疑似超能力者VS人造救世主
「くッ、俺の足が! 足が!!」
サラリーマンの男を筆頭に、凍結された面々は狂騒に陥る。
地面から伝う形で両の足が完全に凍結し、身動ぎすることも出来ない。氷の表面を叩いても割れる気配は無く、だからこそ恐ろしかった。
今この瞬間に自分の足が無くなるのではないか。割れた足では再生は叶わず、永遠に車椅子での生活を余儀なくされるのではないか。
急速に膨れ上がる不安と恐怖。彼等の最初の勢いは途端に消失していき、残るはどうしようもない程の烏合だけだ。
「足掻いた所で無駄だ。 お前達程度の力で砕くことは出来んよ」
冷酷無慈悲に告げるは、灰色の美女。
その目に吹雪を思わせる寒さを感じ、彼女の目を見た者は情けなくも声を漏らした。中には股から液体を漏らす人間も出始め、遠くない内に足の寒さと冬の寒さによって凍死するだろう。
抱く恐怖。それを眼前に出す彼等に対し、中の彩斗は溜息を漏らす。
結局こんなものだ。どれだけ正義を掲げて突き進んでも、本当の絶対強者の前ではまるで意味を成さない。
虚しく潰され、己の弱さを自覚しながら震えて待つしかないのだ。――嘗ての自分も、何も知らなければ向こうの人間と一緒だったろう。
「お前達の努力など、我々が腕を一振りするだけで終わるもの。 死んでいないのは単に我々が人類の殲滅を掲げていないだけで、そうでなければお前達如き当の昔に殺していた」
「……、お前に殺せる度胸なんて、無い。 すればどうなるか、解るだろ」
「ほう。 なら、死んでみるか?」
炎の翼を広げたまま、レッドの掌に炎の球体を生み出す。
収束された球体は人体を焼却するには十分な威力を持ち、そのまま放てばたちまち彼を中心に数十人が纏めて灰と化す。
莫大な火力を前に、男は唾を飲む。恐ろしくて恐ろしくて堪らないが、彼等が何故か人を殺さないことは周知の事実。
怪獣だけを倒す彼等に、人を殺すことは絶対に出来ない。そんな腹積もりでいたが、レッドの双眸に浮かぶ瞳を見ると違うのではないかと思ってしまう。
感情の乗らぬ、フローと同じ無感情の目。忌避を持たない人間ならではの目は、日本に住んでいればあまり目にすることはないだろう。
そのまま後は放つだけとなり――しかしサラリーマンは最後までそれを見ることはなかった。
一発の銃声が鳴り、サラリーマンの男はそのまま意識を喪失。完全に意識の外から放たれた一撃は狙い違わず背中に命中し、しかし血を出さずに意識のみを刈り取った。
物陰から紺色の武装に身を包んだ者達が姿を見せる。
氷結した現場に特に反応を示さず、彼等は容赦無く暴動を起こした面々をゴム弾で気絶させていった。
レッドとフローに近付くのは一人だけ。無精髭を剃った黒服姿の男――斉藤・始は初対面であるかのように頭を下げる。
「突然の乱入、誠に申し訳ありません。 彼等が動く機会を伺っていたもので」
「存在は知覚していた。 その正体もな。 自己紹介の必要は無いぞ、斉藤・始」
「これは恐ろしい。 でしたら、彼等は我々に任せても?」
「構わん。 邪魔なだけだからな」
彼等は警察だ。反ヴェルサスを鎮圧する為に政府より命令が下り、防具と鎮圧用の武器を手に此処までやってきている。
本来であれば爆弾物を使用させずに無力化させたかったが、予想に反して彼等の沸点が低かったことで一発は使用させてしまった。その爆音は間違いなく他の市民に聞かれ、遠からず新聞の一面を占領する事件として報道されるだろう。
政府から警察に動くよう働きかけたのは斉藤の仕業だ。表向きは無関係であるから、これまでの情報を政府に流して動くだけの理由を用意させた。
政府としてもこれ以上ヴェルサスを刺激させたくない。
その為、普段よりも迅速に彼等は動いた。そして、最初の予定通りにヴェルサスが市民を焼く前にギリギリで間に合った体で介入したという訳だ。
ヴェルサスにとっても市民を焼くつもりはない。あくまでも怪獣が相手である以上、人を殺せば諸外国からの心象も悪くなってしまう。
今後多くの人間の注目を集めても、それが悪評であれば動き辛いのは間違いない。
