勇者からの一喝。あるいは、子供の正論。
『Complete. Reverse・El Dorado・maximum』
瑠璃の防具が黄金の鎧に変わる。
中空に現れる剣を片手に持ち、暴徒の視線を一身に集める彼はその目に嚇怒を宿しながら見降ろした。
最初の頃と比較して暴徒の数は少なくなっている。未だ三桁単位の人間が道路を埋め尽くしているが、塀や地面に倒れている人間も多い。
彼等が及び腰になっているのは一目瞭然だ。強襲として動き、しかしその全てはヴェルサスに読まれていた。
無理矢理突破しようとしても塀すら乗り越えさせてもらえず、頼みの綱である爆弾を使うかどうかにまで結局追い詰められている。とはいえ、何も考えずに爆弾を用いては家の破壊は難しくなるだろう。
内部の家具や硝子等は破壊出来るだろうが、その程度では住めない状態にまでは悪化しない。
やはり建物そのものを吹き飛ばしてこそ、生活の場は無くなるというものだ。
蓮司の家族であれば国が無償で家を直してくれる可能性もあるが、そうなったらそうなったでもう一度壊せば良い。
一度出来たのだから二度目が出来ないとは誰も思わない。勢いついた暴徒は喜び勇んで破壊活動に精を出す。
だから、この最初の一歩は成功に終わらねばならない。公に暴れたのだから、この騒動をもって反ヴェルサスの力を誇示するのだ。
国よ、ヴェルサスを追放しなければどこまでも被害は拡散されていくぞ。
今の政府にそれら全てを対処する力があるというのか。人民の意志すら統一出来ていない状態で、彼等を守り続けるのは無理がある。
されど、そんな彼等の意志も屋根に上に立つ男の怒りの前では塵屑も同然。
『あんたら、何処まで悲劇に酔ってるんだよ』
蓮司は基本、ヴェルサスや家族周り以外で激怒の感情を抱くことはない。
苛立ちを覚えることはあれど、所詮は他人事だからだ。自分と深い関係にない誰かの心配をして、それが一体意味のあることだろうかと常々彼は考えていた。
他人には無関心。それは虐められていた時に蓮司自身が痛感したことである。我が身可愛さの前では善意など煙となって消えるのだ。
けど、初めて。――――そう、初めて。彼は他人に対して同情と憐憫の情を覚えた。
彼とザルヴァートルの地獄には天地の差があるが、共に一度は誰かに虐げられた存在である。
蓮司は学校の人間に、ザルヴァートルは科学者達に。
蓮司は救い出され、ザルヴァートルは蓮司が救い出した。同属であるが故に、彼はそこに確かな縁をも感じてしまったのである。
きっとこの出会いは偶然ではないのだろう。ヴェルサスとして活動する以上、遅かれ早かれ接触することになった。
そして、その時にやはり蓮司は助けようと考える。あまりにもザルヴァートルが哀れであるが故に。
『そんなに悲しいポーズをしていて楽しいか? 誰かを殺す口実を得て嬉しいか? 犯罪者になれて――幸せか』
嚇怒を前面に出しても、蓮司の口調は静かだった。
静かに。ただ静かに、事実を列挙する。しかしそれを認めたくない数人は、蓮司の言葉を叫ぶように否定した。
「楽しい訳ねぇだろ! でもなぁ、こうでもしなきゃ苦しいままなんだよ!」
「なんでもある奴が変なこと言わないでよ! アンタは家族も立場も失ってないでしょ!!」
「俺達に文句を言いたいなら、全部無くしてから言ってこい。 恵まれている奴に俺達の気持ちなんて――」
『喚くな、雑魚が』
返した蓮司の言葉は、総じて全てを切り捨てるものだ。
成程、家族を失うことは辛いことである。折角手にした大事な立場が崩壊するのも絶望に値するだろう。
全力で生きたからこそ、全てを喪失して孤独となるのは耐え切れない。
そうさせた対象を恨むのも当たり前だ。だが、彼等が向けるべき矛先は決定的に間違っている。
『あんた達がそうやって言えるのは生きているからだ。 全部無くなってもまだ命だけは続いている。 それがどんなに絶望的でも、生きているだけで十分儲けものなんだよ』
死んだ者が恨むことはない。
死んだ者が明日を進むことはない。
