暴動に言葉を、暴力を
街が騒ぎに包まれていく。
突発的に始まった暴動によって何の関係も無い人々は驚き、遠巻きに無数の人の塊を眺める。
彼等は尋常の気配を漂わせてはいない。その目に狂気を湛え、指導者の正義を胸に喜び勇んで建物への襲撃を開始していた。
この襲撃は囮だ。本命は時限爆弾による建物の完全倒壊であり、それを持っている人間もまた己のすることを疑っていない。
この日本にヴェルサスは要らないのだと強く抱く心は迷いを捨てさせ、正道を歩んでいるのだと錯覚も起こしている。
大きな建物である学校へは約三百人が進行していた。
今も校舎内には多くの生徒が休憩をしている真っ最中で、もしも爆破によって倒壊が起きれば多くの人間が死体と成り果てるだろう。
それを暴徒は致し方ないことだと自身を納得させている。お前達が本当にヴェルサスを受け入れないのなら、今頃は此方に属して学校になど来ていない筈だと。
都合の良い意見であるが、この群衆にとってはそれこそが真実。
元よりヴェルサス相手に無血で終わるなどと思ってはおらず、彼等を日本から追い出す為には多くの血が流れると予想されていた。
そして、多くの人間が一ヶ所へと目指していればそれは目立つ。
遠目からでも黒い粒のような者達が動く様は異様であり、休憩中の学生達の目にも当然ながら入った。
最初は粒に、次に端末のカメラ機能を用いてギリギリに、ついには目を凝らせば見える範囲にまで彼等は迫る。
異常な気配を漂わせる群衆を前に、生徒達が大騒ぎをするのも必然だ。幾人かは教師を呼びに職員室に走り、呼ばれた大人達は急いで正門付近にまで飛び出す。
市街地に囲まれた立地であるが、大多数の人間が歩けば何処に居るのかなど解るもの。
門の傍まで五人の教師が到着し、その暫くの後に群衆の先頭が姿を現した。
群衆達の恰好は各々別だ。全員が私服を身に纏い、一般人としか見受けられない恰好をしている。
統一性など皆無で、固まって動いていなければ誰も見向きもしない。
だからこそ、おかしいのだ。そのような不可思議な集団が学校に集結するなど、一体全体どのような状況で起きるというのか。
「皆さんこの学校にどのようなご用件ですか!」
大柄な体育教師の声が両者の間に強く響く。
不穏な集団ではあるものの、話が通じないようには見えない。先ずは事情を聞き、この状況を読み解くことが最善である。
教師の声に一番前の男が一歩を踏んだ。身形は草臥れたサラリーマンそのもので、痩せた体躯は今にも倒れそうである。
しかしその眼光は鋭く、およそ普通に生きている間では中々見ることが出来ないであろう。
「この学校には早乙女・蓮司が居る。 そうだな?」
「……そうですが、それがどうかしたのですか」
「どうかしたのですかだと? ――馬鹿かお前等は!!」
眼光鋭い男は突如として激昂した。
怒りを前面に押し出した言葉に教師達は困惑するしかない。確かに件の彼は何かと多くの話題を有しているし、記者を集まり易くしている。
他の生徒がインタビューを受けることも多く、一部では問題視されていたのは確かだ。
しかし、それは外部の勝手な行動である。本人は基本的に問題行動を取らず、成績も至って問題無し。学校では同じ仲間である鳴滝を除いて話す相手は居ないが、それが生徒達にとっての日常にもなっている。
特別な存在ではあるが、かといって彼も学校側も特別扱いは望んでいない。ある程度致し方ない部分を除けば、別段騒ぎにはならないような人物が蓮司だ。
「解るか!? 奴はヴェルサスの一員になっているんだッ。 此処に居る面子は皆ヴェルサスの所為で仕事を無くしたり、大事な家族を亡くしてるんだよ!」
「……」
男の叫びに教師は眉を顰める。
その話はSNS内においては有名なものだ。ヴェルサスは人々の生命を守ってはくれるが、生活までは守ってくれない。
日本の経済力が弱体化した所為で企業側も人を解雇せざるを得ない状況に追い込まれ、大多数の人間が強制的にリストラされることになった。
致命的だったのは奈良の一件だろう。大きな街を元通りにするには多くの時間が必要となり、住んでいる者達は新しい住居を一から用意せねばならない。
政府からは一時金は出ている。しかし一世帯辺り五十万であり、一軒家を元通りに出来る程の資金は存在しなかった。
着る物すらも瓦礫の下敷きになった今、それらを新たに用意するだけでも多くの資金が必要になるのは言うまでもない。
