狂うこと許されず。狂わぬこと許されず
ザルヴァートルは実験体である。
その大元は孤児であり、彼等の元々の素地ではヴェルサスに対抗することは出来ない。だからこそ肉体改造が行われ、多くの犠牲者を生み出しながらも目の前の怪物に等しい存在が生まれた。
しかしだ。蓮司には拘束された件の存在が、決して狂気に落ちた訳ではないと察することが出来る。
戦闘中では気にする余裕も無かったが、近付けばアイカメラ越しに眼球を確認出来た。その目には僅かながらではあるものの、光を宿している。
つまり、目の前の怪物は未だ人なのだ。
どうしようもない理不尽に晒され、苦痛に思考を埋め付くされても人であろうとした。その果てに成功体として戦場に出されることとなり、蓮司と激突したのだ。
恐らくと蓮司は推測を立てる。未だ鎖を引き千切ろうと藻掻くザルヴァートルの行動は、予めインプットされた動作だ。
金属部分にはそのような装置は見受けられないが、ドイツの実験施設の話を聞く限り体内に装置があると考えれば納得することは出来る。
もしも取り除くことが出来ればあるいはと考えるも、その思考に彼は待ったをかけた。
仮に装置を外側から発見することが出来たとして、件の施設の研究者達が何の備えもしていない訳がない。装置そのものが脳に繋がっているだとか、引き剥がそうとした瞬間に爆発するだとか、考えられるだけでも多くの可能性がある。
ヴェルサスにとって最も面倒が無い解決は、やはりザルヴァートルの殺害だ。
蓮司は戦って解ったが、彼等の肉体はやはり中途半端である。未だ完成していないが故に、思考の制御もヴェルサス討滅の武器もまるで出来ていない。
『目を動かす事は出来るか。 出来るなら、左右に一回ずつ振れ』
蓮司の囁くような問い掛けに、黒の目は左右にゆっくりと揺れた。
肉体の動作までは出来ても細かい部分までは出来ないという確証を得て、蓮司はやはりそうかと内心で納得する。
ザルヴァートルは現時点であれば人間相手に猛威を振るうことが出来る。けれど、ヴェルサスや怪獣を相手にする分には不足している状態だ。
今後更に実験が進めばあるいは到達するかもしれないが、こんな非合法な実験が何時までも続くことはないだろう。――そうなる前にヴェルサスが潰すのだから。
『戦いたいか。 はいなら右に一回、いいえなら左に一回振れ』
『AAAAAAAAAAAA……』
唸りながらも、その眼球は左に動く。
解り辛い挙動ではあるものの、彼にとってはそれで十分。戦闘の意思が無いのであれば、蓮司にとっても目の前の存在と戦う理由はない。
そもそもザルヴァートル自体は被害者だ。本当の悪は日本の議員に、ドイツ政府である。
彼等を潰すのならば容赦はしないが、ザルヴァートルを安易に殺すのは彼の良心が咎めた。何せ、言ってしまえばザルヴァートルと彼に違いは無いのだから。
共に虐げられ、どのような経路であれど力を得た。
それを正義の為に使うか悪の為に使うかといった話で別れ、目の前のザルヴァートルの被害者は間違いなく悪性の者ではない。
『そうか。 なら、必ず助け出してやる。 お前の痛みからも、お前の居る場所からも』
蓮司はザルヴァートルの目を見て、言い切る。
その真っ直ぐな目にザルヴァートルの瞳は揺れた。もしも彼がよく見ていれば、その瞳は僅かながらに潤んでいたことだろう。
蓮司はFMCに語り掛ける。無能力者に能力を授ける機械がFMCの本来の機能であるが、同時に手にした機能を彼に説明する機能もある。
モザンの力は物質変換。物体を崩し、再構築することで別の物に変えることが出来る力。
FMCの力でザルヴァートルの内部情報を獲得し、心臓と脳の二ヶ所に特殊な装置が付いていることを確認した。
他にも骨が金属骨格に変わっていたり、両手足が人工の物に変わっている。