死んだ者はそこで止まって終わりだ。怪獣達は生命を踏み潰し、けれど生き残った人間は今もこうして明日を進んでいる。
生きている。ただそれだけがどんなに素晴らしい事かを、彼等は理解していない。
恨んで恨んで恨んで、それで一体何が成せるというのか。生きた屍として生きることが、一体どれだけ死者を愚弄するというのか。
死んだ者に明日は無い。だが、生きている者には明日がある。
『この中に庇われて生還した者は居るか? 見知らぬ誰かに助けられて、でも見捨てることになってしまった者は居るか?』
問い掛けに答える者は居ない。
されど、顔を背ける人間は幾人も発見された。そんな者達に目を向け、一体これまでどれだけの時間を浪費したのかと彼は憤慨と共に口にする。
『生きていられたのなら、これからも生きていく為に行動しろ。 ヴェルサスを攻撃しても怪獣が消える訳じゃないし、不必要に妨害すれば逆に自分の寿命を縮めることになる。 ……それで良いと言うのなら、そんな奴はさっさと死んでしまえ』
全て無駄だと蓮司は訴えているのだ。
この行動に欠片の価値も無く、そうするよりも日々を生きていくことに全力になった方が建設的だ。この時勢では職を得ることも難しいだろうし、技能の一つでも習得していかなければ無職となって孤独死コースだ。
努力せずに恨むだけなら死んでしまえ。そんな死者を愚弄してばかりで生きて良い筈もないだろうが。
酷く極端な言葉である。人を説得するのであればもっと心に寄り添える言葉を告げるべきかもしれないが、蓮司は最初から彼等に配慮するつもりはない。
今はまだ、彼等は敵なのだ。
この言葉が届かずに行動するのであれば、やはり排除の対象でしかない。殺さないにせよ、一生のトラウマは刻み付けるつもりである。
その為に剣という解り易い暴力の象徴を見せた。鋭い刃先は太陽の光で反射し、触れるだけで人体を容易に切り裂くだろう。
『あんた達はなんだ。 そんな団結力がありながら、ただ暴れるだけしか能がないのか。 もっと胸を張れるような人間になりたいとは思わないのかよ』
「――少し、良いだろうか」
何時の間にか静まり返った暴徒の中から老人の声が響いた。
ゆっくりと人波から姿を現したのは、紺の袴を穿いた剣道家の雰囲気を滲ませる白髪の老人だ。
片手に木刀を持ち、その顔は真剣そのもの。
暴走した気配は漂わず、一種の貫禄や覇気が周囲の注目を集めた。
老人はそっと口を動かす。その皺だらけの顔に似合わず背は真っ直ぐに伸び、武人として彼は蓮司に相対しているようだ。
「お主の言いたいことは、成程確かにその通り。 此処に居る面々は総じて精神が未熟で、突けば壊れるような脆弱さしかない。 だが、まだ何かを始められるだけの若さも持っている」
『……』
「諦めることなかれ。 例え艱難辛苦の道であろうと、歩き続けた先に一つの解を得ることも出来るだろう。 ――しかしそれは、簡単に出来ることではない」
諦めない。
それがどれだけ苦しいことかは一般常識が示している。努力に努力を重ねても成功するかは一割程度の確率で、一度成功したら今度はその維持を求められてしまう。
一度の成功が勝者の道になる訳ではない。何処までも勝者でいたいのならば、自分を磨き続ける必要がある。
ストイックにそれが出来る者は僅かだ。全体としては出来ないものの方が多く、つまり出来なくとも異常ではないのである。
「心が強い者ばかりではない。 寧ろ、弱い者の方が大半だ。 そんな者達にお前が強い言葉を投げ掛けても、理不尽にしか感じられぬだろうよ」
熱い言葉で心が動くのは物語の中だけ。
現実において人々を動かすには、熱さと理性が必要だ。この場の面々が戦闘を止めるだけの理由を用意出来なければ、何時までも彼等は反ヴェルサスであり続ける。
『なら、今はただ結果だけ伝えよう。 お前達を率いている者の罪状を』
老人の諭す言葉に蓮司は一つ頷き、横にしていたザルヴァートルを再度抱えて見せる。
意識の喪失した身体から幾つかの金属パーツと四肢を切り離すと、周囲からはどよめきが走った。
『お前達を率いている男、沢渡はドイツ政府と繋がり二つの悪を働いた』




