろ二十一時だな。 明日も学校だろうし、どっか適当な場所で降ろすぞ」
「はい」
紺色の配送業者としての服装を纏う二人は、やはり周囲から無数の目を向けられる。
ヴェルサスの下部組織として広く周知され、車には社用として側面と背面に会社名が描かれている。無数の目に晒されているお蔭で迂闊に買い食いも出来ないし、サボる真似をすれば即座に誰かが会社に電話を送るだろう。
ヴェルサスの評判に傷を付ければ渡辺社長直々の説教が待っている。注目を受けるからこそ、言動には気を付けねばならないのだ。
それが煩わしいと、以前土方は口にした。有名企業としてフォートレスが紹介され、そこに所属出来ているのは嬉しいが、その分だけこれまで気にしてこなかった部分を正さねばならなくなる。
格好一つ、髪型一つ。嘗てが自由だったとは言わないが、やはり今の方が窮屈に感じてしまう。
それでも、土方には辞める意思は無い。辞めたところで次に拾ってくれる会社があるとも思えないし、何より給料という面で言えばフォートレスは最上だ。
体調が悪ければ休ませてももらえる。定時退社が行えるように時間管理も成され、デスクワークを行う部署も二十一時には完全に終わりになっていた。
それ以上働く必要があるとすれば、精々片付けをするくらいなものだ。
土方は車を動かし、彼女の家の近くのコンビニで停車する。鳴滝は感謝と共に降り、私物の鞄を持ちながら帰路に付いた。
夜闇の時間で女性が一人歩きするのは危険とされているが、鳴滝はそんなことなどお構いなしに歩く。
最短を通る為に裏路地に迷わず進み、時には浮浪者の溜まり場と呼ばれる小さな広場も抜けた。
今の彼女に敵う人類はまだまだ多いが、それでも一般人程度であれば問題無い。
蓮司や奈々同様、彼女も彼女で研鑽を積んでいる。それが怪獣に通用する程であれば良かったものの、未だ超常的な力は手に出来ていない。
歩きながら、ふと自分の今までを思い返す。順風満帆とは言えず、普通の女子高生らしい生活はまるで送れていない。
軍に、空我に、ヴェルサスに、フォートレス。
およそ一学生が関わるにはあまりにも無関係に過ぎるそれら。自分の父親が軍関係者でなければ、きっと触れることすら無かっただろう。
「ただいまー」
「おかえりー」
マンションの玄関に入り、既に居るであろう父親に挨拶を送る。
遠くのリビングからは穏やかな父の声が聞こえ、特に何ともせずにそのまま自身もリビングに入った。
大きなテーブルには湯気の立つ御飯と、大量の揚げ物とサラダ。
彼女が帰ってくる時間を予測した上で準備された夕食に少し頬を綻ばせ、着替えるのを後回しにして席についた。
父親はニュース番組を見ていて、その内容に真剣だ。彼女もテレビの画面を見ると、そこには見慣れたビルが映っている。
「どうしたの? またなんかバッシング?」
「いや、寧ろ称賛だよ。 どの報道局もフォートレスやヴェルサスにそっぽを向かれたくないんだろうね。 いっそ怪しいくらい何処も褒め讃えているよ」
ニュース番組内のコメンテーターやキャスターは、父親の言葉通り否定的な台詞を口にしていない。
専門家ですら彼等の行いを褒め、その上で自身の願望を口にしている。
例えば次の商品。例えばヴェルサスのみのインタビュー。彼等が一つの局のみに情報を開示すれば、途端に報道局の株価も上昇するだろう。
何とも現実感の無い話であるが、自分が所属している組織は世界の中心なのだ。
外国企業ですら繋がりの欲しがる有力企業として注目を受け、渡辺社長曰く短い期間で大企業の仲間入りを果たすとも通達されている。
学校を卒業後は彼女も社員として正式にフォートレスに加入し、そのまま何時ものメンバー達で荷物の配送や鎮圧作業に従事するのだ。
先日の反ヴェルサスの事を思い出し、彼女は何とも憂鬱な溜息を零した。
「どうした?」
「ん、いやね。 フォートレスは確かに良いところだし、ヴェルサスの方々も良い人揃いだけど、それでもやっぱり反対勢力は出てくるんだなって思っただけ」
「それは、まぁ、仕方のない話だ。 考え方なんて人それぞれだし、己の利益追求の為に争いを起こすなんてこともザラにある。 例の反ヴェルサスは扇動された結果だけど、根本にあるのは見捨てられた恨みからだ。 人が人全体を助けることなんて出来ないのに、あの集団はそれが出来ると思ってしまった」
「……まぁ、でも確かに気持ちは解るよ。 そもそもヴェルサスの人達って人類を守る役目を担っている訳だし」
いただきますと呟き、彼女は揚げ物を口にする。
鍛えることになってから食べる量が増え、どうにも脂っこい物を求めるようになった。メンチカツやカツも昔なら一切れで十分だったのに、今では両方食べて尚足りない。
唐揚げを大皿一杯に入れても今の彼女なら容易に完食出来る。勿論それだけで栄養が偏るので、サラダの量も多めだ。
「守ると言っても、彼等が守るのは怪獣からの理不尽に対してのみだ。 それに感謝されずに邪魔ばかりされれば、どんな組織だって助けたくはなくなるだろ。 人は自分の足で立ち、その上で共に支え合わねばならないってことさ」
「格言?」
「いや、適当に思い付いたことを言ってるだけ」
苦笑する父親に鳴滝も笑い、でも確かにそうだと納得する。
助けても、救っても、邪魔されてばかりでは良い気持ちはしない。それが明らかな悪意によって行われているのだとしたら、手を切るのも自然なものだ。
実際に日本もドイツもヴェルサスに迷惑を掛け過ぎた。早乙女・奈々の誘拐や、一時的に弱体化したヴェルサスメンバーの捕獲。どれも非があるのは日本で、どうしてそんな短慮に走ったのか理解が出来ない。
ドイツに関してはヴェルサスを超える力を手にしようとして禁忌に走った。その禁忌を国外に出さずに怪獣戦力として隠蔽していれば露見するまで時間が掛かっただろうに、変に支援者を国外からも募った所為で余計なことに使われたのだ。
結局怪獣によって全て潰されたが、あんなものは潰されて当然。寧ろ早い段階で潰れたことは喜ばしいぐらいである。
「ところで、最近どうなんだ?」
「どうって、何が?」
「蓮司君のことだよ。 話さないのかい」
「――別に長く話はしないよ。 良くも悪くも普段通り」
シリアスな空気に耐え切れなくなったのか、父親は気安い感じで娘に話し掛ける。
好奇心に溢れた目は何事かを期待しているようで、そんな期待を彼女はばっさりと切り捨てる。
学校で話をしても世間話程度。詳しい部分に入り込めないし、万が一ヴェルサスに関わる話を此方から振れば警戒される。
それに最近はドイツの実験体とされていた人物が彼の傍に居るようになった。彼によって助けられ、深い恩を感じているのは普段の学校生活を見ていれば解る。
――それがどうにも面白くないのは、何故なのか。
「……私の方が、先だったのに」
呟く言葉には、彼女自身が自覚していない感情が乗っていた。