明確に他者に恐怖を叩き付けつつ、その上でヴェルサスが正しいことだけを突き付ける。
それが最上であり、此処はそれで収まった。
「我々は他にも部隊を向けています。 そちらの介入も許してくださいますでしょうか?」
「軟着陸するのであれば何も言わん。 ただし、メンバーに余計な真似をすればこの限りではないぞ」
圧のある視線を受け、それが演技であっても斉藤の内心は冷や汗で一杯だ。
冗談ではない。最強の言葉に否を言うなど論外も論外だ。もう一度深く頭を下げると、二人は何処かへと連絡を送って直ぐに上空へと飛ぶ。
そしてレッドとフローの後に別の箇所を監視していたイブとモザンも飛び、二人ずつで別々の場所へと向かう。
残された斉藤は頭を掻きつつ、煙草を口に加えてライターで火を点ける。
斉藤の役目はこれで終わりだ。警察を動かすだけの理由を用意し、面と向かって二人と話す役回りをしただけで、それ以外の権限は彼には無い。
残りは警察達の仕事であり、学校近くの道路は警察の大型車両で埋め尽くされていた。
それは他の箇所でも変わらず、しかし彼等が介入出来ない程の騒ぎが既に起きている。爆発が起き、人が吹き飛び、轟音が辺りを支配する戦場が生まれているのだ。
発生地点は早乙女宅。他の場所と変わらずに爆弾を携えた集団が姿を現し、予定通りメンバーは彼等と相対した。
ヴェルサス側は蓮司とアント。反ヴェルサス側は木刀を持った中年男性。
共に己の真実を口にし、やはり互いが納得する妥協点は生まれない。そもそもどちらも譲らぬのだから、妥協点が生まれる余地が無いのだ。
であれば、後は戦うのみ。一触即発の空気が濃密になっていく中で、警察は今だと突入し始め――ソレは姿を現した。
ソレは人の形を辛うじて保っていた。
全身を金属鎧で包まれ、頭部も戦国の兜を想起させられるような金属パーツを被っている。顔面も金属で覆われ、一対のアイカメラが緑に光っていた。
鈍色の輝きが全身を覆い、両腕の肘から先には直接機関銃が取り付けられている。握っているようには見えないことから、間違いなくソレがドイツの実験体であるのは言うまでもない。
足には複数の噴射口が散見され、収集した情報通りであれば爆発の衝撃を用いて高速移動を行う機構が取り付けられているのだろう。
『Ahhhhhhhhhhhhhhhh……』
開いた口に歯は無い。舌と赤い口内が見え、呻り声を発している。
突発的に現れた存在を普通だと思うことは誰にも出来ない。反ヴェルサスの中でも件の生物に不安な目を向ける者は多く、先頭で意見を放った男が揺るがずにいたからこそ勝手に動くことはなかった。
体型から、それが男だったのか女だったのかは解らない。
しかし蓮司は目の前の金属に覆われた実験体を見て、何と哀れなと思わずにはいられなかった。
「俺がやっても良いですか」
何故なら、彼には知覚出来ている。
いや、戦いの中で生きる者であれば解ってしまうのだ。――――あれは、最初から泣いているのだと。
実際に泣いている訳ではない。胸の内で泣き叫び、どうにもならない現実を嘆いている。どうか誰か助けてくださいと切に願いながらも、身体は言うことを聞かずに爆音と共に生身の蓮司に襲い掛かった。
屋根の上に居た彼を引き倒し、武器となった腕で顔面に殴り付ける。
寸でで顔を動かして回避するものの、たった一回の攻撃で屋根には大きな穴が開いた。
台風や地震が起きても崩れなかった頑丈な建物でも、ザルヴァートルの前では枯れ枝も同然。
このまま好きに武器を振り回されれば屋根が無くなってしまうと、楓が直ぐにザルヴァートルを引き剥がして投げ飛ばした。
「使ってください。 ……あれは少々、厄介ですよ」
「負けるつもりは毛頭ありません。 それに、あれは助けなきゃいけない人だ」
FMCを構える。
別の建物の屋根に着地したザルヴァートルは、低い呻り声のまま武器を突き出した。
巨大な機関銃は蓮司達を狙い、それを見た彼も直ぐに命令をFMCに伝える。
発光する機械からは複数の光の帯が伸び、それを視認したザルヴァートルは引き金を押す動作もせずに弾を吐き出した。
「Start our mission」