元々の肉の部分が圧倒的に少なく、実験の数々によって切り取られてきたのだろう。内臓の消化器官すらも無くなっている様を見て、彼は眉を顰める。
これでは長くは生きられないだろう。仮に生きられたとして、多く見積もっても半年から一年程度ではなかろうか。
被害者の年齢は定かではないが、多くとも蓮司と同年代である可能性はある。
なら、二十代にもなれずに死ぬことになるのだ。被害者がそれだけしか生きられぬなど、彼は断じて認められない。
『楓さん。 ザルヴァートルの仕様が解りました。 コイツに戦う意思はありません』
『そう! です! か! なら強制されている装置だけでも取り敢えずは外してくだされば、後は此方で回復させます!!』
『解りました。 ――じゃあ、いきます!』
蓮司に医師免許は無い。当然ながら医療の心得だって無い。
頼れるのはモザンの力とFMCの力だけである。ミスをすればその瞬間にザルヴァートルの命が消失するだろう。
両手で暴れようとするザルヴァートルの両腕を掴み、能力の行使を開始。
先ずは心臓。一番近い金属部を剥がし、肉に小さな穴を構築させて体内へと能力を侵入させる。
モザンであれば直接機械だけを消せるのであろうが、蓮司の練度は高いとは言えない。どうしても現時点で最高効率を求めるには邪魔な壁を外すしかなく、しかし痛覚が無い状態であれば被害者も激痛に震えはしない。
装置は心臓に張り付く形で繋がっていた。
CPUに近い四角の装置は独立しているようで、別の何処かには繋がっていない。精々がボタン電池サイズのバッテリーがある程度で、蓮司は装置よりもバッテリーを粒子分解することで無効化を済ませた。
胸の穴を塞ぎ、次に頭部に移る。脳幹に埋め込まれた機械は極小のもので、暴れる頭部を首ごと固定させねば視認するのも難しい。
ゆっくりと慎重に。大声を発するザルヴァートルを意識的に無視しつつ、鎧の内部で大量の汗を流しながら生の脳を進んでいく。
生の脳味噌はグロテスクだった。
一部は既に脳内出血を起こし、ピンクの色が不気味だ。新鮮であることの証拠だが、そんな証拠など蓮司は求めていない。
能力をフルに活用しながらする繊細な作業は、精神を過剰に消耗する。それが人命にも関与することだからこそ、僅かな乱れが失敗に繋がってしまう。
周りの声など当の昔から聞こえていない。視野も脳だけに絞られ、仮に此処で襲い掛かられれば直撃を貰う。
楓から全体に蓮司の情報は巡り、空中で留まっている二人を一瞬だけ皆は見た。
そこで行われる救助活動で奈々は胸の内でエールを送りつつ、気付かせない為にと大盤振る舞いで銃を乱射。
アントも楓も周囲の建物を破壊する勢いで派手に動き回り、全員の視線を早乙女宅に集中させる。
早く済ませてくれ。どうか成功してくれ。
皆、善人が死ぬことを容認していない。死ぬべき者は悪人で、良き人間だけが長生きすれば良いのだ。
そうなる未来を彼等は描くつもりはない。しかし、そう願うことは人も機械もするのだ。メンバー達は確かに、明るい未来をこそ求めているのだから。
『……よし、見つけた』
小声で呟き、蓮司は脳幹部に埋め込まれた装置を粒子分解させる。
即座に脳を元の状態にし、傷口を完全に塞いだ。最後に身体チェックをして、余計な傷を残していないかを確認する。
脳の部分にある装置を消した際、ザルヴァートルはいきなり暴れる挙動を停止させた。鎖で捕縛された状態で力無く垂れ下がり、まるで死んでいるかのように瞳からも輝きが喪失する。
しかし、心臓は動いていた。生命維持の装置も稼働し、単純に酷使によってザルヴァートルは意識を喪失したのだろう。
横抱きにして早乙女宅の屋根に着地し、優しくザルヴァートルを横に置く。
そして直ぐに蓮司はFMCに命令を送る。残る%は十だが、それだけあれば十分だ。
『森羅逆転の力――お借りします』