必然的に被害を受けた者達は困窮に喘ぐこととなり、その地獄から抜け出したいばかりに自殺を図る人間も出てきてしまった。
死んだ人間の家族は死に悲しみ、そしてこうなった原因に恨みを抱く。例えそれが客観的に見て理不尽であろうとも、そうせねば納得出来なかったから。
国家防衛リスト。その一覧から日本を弾かなければ怪獣の被害はここまで大きくはならなかった。
もっと真剣に日本を守ってくれる筈だったのだ。国家に対する怒りも勿論あるが、やはり直接的にこれまで守ってくれたヴェルサスに対する怒りの方が比重が重い。
「俺達はこんなに苦しんでるのに、あの餓鬼は家族と一緒にぬくぬくと過ごしてやがる! そんなのが許せるのか? ――いいや、許せるもんか!!」
絶叫に、後方に居る集団がそうだと同調の声を上げる。
同じ日本人なのにどうしてこうも違う。何が彼等の琴線に触れたのだ。そして、受け入れられたにも関わらずどうして日本の為に尽力してくれない。
ヴェルサスは日本を守るべきだ。何故なら、今最も苦しんでいるのは彼等なのだから。
「――勝手な物言いだな」
男が叫んだ刹那、真冬の空気が一瞬で真夏の空気に変わる。
真上から響く低い男の声に皆が上を向くと、そこには赤い炎の翼を生やすレッドが居た。
更にその隣には氷の足場に立つフローの姿も存在し、二人は揃って侮蔑の眼差しを送っている。ゆっくりと両者の間に降り立った二人は、眼前の対象に無表情を突き付けた。
「我々が守るのは生活ではない。 それは最初に言った筈だが?」
「ッ、く、ヴェル、サスゥ!」
二つの極大の殺意。空間全体を支配する膨大な圧の前に、殆どの人間は呼吸をすることも満足に行えない。
それでも殺意だけは変わらず、男は二人に嚇怒の表情を浮かべながら怨嗟を口に出した。
目の前に居る者達こそがこの状況を生み出した元凶。自分達がこうなったのは、総じて全て彼等である。
出てくることは予想されていなかった。だが、此処で出てきてくれたお蔭で言いたいことは全部言える。胸に抱えた鬱憤全てを相手に叩き付けることが出来るのだ。
「なんで、奈良をあんな風にした! なんで、一部の人しか助けない!」
「決まっているだろう。 お前達が決めたからだ」
莫大な怒りを込めた言葉に、されどレッドは揺らがない。
寧ろ何を言っているのかと当たり前の内容を口にした。
「お前達の政府が俺達を要らぬと口にし、俺達へ不必要に手を出した。 それに対して今は騒いでいるようだが、今更だ。 我々はこれ以上日本を助ける価値は無いと判断した――いいや、日本人を守る価値は無いと判断した」
ヴェルサスは一度だって先に手を出してはいない。
先に手を出したのは常に日本政府であり、これはその報いだ。日本を守る価値など既に無いも同然であり、その地に住まう一部の人間を守る為に現在は活動しているに過ぎない。
何の色も浮かばない無表情の顔は、整っているからこそ恐ろしい。
炎とは真逆の氷結の眼が彼等のことを人と認識していない節もある。そして実際、彩斗としては彼等を屑と断じていた。
「これまで日本を守ったのは、それだけ大型の怪獣の被害が増えたからだ。 世界中で一斉に出てきた今、最早一つの国に集中する余裕はない。 そんなことも理解出来ないのか」
「……黙れ」
「家族が死んだ、生きる手段を喪失した。 それは確かに辛いだろう。 それは確かに苦しいだろう。 だが、やり直しが出来ない訳ではないし、 割り切ることも出来る。 常に人は何時か死ぬのだ。 それが遅いか早いかの違いに過ぎない」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ!! お前に俺達の何が解る! 俺達の苦しみの百分の一も知らない癖にィ!」
「知る必要も無い。 無駄に争いを起こすだけの屑に、どうして同情する必要がある」
それが最後の言葉だった。
群衆の何処かから、五秒でセットされた爆弾が投げられる。対象は二人であり、それは無意識の行動だった。
爆弾が二人の足元に転がり、そして爆発する。轟く爆音を鼓膜が震えながら男は歪んだ笑みと共に眺め、ざまぁみろと口にした。
そこに殺人の忌避は無い。自分達は正しいことをしているのだと信じ込んでいた。
故に、煙が立ち込める場所からゆっくりと姿を現す二人に彼等は驚愕する。
「これで正当防衛は主張出来るか。 フロー」
「ああ――皆悉く、凍るがいい」
フローが片手を前に差し出す。
その瞬間に地面は一斉に凍り始め、群衆の足を全て完全凍結させた。




